赤い液体
リリーメルは、物入れから木の筒を取り出した。
「フェーン、これ開けてください」
「承知致しました」
松脂が思いの外頑強で、フェーンは取り除くのに手こずる。
アレナエリンの視線に気付いたリリーメルは、「ほらフェーン、もたもたしない!」などと言いながら、アレナエリンにほほ笑んだ。
「実は私たち、この筒を手に入れてしまったせいで追われているのです」
「追われている?」
「ええ。この中に、手掛かりがあるはずです」
この筒を手放したり処分したりしても、それが敵に伝わらなければ襲撃は収まらない。キルエルト伯領まで逃げ切れる保証もない。まずは知ることが必要だった。
「開いた!」
松脂を取り除き、筒の蓋を開けることに成功した。フェーンは、机の上に筒をそっと傾けた。
ゴトリ。
珍しい、ガラス製の小瓶が出てきた。これも木製の栓が蜜蝋で封印されている。
小瓶の中には、赤い液体が満たされていた。
透き通った、それはもう奇麗な赤色だった。
「何これ」
「さあ……」
「奇麗……。こんな赤色、見たことがない」
「うまそうだ!」
「毒かもしれねえぞ。迂闊に飲むんじゃねえぞ」
「ただの染料なのではありませんか?」
「とにかく開けてみましょう。フェーン、開けてください」
「承知しました」
フェーンは、小刀で蜜蝋を削り取る。松脂ほど苦労はしなかった。
蓋をしている栓を引き抜いた。
「うへっ、変なニオイ……」
リリーメルは、小瓶にいきなり鼻を突き付けて顔をしかめた。
小瓶から漂う、甘ったるい、だが甘美でもなく悪臭というほどでもない、独特なニオイ。
わざわざ鼻を近づけなくても、その強いニオイは小瓶を中心に広がっていった。
「甘い……ニオイ」
アレナエリンがつぶやく。
リリーメルは、鼻を摘まみながらアレナエリンを見た。彼女は蒼白の顔をぶるぶると震わせている。
「アレナエリン様?」
「ああ、そのニオイ……違う、私は……私は……」
「アレナエリン様!」
メリエリナがアレナエリンの両肩をつかんで揺らした。
「アレナエリン様!」
「そのニオイ……そのニオイだった。赤じゃない。黒だった。私は確かに、黒……」
アレナエリンは両手で自分の頭をつかむと、顔を左右に激しく振った。大きな目から涙があふれ出す。
アレナエリンの叫びは続いた。
「私が……私が殺した! 私が、私が!」
「違う! 黒かった。黒だったの! だけど、だけど」
「私が、殺してしまったの……」
アレナエリンは崩れ落ちて、意識を失った。
嗅覚は記憶を刺激する。
そのニオイは、アレナエリンが目を背けてきた過去を彼女に突き付けた……。




