陰謀と焦燥
「断定するのは早い」
ベデンズィードが、青ざめて立ちすくむリリーメルをたしなめる。
「当てはめた単語が正しいとも限らない。まず完成させるべきだ。案外、カプテディーン伯は無関係かもしれぬ」
彼はリリーメルに着席を促して、「こういうときこそ冷静であることが肝要」と言ってほほ笑んだ。そして、「暫定的に、今までの案を当てはめてみよう」と言いながら、単語を当てはめた文を書き出す。
【四の月の十二日、カプテディーン伯が炎の門をくぐる。その翼下に媚薬を忍ばせり。さすれば炎がマイツァーデイン公を焼き焦がさん】
「ふむ、悪い予感しかしない文になってきたな」
「エーメ姉様っ!!」
「ポーディレン卿、面白がっていませんか?」
「決してそんなことはない」
フェーンの抗議に、ベデンズィードが真顔で答える。
答えながら、表情がみるみる険しくなった。
「家紋といえば……『炎』はエルゲーデン家本家の家紋」
「本家って、ブレンナーレ伯のことですか」
「うむ。いや待てよ。確か、カプテディーン伯がブレンナーレ伯の城館を訪問するという話があったはずだ。十二日、だったかどうかはしかと覚えていないが」
「ええっ?」
「急に信憑性が上がっちまったな」
ガンデが顎をかきながら暗号文を眺めた。
「カプテディーン伯がブレンナーレ伯の門をくぐる。媚薬を忍ばせる。『翼下』ってのはよく分からねえが、旗の下とか荷馬車の中とか、何かの下ってことだろ。媚薬を問題視しているブレンナーレ伯領に、カプテディーン伯が媚薬をこっそり持ち込むってことになるな」
【四の月の十二日、カプテディーン伯がブレンナーレ伯の門をくぐる。その荷馬車に媚薬を忍ばせり。さすればブレンナーレ伯がマイツァーデイン公を焼き焦がさん】
「……」
「カプテディーン伯を罠にはめてブレンナーレ伯を怒らせ、マイツァーデイン公もろともその対象にする。帝国法があるからそう簡単には戦にならぬだろうが、マイツァーデイン公はブレンナーレ伯との手打ちの一環としてカプテディーン伯を廃嫡する程度のことはするやもしれぬ」
「何てこと……」
リリーメルは青ざめてへたり込んだ。フェーンは彼女を椅子に座らせながら、安心させるように笑った。
「しかし、罠の餌である媚薬も、媚薬を仕掛けろという指示書もここにあるのです。つまり、姫様がこの筒を拾ったことで陰謀を防いだということではありませんか」
「フェーン……。そう……なのでしょうか」
「よく読むのだ。『忍ばせよ』ではない。『忍ばせり』だ。既に媚薬は荷馬車に仕込まれ、手はずは完了しているという事後報告に過ぎない」
「え……?」
「この暗号と小瓶は、検問所側で動く別動隊に向けた『十二日に決行する』という合図と、その現物見本だろう。あるいは、報酬か。別動隊への連絡が一つ潰れたところで、十二日に本命の媚薬が発見されれば陰謀は完遂する。四の姫をつけ狙うのは、事が露見するのを恐れての口封じに過ぎん」
ベデンズィードは、リリーメルを元気づけようとするフェーンの努力を一刀両断にした。
「『ブレンナーレ伯の門』、つまり街道に設けられたブレンナーレ伯領の検問を通るのが十二日ということだ。その前にマイツァーデイン公領内でカプテディーン伯を止める必要がある」
「ブレンナーレ伯に直接お知らせしておけばよいのでは?」と、アディが至極真っ当な疑問を口にした。
一瞬表情が和らいだかに見えたベデンズィードが、再び眉間に皺を寄せた。
「思い出した。ブレンナーレ伯は今、マイツァーデイン公領に居る。そしてカプテディーン伯夫妻と共にブレンナーレ伯領に戻るのだ。自分を含む一団に媚薬が仕込まれ、自領に持ち込まれようとしたと知ったら、ブレンナーレ伯の面目は丸つぶれになる」
「で、でしたら、今すぐにでもカプテディーン伯をお止めしなくては。ブレンナーレ伯領に入る前に!」
「姫様、落ち着いてください!」
「でも! カプテディーン伯が廃嫡されたら、エーメ姉様も不幸になってしまう! 早くお知らせしなくては!」
今すぐにでも飛び出していきそうなリリーメルを、フェーンは押しとどめた。
「もう日没です。焦るお気持ちは分かりますが、ご自重ください。全ては明朝です」
「フェーン……。あなたの言う通りです。私一人ではどうすることもできません」
リリーメルは、うつむいて両手を握り締めた。彼女の震える手を、アディの手が包み込んだ。
次回から、新章「姉様を救え」が始まります。
陰謀の対象が長女エーメレイア夫妻であることを知ったリリーメルたちは、マイツァーデイン公領に向かうことに。
しかし……。
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