臣下の礼
また姫様の様子がおかしい。
まさか、襲撃者にときめいてしまったのではあるまいか。彼らを追って走り出すのではあるまいか。
「歯に野菜を挟んだ男なんかどうでもいいってば」
あ、もう対象外ですか。
「この筒を落とした人よ。川に落ちたとき」
「え!?」「え!?」
私とフェーンは驚いた。私たちも川で二人の男を目撃している。だが、あの襲撃者だとは全く思わなかった。川で見た男たちなど、覚えていなかった。
さすが姫様。
「つまり、ずっと俺たちをつけ回していたのは、その筒を取り戻すためか」
「中身を確かめますか?」
私の問いに、ガンデは「ふむ」と言って考え込んだ。
「それよりも安全なところに移動するのが先だ。ヤツらが大勢で戻ってきたら勝ち目がない」
「分かりました。準備しましょう」
「でだな……てめえ、いつまで俺におぶさってんだ!」
ガンデはダガベを地面に下ろして蹴飛ばした。
「ぎゅうぅ」
「てめえ、さっきから目ぇ覚ましてただろ」
「痛てて、ひでえよ兄貴」
ダガベが悲鳴を上げながら抗議する。
「ダガベ、怪我は? 痛いところはないの?」
「全身痛いところだらけですよ。もうだめだ」
「かわいそうに……」
「オイラ、もう死ぬかもしれねえ。姫さん、最後に抱き締……」
ガンデとフェーンと私に蹴られて、ダガベは悲鳴を上げた。
「いいから立て。出発するぞ」
ガンデに命じられて立ち上がろうとしたダガベは、再び悲鳴を上げて倒れた。
いや、私は何もしていない。
「足をやられてるな」
ガンデは、ダガベの倒れ方を見て左足首を負傷していると指摘した。
「ダガベ、つかまれ」
フェーンが手を差し伸べる。彼は、ダガベを立たせると肩を組んだ。この状態で歩くつもりらしい。
「フェーン、それではあなたも疲れてしまう。ダガベ、馬に乗りなさい」
「え?」
「私が歩きます。ダガベは馬に乗りなさい。これはキルエルト伯の四女、ヴァル・サーディバル・リリーメルとしての命令です」
姫様は、人さし指をビシッとダガベに突き付けて、高らかに命じた。
ああ、クセになったな。
調子に乗った姫様は、一目惚れ状態の次に面倒くさい。適当なところで正気に戻さねば。
「姫様は、崖に落ちたダガベを助けるんだと主張してくれたんだぞ。ダガベを助けようとして、見てみろ、あの通り負傷もされた」
フェーンが余計なことを説明した。彼としては、姫様の尊さを強調しておきたかったのだろうけど。
「姫さんが!? 本当ですか?」
「ええ、本当です。キルエルト伯の四女、ヴァル・サーディバル・リリーメルに感謝するのですよ?」
ダガベは姫様の足元に平伏して額を地面にこすりつけ、絶対の忠誠を誓った。もう、君主というより女神を仰ぎ見るような目で姫様を見ている。
姫様は、そんなダガベにますます気を良くして胸を反らしつつ、慈悲深い笑みを浮かべて「くるしゅうない」などと言っている。
ほら、二人そろって何だか面倒くさい感じになってしまった。
「さあダガベ、私の馬にお乗りなさい。しばらくあなたに下賜しましょう」
「姫さん……ありがとうございます」
ここだけ見れば、君臣の美しい一幕と言えないこともないのだが……。
「言っとくが、それ俺の馬だからな」
ガンデは一同に背を向けてさっさと歩き出した。




