アレナエリンの憂い
「そちらの方々もお座りになっては?」
アレナエリンはガンデたちにも着席を促した。
「えっ、そうっすか? それじゃ……」
「いや、俺『たち』はこのままが落ち着くんで」
「ダガベは足を負傷しているのです。ガンデたちもアレナエリン様の厚意に甘えなさい」
リリーメルに促され、ダガベは喜々として、ガンデは居心地悪そうに着座した。
アレナエリンの侍女は、「メリエリナと申します」と名乗りつつ、一同に茶を振る舞った。アディは、その手際の良さに感嘆と苛立ちを覚えてメリエリナの顔を眺めた。メリエリナは、アディの視線に気付いてアディにふと笑いかけた。
侍女の間に走る緊張感とは裏腹に、フェーンは「ふう」などと言いながら茶を楽しんでいた。
ダガベは生まれて初めて飲んだ茶というものに驚き、「苦っ!」と叫んだ。ガンデは、「うるせえ」と言ってダガベの脳天に拳を振り下ろす。
「リリーメル様のご家中はとても賑やかですね」
「ええ、とても気に入っています。ずっとこうしていられたらよいのだけれど」
「えっ! いいのかい? オイラは姫さんの家来になりてえ」
「うるせえ」
さらに激しい一撃を食らって、ダガベは黙った。
二人を見ながら、リリーメルは楽しそうに笑ったが、ぽつりとつぶやいた。
「私には、彼らをつなぎとめておく器量がありません」
「まあ、そのような」
「私には過ぎたるものなのです」
そう言って、リリーメルにしては珍しく、寂しそうに笑った。
「そうそう。アレナエリン様のご主人、ポーディレン卿、とても素敵な方ね。落ち着いていて理知的で」
それを聞いたアディとフェーンとガンデとダガベが、顔色を変えて一斉にリリーメルを見た。
「ありがとうございます。それこそ、私には過ぎたる夫です」
「いえ、とてもお似合い。私も良き伴侶を見付けたいと思います」
「伴侶を見付ける?」
「ええ、父上に頼らず自分で見付けるつもりです」
「まあ……」
「信じられない」という顔で、アレナエリンとアディとフェーンとガンデとダガベがリリーメルを見た。アレナエリンとその他では理由が若干異なるが。
アディとフェーンとガンデとダガベは、顔を寄せた。
「おい、姫さん普通じゃねえか」
「私は姫様が奇行に走るのではと緊張したよ」
「私もぎょっとしましたが、もしかしたら……」
「もしかしたら?」
「既婚者ということで、既にスンとおなりなのかもしれません」
「思ってたより正常なんだな」
アレナエリンは、まだ見ぬ伴侶に期待を膨らませているリリーメルを見て、くすりと笑った。彼女の曇りなき信念を垣間見たような気がした。幸せを我が手でつかみ取ろうとするたくましさを感じた。
――それに引き換え、自分は……。
父上の命に従って、流されるように嫁いだ。財政破綻寸前だった実家への融資を条件とした政略結婚だった。
夫は理知的で十分に優しく、家格も高く、不満はない。それどころか、恵まれているとさえ思う。
自分は幸せ者だ、とさえ思う。
でも……そこで小骨が喉に引っ掛かったような感じがしてしまう。
自分のような罪人が、幸せになってもよいのかと。
リリーメルの屈託のない笑顔が眩しかった。
アレナエリンのほんの一瞬の物思い。それを現実に引き戻したのはリリーメルの次の一言だった。
「そうだ。あの筒を開けてみましょう!」
アレナエリンの憂いとは?
「罪人」とはどういう意味なのか?
そして、ついに開封される木の筒。
それはアレナエリンの心の封印を破壊してしまう……。
以降、『居眠り卿と密室の死体と消えた小瓶』
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のネタバレを含みます。




