涙のウェスペン
ウグナペリン伯領の宿場町ウェスペンは、騒然となっていた。
キルエルト伯一家とその護衛の殺気だった雰囲気に、宿屋や客たちは戦々恐々としている。
四の姫リリーメルとその侍女、護衛の三人がこの町で姿を忽然と消してしまったのだ。
宿場町に到着した直後で、伯爵夫妻の案内に皆の注意が向いていた瞬間を狙ったかのように、リリーメルらがどこかに走り去ったのだという。
「相変わらず意味が分からない」
と一同は思った。
キルエルト伯ゲーメルドとその妻ラーエメルデ、三の姫シーラメリテは宿屋の部屋で報告を待っていた。ゲーメルドはむっつりと押し黙って目を閉じている。
「さっきから、何を落ち着いて座り込んでいるのです。リリーが心配ではないのですか?」
「私が一人加わったところでどうなるものでもあるまい」
「その落ち着いた態度が気に入らないのです」
「気に入る気に入らないでリリーの安否が変わる訳ではない」
伯爵自ら陣頭に立ってオロオロしたところで、残念な雰囲気が漂うだけである。
そんな両親をぼんやり眺めていたシーラメリテが、突然「わっ」と泣き出した。
「突然どうしたの、シーラ」
「リリーがかわいそう! まだ一五歳なのに!」
「いや、死んだと決まった訳では……」
「死んじゃったのよ! もうお終いよ! 死ななきゃならないほど悪いことなんて、あんまりしてなかったのに!」
「あ、あんまりって……何を言っているの?」
「母上は知らないのよ! 母上の花壇。種まきした直後に水浸しになってたでしょ? リリーがやったのよ」
「リリーが?」
「井戸から水を汲んできて、ざばーって。何度も何度も。汗だくになって。意味が分からない」
「……」
「父上の部屋の豪華な燭台を壊したのもリリーの仕業なの」
「何だって?」
「あの燭台を使って、壁に穴を開けようとしたの」
「何でまたそんなことを……」
「リリーの部屋と私の部屋の間の壁に穴を開けたら、部屋に居たままお話ができるって。壁をガツンガツンと。汗だくになって。訳が分からない」
「……」
「それから……」
「いや、もういい。いいのだシーラ」
「父上……」
おいおいと泣き続けるシーラメリテを眺めながら、ゲーメルドとラーエメルデは頭を抱えた。
「幼い頃から少し……だいぶ変わった子ではあったが……」
「聞けば聞くほど意味不明な子ですが……」
シーラメリテは「かわいそうなリリー」と言いながら、しくしくと泣き続けている。
「伯爵、よろしいでしょうか」
デルバーエルが遠慮がちに入ってきた。そして、部屋の奥でめそめそと泣いているシーラメリテに気付いて一瞬たじろぐ。
「ディランエル、何か分かったか」
「やはりどこの建物にも周辺の山林にもいらっしゃいません。残るはやはり川くらいしか……」
「川!? やっぱり川に流されたのよ。あの娘、水に飛び込むくせがあるから!」
シーラメリテが再びわっと泣いた。
「四の姫付の護衛たちを川沿いに走らせました。後は彼らに任せて、伯爵ご一家はご領地にお戻りを」
「しかし……」
「こちらにいらっしゃっても、何もできますまい」
シーラメリテはえんえんと泣き続けている。
こうして、どさくさに紛れてリリーメルの悪事が暴露された。




