お金がない!
ブレンナーレ伯領の中で、ポーディレン領は南端部。ブレンナーレ伯の城館は北部にある。カプテディーン伯は、北部の街道を通って直接ブレンナーレ伯領の北部に入る。
リリーメルたちは、マイツァーデイン公領の北部に向かい、ブレンナーレ伯領の手前でカプテディーン伯一行に追い付かなければならない。
ガンデは、馬に塩をなめさせながら地図を思い浮かべた。峠を越えて公領に入り……。
「馬をここで十分休ませた後、速歩と常歩で進む。ぎりぎりだが、何とか間に合うだろう」
実のところ、ガンデにマイツァーデイン公領の土地勘はないので間に合うかどうか分からない。北部の街道までの距離や地形を知らないのだから、見積もれるはずがない。
だが、「間に合わないかもしれない」と言ったところでリリーメルが落ち着きを失って奇行に走るだけである。取りあえず彼女をおとなしくさせておいた方が、物事は円滑に進む。
「それを聞いて安心しました。これでエーメ姉様を守ることができます」
リリーメルの嬉しそうな笑顔が、ガンデの胸に突き刺さる。心にもない気休めを使って黙らせたという負い目が、思いの外こたえた。
一行は、マイツァーデイン公領を目指して行動を再開した。リリーメルは疲労と安心からか、フェーンに寄り掛かって眠ってしまった。フェーンはこのために強度の緊張を強いられることになった。ぎこちない手つきで、リリーメルを起こさないように手綱を操る。
先頭を歩いていたガンデは、フェーンたちの馬の歩みが遅れがちになったことに気づき、リリーメルとフェーンを見て失笑すると自分の馬の速度を緩めた。
峠を越えた一行はマイツァーデイン公領に入り、最初の街ペルナーデルに到着した。
ペルナーデルに入ると、ガンデは一同に厳かに語りかけた。
「ペルナーデルに入るための通行税を払ったところで、路銀が尽きた。どうにもならねえ」
「えー!」「えー!」「えー!」「えー!」
「いや、困ったな」
「どどどどどどうすんだよ兄貴!」
「いや、困ったな」
「尽きたって、無一文なんですか?」
「いや、困ったな」
「しかたねえ。オイラが、カネ回りのよさげなヤツからちょいと脅し取って……」
「無法は許しません」
「ここは傭兵らしく……」
「無法は許しません」
リリーメルに睨まれて、ダガベは涙目になってうつむいた。
騎士階級のフェーンとアディは、金策などということをしたことがない。豊かというほどではないが、「カネがない」という状況に陥ったことがないのでなすすべがない。
分からない。
カネを稼ぐという発想も技能もない。
リリーメルも同様だった。是非はともかく唯一具体策を出したダガベの案を退けたものの、彼女に代案があるわけでは……。
「仕方がありません。これを売りましょう」
彼女は、ずっと身に付けていた首飾りを外して一同に掲げた。
「姫様、それは母上様から頂戴したものではありませんか」
「背に腹は代えられません。私にはお金を手に入れる能力もありません。ここは母上におすがりするとしましょう」
「姫さんよ、そりゃ大事なもんなんだろ。しまっとけよ」
「今まで、ガンデに甘え過ぎていました。この街なら、これを買ってくれる商人も居るのではありませんか?」
「まあ中心街に行けば貴族相手に商売してるヤツも居るだろうが……」
「では中心街に参りましょう」
「だがな……」「姫様!」「お考え直しを!」「……」
「ごちゃごちゃとうるさい。私ができることはこれしかないのです。さあ、私に続きなさい」
リリーメルは胸を張り、高らかに笑いながら歩き出した。だが、誰もついてこない。
彼女はこめかみに青筋を浮かべて肩を怒らせ、一同を睨み付けた。
「まだ何か不満があるというのですか? 言いたいことがあるならはっきりと申すがいい!」
フェーンとガンデとダガベは恐れ入って震え上がったが、アディだけは落ち着いてリリーメルの目を直視した。
「では姫様、恐れながら申し上げます。中心街はそちらではありません」




