暗号
「これは……紙? かな」
リリーメルは、ほっそりとした人さし指を筒に差し入れて、もぞもぞとまさぐった。口を尖らせて、指の感触に合わせて口を右に左に上にと動かす。
貴族の娘がする顔ではない。
フェーンとベデンズィードは視線を逸らした。
ダガベはリリーメルの顔を見て大笑いし、アディに殴られた。
「と、取れた!」
リリーメルが筒から紙片を引っ張り出す。小さく畳まれた紙片を広げると、次のような文章がつづられていた。
「四番庫への納品目録。荷の搬入は、必ず今月末までに完了のこと。代金として金貨十枚、および銀貨二枚を支払う。期日については追って、別途通知する。老若問わず重宝される白鷲印の防寒用外套が三着。それから赤き炎色の高級な染料。北の街路より、大水門の検問所を経由して、山をくぐり抜ける道筋。手綱をたぐりつつ、夜を巡る。これらが手配の品である。取引の準備は以上だ。次いでそれと、明日の夜の宿泊先について。南の翼亭とする。その下働きをする者たちに、心付けとして真紅の布を渡すこと。高価な品につき、丁重に扱うべし。甘き蜜のごとき美酒を三瓶。これらは日陰に忍ばせ、熟成を待てば、追って良き知らせあり。手配の手筈通り。よいか、決して油断するな。いざ、時至らば、皆でさあ取引をなすべし。決して恐れることなく前へ進めば、我ら商会の炎はさらに勢いを増すが、はるか上空の鷲をも悠々と凌駕する勢いを持ち、全ての憂いを焼き尽くし、跡にはきっと果てなき天をも焦がすほどの大商いが、我らの手によってここに成されること間違いなからん。」
「……」「……」「……」「……」
「何だこれ」
ダガベが顔をしかめてうめいた。アディは、そんなダガベに優しくほほ笑んで、彼の疑問に答えてやった。
「ダガベ、これは紙というものです。人間は、紙に文字というものを書くのです」
「オイラだって紙や文字くらいはしってらあ。読めねえけど」
「まあ文字を知っているだなんて、やはりダガベは最も賢いサルですね。偉いわ」
リリーメルの百面相を笑ったことを、アディはまだ根に持っているらしい。
「しかし、『意味が分からない』という意味では私もダガベと似たようなものです」
フェーンは、文面を前に考え込んだ。読めるし、文面そのままの意味も分かる。だが、理解できない。
「納品目録? 金貨十枚? 後半の毒にも薬にもならねえ説教は何だ」
ガンデも首をかしげる。分からないのは自分だけではないと知って、少し安心したのだ。
「これは暗号だな。そのまま読んでも意味を成さないとしたら、それは暗号だからだ」
ベデンズィードの指摘に、一同は「おお」とどよめいた。
「なるほど。それで、意味は何ですか? ポーディレン卿」
「それは分かりかねる」
「え?」
「暗号である、ということが分かっただけだ」
「そうですか……」
リリーメルは落胆したが、「暗号である」と分かったことは一歩前進だ。そうでなければ納品目録をそのまま読み解こうとしていたかもしれない。
それどころか、単なる納品目録だと思って捨て去っていた可能性もある。
そのとき、女官が「部屋の準備が整った」と知らせに来た。
「さあ皆さま、考えるのはひとまず後にして、旅塵を落としてお着替えなさってください」
アレナエリンは、一同に気分転換することを提案した。




