早朝の脱出
裏口の扉を開けたガンデは、飛んでくる火矢に仰天した。
「なんてこった!」
ガンデは叫びながら大剣で火矢をなぎ払い、「ダガベ、アディに張り付け!」と命じて飛び出した。
海千山千のガンデの予想を超える事態だった。まさか、貴族様の屋敷に派手に攻撃を仕掛けてくるとは思わなかった。
本館に気付かれないように、別館に密かに侵入してくるとふんだのだが……。
「クソ、姫さんごと証拠を焼き尽くすつもりか」
建物の扉付近に潜んで敵を一人ずつ倒していくつもりだったが、これでは建物から離れるしかない。建物の近くにいたら炎に巻き込まれる恐れがある。
ベデンズィードに気付かれることも恐れていない。実際、本館にもちらほら明かりがともり始めた。
完全に読み間違えた。
「兄貴! どうする!?」
「火矢を食らうな! 数は多くねえ。射手を見ろ!」
東の空がやや明るくなっている。夜襲の定石通りの夜明け直前。火矢の欠点は、矢を射る前に射手の位置が分かることだ。夜は特に分かりやすい。
これを利用して、まずは粘る。
証拠ごと焼き尽くすつもりなら、外に出たガンデたちを無視することはできない。彼らは火矢で片を付けるのを諦めて、直接攻め込んで来るしかなくなる。
ベデンズィードも本館に居る兵を出してくるだろう。
ここで、ガンデの読み間違いはチャラになる。
粘れば活路が開ける。
「ダガベ! アディ! 無事か?」
「まだ大丈夫だ!」
「『まだ』とか付けるな馬鹿野郎!」
ダガベが剣で火矢を弾くのを視界の端に捉えた。ガンデは「ふん」と笑ってさらに前に出る。
火矢の数から見積もって、敵は一五から二〇人。まだバラけ過ぎている。リリーメルとフェーンの脱出を確実にするためには、敵をこちらにもっと集める必要がある。
ついでに……。
◆
細面の男は苛立ちを隠すそぶりもなく唾を吐き捨てた。
「『別棟に火を放って撤退』、失敗だな」
「アレも持ち出された可能性が捨て切れない」
「ラチがあかぬ。兵を突入させろ」
「ポーディレン卿も動く。全滅させられるぞ」
「構わん。どうせ、使い捨ての傭兵どもだ」
◆
別館を囲んでいた敵が、火矢を捨てて敷地内に突入してきた。
「ダガベ、忘れてねえだろうな」
「敵に囲まれるな、一対一でやれ」
「よく覚えてた。賢いぞ」
――来た。
歩兵。
ハズレだ。
力任せに大剣を振る。
敵は剣で受けたが、大剣の重さを殺し切れない。
――素人だ。
速度が乗った大剣をまともに受けるヤツがいるか。
敵の剣は用をなさず、ガンデの大剣は敵の胴にめり込んだ。
甲冑が凹む。
甲冑が体にめり込み、大剣の力を体に伝える。
敵が吹き飛んだ。
――まず一匹。
騎兵。
来た!
とはいえ、勝てばいいという訳ではないので厄介だ。
さっきの雑魚兵が持っていた剣に飛び付いて拾い上げる。
馬上から振り下ろされた長剣を大剣で受ける。
――片手ではギリギリだ。
騎兵は定石通り、いったん駆け抜ける。
少し先で振り向いて、もう一度突っ込んでくる。
――だがそうはさせない。
駆け抜けようとする騎兵に、拾った長剣を投げ付ける。
――態勢を崩せれば上出来だが……。
長剣が敵の左腕を傷つけた。
手綱を持てなくなり、騎兵は落馬した。
「ダガベ!」
ダガベがアディを連れてくる。
ガンデは空馬に取り付いて手綱をつかむと、強引に止まらせて飛び乗った。そのまま、近づいてきたアディの襟首をつかんで鞍の上に引き上げる。布がビリビリと裂ける音がしたが、気にしている場合ではない。
そのとき、リリーメルとフェーンを乗せた馬が敵をかいくぐって走り去るのが見えた。
「姫様……よかった!」
アディの涙声が聞こえる。
「アンタは立派な侍女だな」
「え? 何か言いましたか?」
「何でもねえよ」
――騎兵、騎兵……。
「兄貴! アディと先に行け!」
「馬鹿野郎。てめえだけで馬が手に入るかよ」
「オイラは自分で何とかすらあ」
「半人前が生意気言ってんじゃねえ!」
――とはいえ、長居は禁物だ。ポーディレン卿の兵が圧倒するのが先か、敵に取り囲まれるのが先か。
ガンデは、軍記物に出てくる一騎当千の英雄豪傑ではない。囲まれたら普通に負ける。一対一でも、それが続けば体力が持たない。勝っている間に逃げるしかない。
「騎兵だ! ダガベ、付いてこい!」
ガンデは、孤立していた騎兵に一気に近づくと、大剣を片手で振り回した。剣の腹を相手に向けて。
大剣の重さをそのままぶつけて、馬からはたき落す。だが、今度の敵は大剣を受け流そうとした。対処法としては正しいが、それは刃を向けられた場合だ。
敵は大剣を受け流すのに失敗して、馬から弾き飛ばされた。
「ダガベ!」
「うぉっしゃあ!」
ダガベが馬に取り付いて鞍によじ登った。痛めた足首は完治していない。激痛が走ったが、敵に切り刻まれるよりは、多分痛くない。
「ポーディレン卿には悪いが、このままずらかるぞ」
ガンデとダガベは、そのままベデンズィードの屋敷から走り去った。
ベデンズィードは彼ら見送りつつ、「やれやれ」と言って苦笑すると、家臣に敵の掃討を命じた。




