ポーディレン卿
脇道から再び街道に戻ったリリーメル一行は、ブレンナーレ伯領のポーディレン地方を治める領主、ポーディレン卿ベデンズィードの邸宅に向かった。
一行を迎えた家令は大層困惑して、主のベデンズィードにはかることにした。
「キルエルト伯の四の姫を名乗る一行? 伯爵のご令嬢のご訪問なら、先触れがあっただろう」
「突然のおなりもさることながら、いささか奇態でもあり、追い返すべきやらお迎えすべきなりや、判断がつきかねまして」
家令の様子からすると、訪問者は身の証しを立ててはいないのだろう。であれば通常は門前払いだが、そうしないだけの何かを感じたということか、とベデンズィードは考えた。
人さし指で机を三回、こつこつこつとたたく。
「よかろう。私が応対する。まずは応接室にお通しせよ」
――訪問者はたったの五人。不逞の輩ならどうとでもなる。
訪問者が待つ応接室に行ったベデンズィードは、一行を見てのけ反った。
「ポーディレン卿、突然の訪問、心苦しく思います。まずは謝罪を。私はキルエルト伯の四女、ヴァル・サーディバル・リリーメルと申します。これに控えるは我が騎士と侍女。いささか故あって、ご当家にしばし保護をお願い申し上げる」
「私はキルエルト伯より姫様付を仰せつかった騎士、ソド・デルバーエル・フェーンエルと申します」
――この、農婦の服を着た小汚い娘が?
同じく農婦の服を着ているアディは、ベデンズィードの心境を正確に洞察した。だが、まだ熱が下がらずぼんやりしていた。本来なら、「事情を端的に説明すべきだ」と進言できたのだが。
農夫の服に鎖帷子を重ね着しているフェーンは、ベデンズィードがなぜ驚いているのか分からず、ぼんやりしている。
一行に身の証しを立てるそぶりがないので、ベデンズィードはまず観察することにした。
もう一人の娘は髪を顎の辺りで切りそろえている。令嬢の侍女風ではある。背筋を伸ばして座る青年は確かに、騎士身分――お付きの護衛風に見える。長椅子に座っている三人の後ろに立っている二人は平民。……傭兵、か。
そして伯爵令嬢と名乗ったリリーメルという少女。最大の特徴は、腰に届きそうな長い髪だ。
長い髪は貴族の特権だ。平民が伸ばすことを禁じている訳ではないが、普通は伸ばしたとしても顎か肩の辺りまでだ。
長い髪を定期的に洗い、毎日櫛を通し、香油をすり込んで手入れをする余裕があるのは、働かざる者だけなのだ。
「キルエルト伯の四の姫が、なぜブレンナーレ伯領に?」
「姉の婚礼のためウグナペリン伯の城館をお訪ねした帰路、川に流されて当地に来てしまいました。そこでキルエルト伯領に戻る道中、ご当家を通ることになった次第」
「ふむ……」
キルエルト伯の二の姫とウグナペリン伯家の縁組は聞き及んでいた。あの川の流域からキルエルト伯領に向かうとしたら、この辺りに現れても不思議ではない。
――辻褄は合う、か。
リリーメルと名乗る少女の所作、立ち居振る舞いは、どこに出しても恥ずかしくない貴族の品格にかなっている。
ベデンズィードは威儀を正すと右手を自分の左胸に軽く当てて会釈した。
「ブレンナーレ伯家傍系の当主、ヴァル・エルゲーデン・ベデンズィードと申す。キルエルト伯の四の姫のご来訪を心から歓迎致す。ゆるりとご滞在いただき、旅の疲れを癒やしていただきたい」
「ポーディレン卿のご厚情に改めて感謝を」
「四の姫と騎士殿、侍女殿は本館に。そちらの護衛は別館に案内させよう」
「ポーディレン卿、しからば私も別館でよい。彼らは私の大切な家臣である。旅の終わりまで共にありたいと思う」
「ではそのように手配致しましょう。部屋の支度が終わるまで、しばしこの部屋でお待ちを。私は所用がある故、以後は妻に」
ベデンズィードは人当たりの良い笑顔で一同を見渡すと、やや急ぎ足で応接室を後にした。代わりに、彼の妻が侍女を従えて入ってきた。
「ベデンズィードの妻、アレナエリンと申します」
リリーメルよりもやや濃いめの栗色の髪の女性で、緑色の瞳が印象的だ。
「まあ、何とお美しい! アレナエリンとお呼びしても? 私のことはリリーメルとお呼びください」
「はい。ではリリーメル様、お茶をお召し上がりください。部屋のご用意ができましたら、皆さまを湯殿にご案内致します」
美しく愛らしいがどこか陰のあるアレナエリンは、一同にふわりとした笑顔を見せた。
「赤い陰謀」編は、『居眠り卿と密室の死体と消えた小瓶』(https://ncode.syosetu.com/n2128lt/)の「真の解決」編でもあります。
23話→『居眠り卿と密室の死体と消えた小瓶』→24話がオススメルートです。
なお、23話→24話でも問題ないように書いておりますので、『居眠り卿と密室の死体と消えた小瓶』はスルーしていただいても全く問題ありません。




