意外な物証
シルテン副伯夫妻は、エーメレイア主宰の茶会に呼ばれており、しばらく部屋に戻ってこない。事が終わるまではエーメレイアが夫妻を引き止めることになっている。
宮殿の客室の鍵の構造はほぼ同じ。エーメレイアの部屋とリリーメルの部屋で予行演習を済ませ、解錠できることも確認済みだ。
そして今、ダガベはシルテン副伯の部屋の解錠に取りかかっている。
「まだか」
「まだだ」
「まだか」
「まだだ」
「まだ……」
「まだだってば!」
開かない。全然開かない。
辺りを窺っているフェーンの顔は焦燥感に満ち、それどころかあふれ出ている。胸をかきむしりながら、再び「まだか」と繰り返す。
「何かさ、違うんだよな。いっそ、小刀突っ込んでぶっ壊すか」
「そんなことをしたら、侵入がバレるではないか」
「まあがんばるけどよ……」
ガンデに付きまとうようになるまでは、平民街でこそ泥をしていたというダガベの技能が初めて発揮された。
「ダガベがそんな技術を持っているとは知らなかった」
「何かの折に、姫さんにはそんな話をしてたんだけどさ。まあ今まで使う機会もなかったし」
「いつの間にそのような話を……」
「あっ、開いた!」
「よし!」
「次はフェーンの出番だぜ」
二人は部屋に忍び込むと、ダガベは扉に張り付いて廊下の様子を窺う。
その間に、フェーンが何らかの物証や指示書のようなものを探す。最初の陰謀でも指示書があったことから、今回も何らかの文書があるのではないかという、半ば期待である。
ダガベは文字が読めないので、ここからはフェーンの識字力が必要だった。
「だけどよ、都合良くそんな手紙?だかを残しとくかね?」
「エーメレイア様は可能性があるとお考えだ」
「だから何で?」
「シルテン副伯は、あまり思慮が深くないそうだ」
「つまり馬鹿ってことか」
「……まあ、そのようなところだ。そして、猜疑心も強い」
「オイラは馬鹿なんだから、難しい言葉使うなよ。疑りぶけえってことか?」
「分かっているじゃないか。ダガベ、貴公は馬鹿ではない。馬鹿のふりをしたり必要以上に己を卑下するのはやめた方がいい」
「何のことかわかんねえな」
「そうか」
「それで、疑りぶけえと何で手紙を残しとくんだ?」
「共犯者に切り捨てられないためにさ」
「ああ……分かった。手紙を処分しちまうと、事が露見したときに自分だけ悪者にされるってことか」
「そう。手紙があれば、少なくとも共犯者を道連れにできる」
「ってことは、何とか副伯は実行犯だな」
「なぜそう思う?」
「黒幕に証拠を残しとく理由なんてないだろ。トカゲの尻尾切りを恐れるのは実行犯に決まってら」
「やはりダガベは侮れないな」
フェーンは苦笑すると、文入れの中身を一つずつ改めた。
私室ではなく客室だから、捜索対象はそう多くない。
「これは……ダガベ、これを見てみろ」
「ああ? ……こりゃあ」
「姫様が拾った筒と同じだ」
「文字が書いてある紙は?」
「ない。入っていない」
「何とか副伯が持ってっちまったのかな」
「取りあえず、部屋を探そう。ダガベも探してくれ!」
◆
「伯妃、我々はそろそろ部屋に戻ろうかと」
「こうして一族が集うのも久しぶりなこと。夫の子供の頃の話をもっと伺いたいわ」
「伯妃は伯爵のことが随分とお気に召したようね」
「ええ。よい縁組に恵まれました。副伯妃はいかが?」
「そのようなこと、ほほほ」
女性同士の会話に挟まれている状態は居たたまれない。エレアーデンは嘆息した。
「私は部屋に先に戻っている。君はまだゆっくりしているがいい」
そう言って、エレアーデンは立ち上がった。
「まあ副伯もう少しご一緒いたしましょう」
「いや、せっかくですが用を思い出しました」
エレアーデンはエーメレイアにほほ笑むと、部屋に向かって歩き出してしまった。
さすがにこれ以上引き止めるのは不自然だ。
――フェーンエルと……もう一人何だっけ? 二人とも、間に合って!
エーメレイアは心の中で叫びつつ、ほほほと笑った。
◆
「ねえな」
「ないな」
処分してしまったのか。やはり本人が持ち歩いているのか。
筒がなければ意味不明の文章に過ぎない。持ち歩いていても、露見する危険は少ない。逆に、筒と一緒にしておけば解読の危険性が高まる。筒と紙を別に保管しておく、というのは合理的な判断かもしれない。
だが、筒があったことでエーメレイアが考えたもう一つの可能性が立証された。
エレアーデンは、何者かに指示されているか、あるいは何者かに指示しているか。
そして、この筒によって媚薬事件とエレアーデンはつながっていることが確実になった。
「クソッ、後少しだってのによ!」
ダガベが寝台に背中から飛び乗った。
ガサッ。
「ん? 今の音は」
「紙だ。その寝台のどこかに紙がある!」
敷物の下に、意味不明の文章がつづられた紙が隠されていた。
「紙と筒を持ち出したら露見したことがバレる。ここで解読文を書き取ろう」
フェーンは、暗号文を筒に巻き付けた。
◆
「どうも女性の会話は疲れるな……」
エレアーデンは、嘆息しながら扉の取っ手に手をかけた――。




