貴族と平民
カプテディーン伯のブレンナーレ伯領訪問は一時棚上げとなった。ブレンナーレ伯は東の自領に、カプテディーン伯ゾルアーデンは西にある自身の城館に戻ることになった。
最大の問題が残っている以上、自勢力圏で態勢を整えるのは政治・軍事の基本だ。
最大の問題とは、「この陰謀の首謀者が誰か」。誰から身を守ればよいのかが分からない、というのは恐るべき状態である。
リリーメルらはゾルアーデンの城館で身を清め、新しい服を与えられた。
そして、エーメレイアによって応接室に招かれた。
「アディーメ、久しぶりね。今でもあの娘に仕えてくれているのね」
「一の姫様もすっかりお妃様となられ、祝着至極に存じます」
「昔のようにエーメレイアでいいのよ。アディーメも妹みたいなものじゃないの」
「恐縮です」
「あなたは?」
「ソド・デルバーエル・フェーンエルと申します」
「デルバーエル卿のご嫡男ね。もう叙任される歳になったのね」
「姉様、彼はオソン・ガンデルブ。その隣がダガベン・ロレル。傭兵です。彼らがいなかったら私はここまで来ることができませんでした」
「そう、傭兵さん。私、傭兵さんにお目に掛かるのは初めてなの。手足の数は同じね」
「当たり前です!」
「冗談よ。ごめんなさいね、傭兵さん。私は傭兵さんにどう接したり遇したりしたらよいのかが分からない。世間知らずなの。無礼があったらおっしゃって」
「別に特別扱いすることはねえですよ。ただの平民です。平民として扱ってくれりゃ問題ねえ」
エーメレイアは首をかしげて考え込んだ。
「考えてみたら、家臣以外の平民と接したこともほとんどない。とにかく、リリーがあなたたちのおかげと言うのですから、感謝しなければなりません。妹を助けてくれてありがとう」
「し、仕事だからやったまでのことで、礼を言われる筋合いはねえ」
「そう?」
エーメレイアはくすりと笑った。ガンデの言を言葉通りに受け取ったわけではないらしい。
そこに、ゾルアーデンが入室してきた。
「リリーメル殿、久しぶりだね。婚礼のときにお会いして以来かな?」
「はい。突然の無礼、申し訳ありません」
「君のおかげで当家も救われた。感謝している」
「恐縮です」
「そこの騎士殿も、よくやってくれた」
「姫様の護衛として当然のことをしたまでです」
「うん? 平民まで応接室に入れたのか。ここは平民が立ち入るべき部屋ではないのだがな」
「彼らが妹を助けてくれたのです。私の客として招きました」
「今回は目をつむるが、あまり平民となれ合うものではない。ほどほどにしておくように」
「承知しております」
ゾルアーデンは、そのまま退室していった。
「ガ、ガンデとダガベのおかげでここまで来れたというのに!」
リリーメルは顔を真っ赤にして憤慨した。フェーンとアディは、無念そうに歯を食いしばっている。だが、ガンデとダガベはリリーメルたちの様子を不思議そうに眺めていた。
「一体、何怒ってんだ姫さん」と、ダガベは首をかしげた。
「だって、ダガベたちのこと平民だからって……」
「そりゃ平民だからだろ? 当たり前じゃないか」
「当たり……前?」
ガンデが後を引き継いだ。
「平民の扱いなんて、これが普通だぜ? カプテディーン伯は常識的な対応をしたまでのことだ」
「平民だろうが、貢献したことに変わりはないだろう?」とフェーンが反論した。
「変わるだろ? 平民は、貴族様に奉仕するのが常識ってもんだ。役に立てば褒めるしかわいがるかもしれねえが、だから貴族様と同じように扱うって話じゃねえ。馬が頑張って走ったら、褒めるために応接室に入れるか? 入れねえだろ。それと同じよ」
「ガンデもダガベも馬じゃない。同じ人間じゃない」
「面倒くせえな。人間だが、同じ身分じゃねえのよ。貴族は貴族。平民は平民。違うんだよ。線引きしろって。俺もダガベもそこんとこは弁えてるぜ。変なのは姫さんやポーディレン卿の方だ。自分たちの方が変だってことを認識した方がいいぜ」
リリーメルとフェーン、アディは、改めて貴族と平民の現実を突き付けられた。ガンデたちが雑に扱われることも驚きだったが、彼女たちを打ちのめしたのは、ガンデたちは最初から平民としてリリーメルとの間に線引きをして割り切っていたことだった。
それはひどく寂しいことだった。
エーメレイアは、何も言わずに彼らを見つめていた。
現実に打ちのめされるリリーメルとフェーンとアディ、平民として弁えているガンデとダガベの両方を、優しく、包み込むように。
リリーメルが次に受け入れ、考え、自分なりの答えを見いだすべき課題「貴族と平民」の関係。
これは、冒険の終わりに向けてのテーマの一つでもあります。
彼女はどのような答えを出すのでしょうか。
次回、「姉様を救え」編最終回!




