ブーッ
奥の部屋で人が動く気配がしてほどなく、農婦の服を着たリリーメルとアディが出てきた。
「あらフェーン、何でこんなところに居るの?」
リリーメルとアディは、目を丸くして室内を見渡した。彼女たちは、取りあえずフェーンの隣に腰を下ろした。無意識に彼を頼ったことに、二人は気付いていない。
「我々は、この方に救っていただいたのです。オソン・ガンデルブ殿と、えーと、ロレル殿だ」
「ダガベン・ロレルだ」
リリーメルはオソンとダガベンに向き直ると、姿勢を正した。
「我々をお救いいただいたとのこと。貴殿に感謝を。今は言葉のみであること、ご容赦いただきたい。いずれ形を持って酬いましょう」
「ほんの気紛れだ」
オソンはそう言って、面白くなさそうに視線を外した。
「まあ……」
リリーメルは、口元で両手のひらを合わせると、きらきらとした瞳でオソンを見つめた。
アディがそれを見てぎょっとした顔をする。
「姫様?」
「刈り込んだ髪の毛。武骨だけど整ったお顔。盛り上がった筋肉。日焼けした肌。野卑な殿方も素敵」
「姫様?」
「野蛮に荒々しく蹂躙されるのも悪くないかも。アディもそう思わない?」
「ま、まあ、好いた殿方にされるなら、それもまた良きですね」
「きゃー」「きゃー」
「ちょっ、姫様? アディまで何言ってるんだ?」
制止役のアディまで妙な状態になってしまい、フェーンは慌てた。
オソンは怪訝な顔をした。二人の小娘が何を言っているのか理解できない。状況の変化に、混乱しかけている。
「ちょっと、二人とも。今はそういう場合ではないでしょう」
「フェーンは黙ってて。今はそういうときなの」
リリーメルはぽわんとした表情でオソンを見つめた。耳まで真っ赤にして、視線が泳いでぐるぐる回っている。
オソンは段々居心地が悪くなってきた。どうにも薄気味悪い雰囲気で、全身がムズムズする。
リリーメルがずずいとオソンに近づく。オソンはずるずると後ろに下がった。
リリーメルがぐいぐいとオソンに近づく。オソンはぞろりと後ろに下がった。が、壁が後退を阻む。
退路を断たれた。
困ったオソンは、放屁した。
「おっと、失礼」
リリーメルの顔がスンと虚無になり、前進をやめた。
リリーメルは、眉間に深い縦皺を刻みつつスルスルと後ろに下がっていった。
「ナイわー。ブーッて……ナイわー」
「姫様……」
アディは、正常に戻ったリリーメルを見て一安心した。貴族令嬢の基準に照らすとさほど正常ではないのだが、リリーメルとしては正常の範囲内に収まった。
「ところでガンデ」
「ガ、ガンデ?」
「ガンデルブという名なのでしょう。長いからガンデにします。かわいいでしょう?」
「かわいい!?」
リリーメルはロレルを見た。
「ロレルといいましたか。ロレル……次男ではありふれていて面白くありませんね。ダガベンだからダガベにしましょう。そうしましょう。それがいい」
「一文字しか違わないじゃないですか!」
「何か不満?」
「いえ……別に」
「ところでガンデ。ここはどこですか?」
「だから農家だ」
「そうではなく」
「ブレンナーレ伯領の外れだ」
「ブレンナーレ伯領!?」「ブレンナーレ伯領!?」「ブレンナーレ伯領!?」
三人は口をそろえて仰天した。キルエルト伯領とは全く別の方向に来てしまった。位置関係はおおよそ見当が付くが、キルエルト伯領への帰り道は全く分からない。
「そういえば、キルエルト伯の姫と家臣だと言っていたな。なぜキルエルト伯の者がブレンナーレ伯領で溺れてるんだ」
「我々はウグナペリン伯領からキルエルト伯領への帰路、宿場町の外れの川に転落したのです」
「ウグナペリン伯領からキルエルト伯領……ああ、ウェスペンって町がこの上流にあるな。随分流されたものだ」
――あの水温の中で、よく丸太にしがみつき続けられたものだ。
リリーメルの小枝のような腕を眺めながら、ガンデは根性と悪運に感心した。
◆
「面倒なことになった」
「どういう意味だ」
「あの入水姫、あの筒を握り締めていた」
「何だと? ってここから見えるのか」
「俺は遠目が利くんだよ」
「つまらない特技だな」
「だが役に立った」
川沿いに馬を走らせてきた二人の男は、リリーメルたちがガンデに救出されているところを茂みから眺めていた。
「あの大男、傭兵だろう」
「一緒に流されたガキも甲冑を着ていたところを見ると騎士階級か。我々だけでは手出しできんな」
「二人じゃ手勢も呼べん」
「しばらく様子を見る。そのうち付け入る隙も出るだろう」
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