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一目惚れ伯爵令嬢と下僕たち ~イケメンを探していたら陰謀を暴いてしまいました~  作者: 中里勇史
貴族として

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ダガベも木から落ちる

 アディは、最後尾のガンデに何気なく近づいた。


「ガンデ、尾行者はまだいますか?」

「確証はねえが、今のところ気配はねえな」

「昨夜の騒ぎでバレなかったようですね」

「まあテリテーは広ぇからな。近くに居なかったと思いてえところだが……」


 そう言いつつ、ガンデは後ろを気にしている。周到な男だ。

 だが、安心できるかというと、そうでもない。

 姫様や私に狙われる覚えはない。ならば、尾行者はガンデたちを狙っているのではないか?

 ガンデを帯同していることが、逆に姫様にとって災いになる恐れもある。

 やはりどこかで別れるべきか……。


「そうだ。姫様にお返しするものがあったのです」


 フェーンの声が聞こえた。姫様に返す?

 フェーンは、懐から木製の筒を取り出して馬上の姫様に手渡した。


「あら、これは! なぜフェーンが持っているの?」

「姫様が握り締めていたのをガンデ殿が回収してくれていたのです」


 気になったので、私もフェーンの近くに行ってみた。姫様が筒を手にしている。

 あんなモノをお持ちだっただろうか?


「これは私のモノではないの。歯に野菜を挟んだ男が落としたのを、拾って差し上げたの」

「拾って差し上げたのをなぜ姫様が持っているのですか」

「返そうとしたのだけれど、川に落ちてしまって」


 ああ……。

 頭から川に突っ込む姫様の不様な姿が甦ってきた。

 すると、あのとき近くにいた男たちのモノなのか。

 「歯に野菜を挟んだ男」? 随分細かいところを……。


 だんだん見えてきた。


 男性に一目惚れして近づいたら、歯に野菜が挟まっているのが見えて幻滅して、後ずさりしたついでに川に落ちたのだ。そうに違いない。


 いつの間にか、ダガベまで近くに居た。


「何が入ってるんですかね? 開けちまいましょうよ。オイラが松脂取りますよ」


 そう言って、ダガベが姫様に手を伸ばした。だが、姫様は筒を上に掲げて顔をしかめた。


「ダメよ。人のモノを勝手に開けるだなんて。できれば返して差し上げたいのだけれど……」


 姫様は「困った!」という顔をしてため息をついた。


「取りあえず、今の私たちには落とし主を探す手段もないことだし、帰ったら父上に相談することに致します」


 そう言って、姫様は農婦から買い取った服の物入れに筒をしまった。ダガベは一瞬不満そうな顔をしたものの、すぐにいつもの締まりのない笑顔になってガンデの所に走って行った。


 「少し険しいが、近道をしよう」「オイラこの辺りの出身だから土地勘がある」などと言っているのが聞こえた。どうせ、姫様にいいところを見せたいのだろう。今のところ、「近辺の土地勘」くらいしか見せ場がないのだ。


 そして、ダガベは脇道に一行をいざなった。

 道の片側が崖になっているとはいえ、道幅は十分なので危険はなさそうだ。これで近道になるなら悪くない。

 いいぞ、ダガベ。初めて役に立ったじゃない。

 私は、ダガベを初めて称賛した。心の中だけで。


 小休止することになった。ダガベは、「あの木の実はうまいんだ!」と叫んで、道の上に覆い被さるように茂っている木に器用に登り始めた。

 まるでサルだ。しかも人語を喋り、道案内までできるのだから、最も賢いサルかもしれない。

 いいぞ、サル。

 いや、ダガベだった。サルだと思って絶賛してしまった。

 ……。

 さて、「人語も操るサル界の頂点」と「木登りくらいしか能のない人間界の底辺」。彼はどちらの方が幸せなのだろうか。


 ボキッ。


 枝が折れた。

 サルが木から落ちる。

 いや、ダガベが木から落ちた。

 いやいや、崖の下にそのまま転がり落ちてしまった。


「何だっけ……ダガベ!」


 姫様が叫んで崖に駆け寄る。


「いけません、姫様!」


 私とフェーンが止めなかったら、姫様まで崖に飛び込みそうな勢いだった。飛び込むのは川で最後にしてほしい。


 道の脇の石の上に座って一部始終を眺めていたガンデは、「ちっ」と舌打ちしておもむろに立ち上がり、慌てたそぶりも見せずに崖に近づいていった。

 下をのぞき込み、「こりゃだめだな」とつぶやいた。


「だめ、とは?」


 まだ崖に駆け寄ろうとする姫様を羽交い締めにしたフェーンが、ガンデを睨む。


「ここからじゃ下の様子も分からねえ。どうにもならねえな」

「どうにもっ……て、捨て置くのか?」

「傭兵はな、自分のケツは自分で拭くんだ。生きてりゃ自力でどうにかする。死んでたら助けるだけ無駄だ」

「怪我して動けなくなってるかもしれないじゃない!」


 姫様が叫んだ。が、ガンデは面倒くさそうに小指で耳の穴をほじった。


「ドジ踏んだのはロレルだ。俺だってな、助けられるものは助けるよ。だが、無理に助けようとして道連れになるのは御法度よ。ロレルを助けようとして俺がくたばったらどうなる? 姫さんの依頼が果たせねえじゃねえか」


 サル――じゃなくてダガベを見捨てるのは寝覚めが悪い。だが、私にとって姫様の安全が最優先だ。ここでガンデを失う危険性を考えたら、ダガベを見捨てるのは仕方がないかもしれない。

 フェーンも同じようなことを考えているのだろう。うつむいて唇を噛んでいる。だが反論できない。


 ガンデの正論に、無力な子供は従うしかないのだ。

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