クルンッ!
フェーンエルは、首をかしげた。
目の前には、リリーメルにもらった紙片がある。
無論、読んだ。
――足の裏?
容姿を褒められているらしいことは理解できた。
鼻の穴の大きさまで評価の対象だとは思いもよらなかった。実に新鮮だ。私は今まで、女性の鼻の穴の大きさについて考えたことがなかった。
確かに、リリーメル様の鼻の穴が一回り大きかったら、あの美貌の瑕瑾になるだろう。
一回り小さかったら……ちゃんと呼吸ができるのか心配になる。
なるほど、鼻の穴の大きさは重要だ。
姫様に大切なことを教えられた。
って、いやいや鼻の穴の大きさなどどうでもよいのだ。
つまりだ、最終行の
「私はそれくらいあなたを好いている」
に着目すればよい。「それくらい」とあるのだから、最終行以外は恐らく比喩なのだ。
そう、比喩なのだ。肋骨の数も……正しいのだろか。自分の肋骨など数えたことがなかった。
急に不安になってきた。
下着の中に手を入れて、肋骨を指でなぞる。一本、二本……。
いや、また思考が本筋から逸れた。
最終行に着目するのだった。
私のことを、好いてくれているのか?
姫様が?
普段はがんばって取り澄ました顔をしているが、美姫に無関心なはずがない。伯爵の城館勤めとなれば、女官を目にする機会も多いに違いない。見目の良い女官との逢瀬も期待できるのではないか、などと思っていた。
私は一七歳の、活力を持て余した男子なのだ。
そんな淡い期待を胸に出仕してみたら、女官らがあまり立ち寄らない玄関広間の立哨を命じられた。失望したが、それでもいつか機会は巡ってくるだろうと思っていたら、出仕八日目にして向こうから接触してきた。
だが、しかし、だがしかしである。
女官ならともかく主家の姫となると考えものである。
「姫のお気に入りなら、婿にしてやろう」
「騎士身分が姫に手を出すとは何ごとか。斬首せよ」
伯爵の二種類の声が聞こえる。どっちだ? いや、それだけではない。
「姫の想いを無下にするとは何ごとか。斬首せよ」
何と言うことだ。出仕八日目にして、朽ちかけた橋の上にいきなり立たされてしまった。行くも戻るも危険極まりない。どう振る舞っても自分の首が地面に転がって終了である。
――バレなければよいのではないか。
あの侍女も、姫君の味方のようだった。彼女の協力も得られるなら、秘密の逢瀬を楽しむことも可能なのではあるまいか。
城館は広い。人気のない場所や部屋も多いはずだ。
あの美姫との逢瀬。
この機会を何とかものにしなければなるまい。
姫様の心をつかむ、とろけるような返事をしたためよう。
でもガツガツしてはいけない。こちらから返事を届けるのは駄目だ。向こうから来るのを待つのだ。
二日後、例の侍女が返事を受け取りに来たので、熱い想いをしたためた返事をそっと渡した。
◆
「アディ! 返事は? 返事は来たの?」
「はい。しかと受け取ってまいりました」
食べ物を強奪するトンビのように私から返事を持ち去ると、姫様はいそいそと紙片を広げた。小動物のように手がぷるぷると震えている。
無言。
「姫様?」
「キモッ!」
「姫様?」
姫様の顔がスンと虚無になり、無言で紙片を差し出した。
甘い言葉が書き連ねられている。古い恋愛詩の教本でも真似て気取って書いたのだろう。少々比喩が過剰な気もするが、恋文とはこんなものではないだろうか。
「これが何か?」
「この文字を見て! この、右にハネる部分。何か、こう、クルンッて丸まってるでしょ。ほら、ここも。こっちも」
「この方のクセみたいですね」
「ナイわー。クルンッて……ナイわー」
姫様は、眉間に深い縦皺を刻みつつ、虚空を見つめながらお茶を飲んだ。フェーンエルにもらった恋文への関心は、すっかり萎え果てたらしい。
「ま、いいわ。恋のお相手探しには、男性の協力が必要になることもあるでしょう。フェーンにも協力してもらいましょう」
「フェーン?」
「彼、フェーンエルというのでしょう? だからフェーン」
私は、気の毒なフェーンのために天を仰いだ。
彼があまりひどい扱いを受けませんように、と。




