フェーンの初陣
ガンデは崖に近づくと、やはり縄と木の強度を自分で確かめてから怒鳴った。
「フェーン、今から俺も下りるぞ!」
そして返事を待たずに下りていった。急に現れてフェーンらを驚かせないための声掛けだ。
リリーメルとアディには何もできない。できないので、声援を送ることにした。
「ガンデ、フェーン、ダガベ、頑張って!」
「ガンデ、フェーン、ダガベ、頑張って!」
「うるせえ! 気が散る!」
怒られてしまった。
縄は崖の下の地面まで達していた。思ったほど深くはなかったのだ。ただ、途中に生えている低木の枝が生い茂っており、ひっかき傷だらけになった。
「こりゃ姫さんの柔肌には無理だな」
ダガベは意識はないが生きていた。
問題は、彼の体の上に乗っている岩だった。落ちたときに斜面の岩が崩れたらしい。
フェーンは、それらの岩を必死に取り除いていた。
――コイツも、正式に叙任された騎士。つまり領地を持ったお貴族様なんだよな。
傷だらけ泥まみれ汗だくになってダガベを助けようとしているフェーンを見て、ガンデは苦笑した。
二人がかりで岩と石をどかし、目を回しているダガベをガンデが背負ってダガベの両手を縛った。後は縄を伝って上るだけである。
といっても、崖は上部がせり出す形になっているので足を引っかけることはできない。かなりの重労働だった。
崖の縁に達すると、リリーメルとアディがガンデの左右の腕をつかんで必死に引っ張った。二人とも汗だくになっているが、力的には全く戦力にはなっていない。どちらかというと、邪魔だ。
だが、ガンデは「ご苦労さん」と言った。
フェーンも無事に戻り、ダガベ救出は成功した。
「よがっだあ~」
リリーメルが突然号泣した。それを見たアディまで泣き出し、騒々しいことこの上ない。
ガンデが顔をしかめて「こいつらを黙らせろ」と言いたげにフェーンを見ると、フェーンは苦笑して目を逸らした。
そのとき、馬に乗った二人の男が突っ込んできた。二人とも、手に長剣を握っている。
「何!?」
崖を降りるため、ガンデは大剣を外していた。しかもダガベを背負ったままだった。フェーンは元から武器を持っていない。そして、二人とも崖から上ってきたばかりで体力も腕の筋力も残っていない。
男たちは、まずガンデとフェーンを狙ってきた。この二人を始末すれば、女などどうにでもなるということだろう。
「ちっ、素人じゃねえな」
ガンデは一瞬で二人の能力を見積もった。
ガンデたちは、街で尾行をまこうとした。つまり、尾行に気付いていると教えたようなものだ。
襲撃者はその意味を正しく悟った。以降は距離を取って尾行の発覚を避けた。
そして、どこかでダガベ救出劇を観察した上で襲撃してきた。
確実に有利になるまで手を出さない。
つまり厄介な相手だ。
ガンデたちが戻るまで手を出さなかったのは、遠くからでは行動を予測できなかったからか。
いや、今はそこまで考える必要はない。
「二人とも、端によけてろ!」
リリーメルとアディに叫びつつ、ガンデは地面を転がりながら自分の大剣に向かう。
背中で
「げえっ」
という声がした。ダガベが生きていることは改めて確認できた。
もたつくリリーメルをアディが引っ張っている様子が視界の端に入った。
襲撃者の初撃は回避できた。
横目でフェーンを確認する。まだ小僧も生きている。
ガンデは大剣にたどり着くと、抜刀して鞘を襲撃者の一人に投げ付ける。
襲撃者は長剣でそれを払い除けた。
一瞬の余裕が生じる。
ガンデは横目で左右を確認して、ダガベの剣を探す。
あの馬鹿は、木に登るときに剣を外していたはずだ。
ガンデにとってはおもちゃのような剣だが、ないよりはマシだ。
あった。
ダガベの剣に向かって突進し、右足で蹴り上げた。
「フェーン、受け取れ!」
フェーンは、地面を転がりながら石を拾い、もう一人の襲撃者に投げ付けていた。
ガンデの声に反応して振り向く。
ダガベの剣を空中でつかむ。
襲撃者が剣を振りかぶりつつ突っ込んできた。
フェーンは、ダガベの剣を抜いて襲撃者の白刃を受け止める。
金属が激突する鋭い音が響いた。
もう一人の襲撃者が、ガンデに迫る。
ガンデは大剣を構えると、力任せに振り抜いた。
襲撃者の長剣が弾き飛ばされて、崖下に消える。
すると、襲撃者たちはテリテー方面に向かって逃げ出した。
「見事な引き際だな。面倒くせえ野郎どもだ」
道幅はそれなりに広いが、馬上戦をやるには狭い。一撃か二撃でガンデとフェーンを殺すか戦闘不能にするつもりだったのだろう。だが予想外に粘られ、一人は長剣を失った。
二人で呼吸を合わせて退いた点も、冷静に戦場全体を把握した上での行動だった証拠だ。
ただの山賊ではない。
フェーンを見ると、彼は剣を鞘に戻しているところだった。青ざめた顔で息も上がっているが、怪我はないようだ。
「上出来の初陣、だな」
もう一人、青ざめた顔の人間がいた。
「歯に野菜を挟んだ男……」
リリーメルは、男たちが走り去った方をぼう然と眺めていた。




