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一目惚れ伯爵令嬢と下僕たち  作者: 中里勇史
姉様を救え

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走れ!

 馬たちにはかわいそうなことをしたが、無理に無理を重ねてついに北部街道に到達した。

 皆、ぼろぼろだった。

 馬もよろよろだった。


 北部街道の宿場町で馬を替えつつ、一同は地上で伸びをする。腰も尻も、もはや限界だった。

 いや、限界を超えていた。


「ああ、お尻が痛い」と言いつつ、リリーメルが自分の尻をさすった。

 フェーンは目を逸らし、ガンデは興味を示さず、ダガベは「うひゃあ」と言って喜んでアディに殴られた。


「カプテディーン伯たちはいずこか」


 替え馬を預かる男に尋ねると、「かなり以前に通り過ぎたぞ」と言って厩に消えていった。

 間に合ったと思っていたフェーンは、目を見開いて東の方角を眺めた。貴族たちの一団は全く見えない。

 相当先に進んでいる。


「ほらよ。と言っても、あまり休めていないがな」


 男が三頭の馬を連れてきた。どの馬もなぜか元気がない。


「しょうがねえよ。カプテディーン伯の伝令たちが替え馬使っちまったんだから」

「何だと!?」

「ここに残っているのは、その伝令たちが使い潰した馬だけだ」

「何てこった……」


 ここにきて、とんでもない計算違いが発生した。

 一同は、意気消沈しながら馬に跨がった。


「ごめんなさい。お願いだからもう少しだけ頑張ってね」


 リリーメルが馬の首をさすりながら語りかけると、馬がひひんといなないた。

 アディには抗議の声に聞こえたが、リリーメルは「ありがとう。いい子ね」と語りかけた。


「人にせよ馬にせよ、ああして善意として受け取るところが我が姫様の良いところなのです」


 アディは誇らしげに語り、ガンデは「そうだな」と答えた。


 一同は東に向かって走り出した。

 速歩(はやあし)で行けるところまで行く。一歩でもカプテディーン伯たちに近づくしかない。

 ガンデとアディが先行する。後続の馬たちが受ける風を減らすためだ。

 馬たちは、疲労を感じさせない力強い走りでリリーメルたちの要求によく応えた。

 だが長くは続かなかった。

 ガンデとアディが乗った馬が、明らかに失速した。


「ここまでか。先に行け!」


 ガンデは、叫びながら常歩(なみあし)に速度を落とす。

 フェーンとダガベは、振り返らずに先を急ぐ。

 この二頭も時間の問題だという焦燥感が、三人の胸を締め付ける。


 そして、フェーンとリリーメルが乗った馬も失速し始めた。


「クッ、ダメか」


 フェーンは馬を止めてリリーメルを下ろす。


「ダガベ! 姫様を頼む!」

「姫さん! こっちへ!」


 ダガベはリリーメルの手をつかんで鞍に引き上げ、走り出した。


「姫さん、任せろ。オイラの馬はまだ元気だぜ!」

「ありがとうダガベ。頼りにしています」


 小柄なダガベだけを乗せていた馬は、確かに余力を残していた。

 だが、どこまで持つのか。

 いまだにカプテディーン伯たちの姿は……。


「見えた! あれだ!」


 ダガベが叫んだ。


「ダガベ、頑張って!」

「オイラじゃなくて馬に言ってやってくれ!」

「そうね。サエム(三男)、頑張って!」

「何でサエムなんだよ」

「次男『ロレル(ダガベ)』の馬だから三男」

「そりゃいいや!」


 あと一〇〇メル!


 だが、サエムは突然よろめき、泡を吹きながら座り込んだ。


「サエム!? どうしたの?」

「ダメだ。コイツはもう限界だ」

「そんな……」

「何やってんだ姫さん! 走るぜ」

「走る!?」

「オイラたちにも足があるじゃねえか!」


 ダガベは、リリーメルの手を引いて走り出した。


「ダガベ、足はもう大丈夫なの?」

「痛ぇよ。超痛ぇ。死ぬほど痛ぇ。だから何だよ。ここまで来て諦められるか! 姫さんを届けるんだ!」


 あと五〇メル!


 リリーメルの息が上がってきた。

 胸が苦しい。

 吐きそうだ。

 足がもつれる。

 もう……ダメだ。


「諦めんな! あと少しだ!」


 あと二〇メル!


 ダガベが倒れた。

 リリーメルの手を引いて、励まし続けたダガベが倒れた。

 足が限界に達していた。

 突然足の力が抜けて、頭から地面に突っ込んだ。


「ダガベ!」


 リリーメルも止まった。

 もう足が動かない。


「後ちょっとだ。姫さん、行け! 行けよ!」


 額から血をだらだらと流しながら、ダガベが叫ぶ。

 ダガベは、まだ立ち上がろうとしている。

 リリーメルの手を引くために。


「ダ、ダガベ、私が行きます」


 リリーメルは、走った。

 遅い。

 非常に遅い。

 歩くよりも遅い。


「待って! お願い! 姉様! 待って!!」



 行列の最後尾の者が、叫び声に気付いて振り向いた。

 明らかに様子がおかしい少女が、何か叫びながら近づいてくる。

 いや、遅いのでむしろ遠ざかっている。

 ただ、長い髪が気になった。

 働かざる者(貴族)に見える。

 「待って」「姉様」と言っているようだ。


 少女は、べちゃりと転んだ。


「あっ、転んだ」


 捨て置けという声もあったが、「貴族に見えるのが気掛かり」という意見が優勢を占め、「連れてきて、話を聞こう」ということになった。


 リリーメルは、カプテディーン伯たちの行列に迎えられた。


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