二人の騎行
私と姫様を乗せた馬が闇夜を駆ける。
姫様は私の前で横座りして、私の服をぎゅっとつかんでいる。目を固く閉ざし、歯を食いしばっている。
馬が駆ける震動の中でさえ、姫様が震えているのが伝わってくる。
夜明け前の暗闇。敵が行きかう中を襲歩で突き抜けたのだ。
怖いのは当たり前だ。
そのような思いを姫様にさせていることに、胸が痛んだ。
敵にも騎兵がいたが、すれ違う形になった。
敵は方向転換する必要がある。その間に距離を稼げるはずだ。
後は、夜陰に紛れることができるかどうか……。
だが、襲歩を長く強いることはできない。
馬に乗せるために持ち上げた姫様は、驚くほど軽かった。羽毛でできているのではないかと思った。二人合わせても、甲冑を着たガンデよりも軽いかもしれない。
いずれにせよ、襲歩は長時間使うものではない。
頭の中で五〇まで数えると、駈歩にした。
後ろの様子を窺ったが、敵の気配は今のところない。
だが、それは本当か?
暗がりから、敵が急に飛び出してくるのではないか。
喉が渇く。
脂汗が吹き出る。
進んでも進んでも安心できない。
木の影が敵兵に見えて、体がビクッと震える。
真っ暗な後ろが、怖い――。
馬もひどく汗をかいている。
落ち着け……。
敵の馬も、走り続けることはできないのだ。
深呼吸しろ、フェーン!
しばらくして、速歩に速度を落とした。
自分たち以外の馬蹄音は聞こえない。春のやや冷たい夜風とそれに揺られる木々の音がわずかに耳をくすぐる。
大丈夫。たぶん、大丈夫――。
もう少し距離を稼いだら、馬を休ませてやりたい。
「フェーン……」
姫様に、話をする余裕が出てきたようだ。私の服を握る手の力も緩んでいた。
「姫様、しゃべると舌を噛みますよ」
「怖かった……」
「申し訳ありません」
「いいのです。フェーンのせいではありません。それより、こんな暗い中をあんな速さで走らせるなんて、私にはできません。やはりフェーンは騎士なのですね」
「私も、一人だったらあんな恐ろしい走り方はできませんでした」
「え?」
「いえ、何でもありません」
私は、軽く咳払いして辺りを見回した。姫様が私の顔を見上げている気配がするが、見てはいけない気がした。
太陽はまだ出ていないが、空は白んで表情も分かる程度に明るくなっていた。
つまり、姫様にも私の表情が見えるということか。
私は慌てて無表情をつくろった。妙に聡い姫様に表情を読まれたくない。
姫様が再びうつむく気配がした。
「私は、また何もできませんでした」
「姫様……」
「いつも守られてばかりです。私には、誰かを守ったり助けたりする力がありません」
「……」
――姫様が居たから、私に守る力が生まれるのです。
口を開いたが、言葉にはならなかった。再び咳払いして、意味もなく後ろを振り返った。
姫様も不安そうに後ろをのぞき込む。
「アディたちは無事でしょうか」
「今の私たちには、無事を祈ることしかできません。姫様の祈りが強ければ、彼らに加護があるでしょう」
「そう? それならば皆きっと無事です。私は心の底から皆の無事を強く強く強く願っているのですかイタッ!」
――ほら、舌を噛んだ。




