久しぶりの休息
「さあ姫様、御髪をすきましょう。メリエリナから香油も頂いてきました」
「アディ、体調はもういいの?」
「万全とはいきませんが、湯殿で体を温めてからすこぶる調子が上がってまいりました。姫様の髪をこれ以上放っておく方が苦痛です」
「アディがそうしたいというならお願いするけど、無理はしないでね。私は元気なアディの方が好きなの」
こうして、私は久しぶりに姫様の髪に櫛を通した。通……そう……とし……ているのだが、これが一苦労だった。しばらく櫛を入れなかったので、かなり絡まっている。
櫛が引っ掛かるたびに髪が引っ張られて痛かったはずだが、姫様は何も言わなかった。
「アディにこうしてとかしてもらうのが、とても久しぶりな感じがします。前回が、遠い昔のように思います」
「姫様……」
「父上たちとはぐれてしまったけれど、アディとフェーンが居てくれたので怖くはありませんでした。感謝しています」
「そのような、もったいない」
◆
「ダガベ、井戸で水を汲んできた。足首をひたしておくといい」
「ありがてえ、フェーンの兄貴!」
「騎士様がすることじゃねえぜ。水汲みなんざ従者の仕事だろ」
「まあそうではあるが……戦場では動ける者がやれることをやれと父上たちに教えられた。従者も人の子だからな、時には情けをかけてやるのも使いこなすコツだと」
――この騎士様は「しつけ」が行き届いてるぜ。
「ところで、少し稽古を付けてもらえないだろうか」
「稽古!?」
「貴公の実戦的な剣術を学びたい」
「俺のは単なる我流だぜ」
「その我流で生き残ってきたんだろう?」
「騎士様の剣術に変なクセが付いちまうかもしれんよ」
「構わない」
フェーンの目は真剣だった。ただ、ガンデはその目が好きではない。真っ直ぐで、曇りがなく、ひたすら何かを求める。汚いこともやってきた傭兵風情には眩し過ぎる、光の世界の目だった。
ガンデが最も嫌なのは、その目が濁っていくのを見ることだった。この世の汚物にまみれて、当初の希望も夢も忘れ果て、血を見ても眉一つ動かさなくなる。傭兵の世界で、そんなヤツを山ほど見てきた。
そして何より、自分がそうだった。
フェーンを見ていると、「まっとうな人間」だったころの自分に責められているような気分になることがある。
「お前はそんな人間になりたかったのか」
そんな青臭い言葉を鼻で笑えるようになったら一人前だと誰かが言っていた。だが、ガンデはまだそこに達していない。それがいいことなのか悪いことなのか、ガンデには分からない。
「ダメだろうか」
「分かったよ。だが今日はもう遅い。明日の朝にしようや?」
「ああ、それで構わない。ポーディレン卿には、修練場を使う許可を頂いている」
「抜け目がねえな」
ガンデは、ひたむきなようで意外にしたたかなフェーンに苦笑した。
◆
「それで?」
「あの入水姫は屋敷の離れにいる」
「貴公はこの辺りに伝手があると言っていたな。俺が見張っているから手勢を集めてきてくれ」
「どれくらい必要だ」
「二〇人もいれば十分ではないか」
「それなら一日で集まるだろう」
ほんのひとときの休息。
穏やかな時間が流れる束の間。
それは彼らに猶予を与える時間でもある……。




