線引き
リリーメル一行は、キルエルト伯領に向かって街道を進んでいた。
「歩兵の最前列は精鋭にしか任せられねえ」
ガンデのこの一言が見事に刺さり、ダガベは意気揚々と先頭を歩んでいる。
もちろん、精鋭で前列を固める場合もある。だが、多くの場合は新米や嫌われ者など「死んでも構わないやつ」が最前列を押しつけられる。
「馬鹿はおだてるに限る」とガンデはつぶやいた。
ただ、「今のところ」先頭は安全なはずだとガンデは予想していた。
――やべえのは、先頭じゃねえ。
馬の右側を歩いていたフェーンは歩みを緩めて、殿を固めているガンデに近づいた。
「ガンデ殿は、人を殺めたことがあるのですか」
ガンデは、フェーンの引きつった顔を見下ろした。二人には二〇セルほどの身長差があるので、横に並ぶとどうしても見下ろす形になる。
フェーンは目を合わせようとしない。目を伏せて、それ以上問いを重ねる気配もない。
「……もう、数え切れねえな」
フェーンは、ガンデが腰に下げている大剣を見つめた。大剣は、その重さで相手を「破壊する」武器である。大剣による攻撃をまともに食らったら、甲冑を着ていても骨を砕かれてしまう。
ガンデは、この大剣で多くの敵を屠ってきた。
「私は、叙任されたばかりで、戦場を知りません。無論、父や従者に武芸を厳しくたたき込まれました。だが、人を斬れるのか……自信がない」
「そりゃ、そうだろうよ。必要ねえんだから」
「必要?」
「俺は、この剣で何度も人のド頭をかち割った。首斬り飛ばした。槍で串刺しにした。でもな、てめえや姫さん殺すのは、ちっと無理だな。こえぇよ」
「怖い?」
フェーンは驚いてガンデの顔を見上げた。ガンデは、表情を消して前方を眺めている。
「用もねえのに人殺したら、人じゃなくなる。俺には俺の線引きがあんだよ。それ越えたら終わりだ」
「線引き、ですか」
「てめえもよ、何か線があんだろ。殺す必要はねえって判断してんだ」
「必要になれば殺せる、と?」
「そりゃ別の話だな。最後まで殺せなくて、逆にぶっ殺されたやつもたくさん見てきた」
「私もそうなるのかもしれませんね」
「さあな。案外、大事なものを守るためならやれるかもしれねえぞ」
「大事なもの?」
「俺に聞くなよ」
ガンデはそう言って、ガハハと笑った。
――てめえは、鎖帷子着たまま川に飛び込むような真似したんだろうが。
そんなことしたら、普通なら、死ぬ。
「それが線引きってもんだ」
「え?」
「俺に聞くなよ」
ガンデは、「ほら姫さんの右ががら空きだぞ」と言ってフェーンの尻を蹴飛ばした。
リリーメルが、「何の話をしていたの?」などとフェーンに話しかけている。ガンデは「ふん」と笑いながら、後ろに意識を向けた。
出発してすぐ、妙な気配が付いてくるのを感じた。距離があるので数までは分からない。相手の力量も分からない。こちらから仕掛けても返り討ちに遭う恐れがある。
誰が狙いなのかも分からない以上、下手な動きはできない。
とにかく、今やべえのは後ろだ。
「さて、どうしたもんかな」




