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ドラゴン空挺団のお嬢様  作者: 桃巴


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9/12

空挺団9

 三階に上がり、まずはサンダリアの部屋へ正装を置きに行く。


 部屋に入って、肩の力が抜ける。

 この部屋はなんとなく陣地のような感覚になるようだ。


「ロゴス団長のおかげで、なんとか切り抜けたが……」


 ギルバートはフゥーと息を吐き出した。


「だね」


 サンダリアが正装をテーブルに置く。

 仕舞わないのは、仕立て直しをするからだろう。


「さて、どうするか」


 ギルバートは頭を悩ませる。

 サンダリアは今日魔力をほとんど使っていない。確実に明日起きがけに注意が必要になる。

 同じ三階に魔法使い含め、王太子一行が滞在するのだ。気づかれぬわけがない。


 何より……同じ階という危険。

 レナードのサンダリアへの気持ちもある。間違いが起きないとは断定できない。

 いや、彼の立場なら、正装授与を撤回し、サンダリアを王太子妃の立場にさせることも可能だ。

 ……サンダリアの全てを奪えばいいから。それが許される立場だから。

 それを手助けする側近もいる。


「鑑定後の第四班に随行するしかないか」


 実質的距離をとれるからだ。


「うーん、あの魔法使いがいるから、この部屋を守った方が得策だと思う」

「どういう意味だ?」


「不在にしちゃったら、あの魔法使いならきっと部屋(ここ)を確認しそうじゃん。好奇心ってやつと……なんかね、ちょっと……」


 サンダリアにしては珍しく言葉尻に迷いがある。魔法使いに何かしら引っかかっているようだ。

 あの魔法使いは今日、千里眼を使いサンダリアを見つけ出した。魔力鑑定の水晶まで出して、滞在を長引かせている、気もする。

 

 サンダリアが警戒しているのも頷ける。

 何かしらの思惑があるのかもしれない。


 ギルバートはどうしたものかと唸った。


「魔法の痕跡は無くしてるけど、他人が入るのは()だもん」

「……俺は(いいのかよ?)」


 ギルバートは小さく呟いた。


「何?」

「いや、なんでもねえ。それなら……俺の部屋と交換するか」


「それ、いいね!」


 サンダリアがニヤつく。

 きっと、良からぬ企みを思いついたのだろう。

 こそ泥二回も経験しているのだ。


「あ、やっぱなし」

「えー!?」


「俺が朝一で外梯子を伝って、ここに入る」

「夜這い!?」


「夜這いじゃねえ! 朝だし」

「どうぞ、お手柔らかに。お口を塞いでくださいませ」


 サンダリアが両手を組み、両目をこれでもかというほど瞬きする。完全に、からかうような態度である。

 ギルバートはもちろんこめかみに青筋が浮かぶ。


「お前なあ、もっとこの状況に危機感を持てよ。俺じゃなきゃ……俺以外に……っとにっ」


 ギルバートは言葉が急停止する。

 どう言葉を紡ごうとしたのか、自身でもわからなかったからだ。


「とにかくだ! 今日は鍵閉めて寝ろ。窓の鍵だけは開けとけよ」

「了解です!」


 話がついたギルバートとサンダリアは、三階の準備にとりかかったのだった。




 深夜。

 いつもより静けさが支配している。

 昼間の視察が嘘のよう。


 サンダリアはバルコニーに出て満月を眺めている。


「なんで誰も気づかないのかな、寝なきゃいいだけなのに。三日三晩までは不眠不休できるんだけど」


 サンダリアはバルコニーから身を乗り出して階下を見る。

 灯りは消えている。


 それから、寄宿舎の方にも目をやった。

 そちらも灯りが消えている……。

 当直団員の気配も感じない。


「……なるほど、静かなわけだ」


 サンダリアはバルコニーから部屋の扉を一瞥する。


「出ない方がいいけど……」


 そう呟いたそのとき、


 コンコン


 小さく扉が叩かれた。

 サンダリアはバルコニーから動かない。


 コンコン


 また、叩かれるが、サンダリアは首を横に振った。


 カサッ


 扉の隙間から紙がさし込まれる。

 それでもサンダリアは動かない。

 部屋には戻らず、バルコニーで月を眺めるだけ。

 

「ジュテ、気持ち良さそう」


 ジュテは遥か上空を飛んでいる。山の麓には戻っていないのだ。まだ、空挺団のドラゴンにはなっていない。

 訓練場にいるドラゴンとは別行動をしていた。

 月夜のドラゴンの眺めを、サンダリアは満喫する。ドラゴンと認識できないほど、遥か彼方の影は黒蝶のように、満月の周辺を飛び回っていた。


 だが、ゆっくりと確実にサンダリアへと向かってくる気配に、視線を下げた。

 その独特の気配は昼間の視察でわかっている。


「こんばんは、サンダリア嬢」


 本部屋敷を魔法使いが見上げている。

 こっそりひっそりと魔法使いは現れたわけ。


「先ほど、文を扉の隙間から入れたのですが」


 サンダリアは一瞬扉を見る。


「お気づきでしょうか? 実は、今、起きているのは私とサンダリア嬢二人だけなのですよ。だから、こんなに静かなのです」


 静けさの理由は、この魔法使いにあったわけだ。全員を魔法で眠らせたのだろう。

 サンダリアは口を閉じたままでいる。


「魔法耐性がある人物は久しぶりです」


 魔法使いが懐から水晶を出して言った。そこには、眠りにふける団員らが映っている。

 この水晶の魔道具で、魔力鑑定とみせかけて、いったい何をしていたのか……この静けさを作る下準備だったのだろう。


「驚きで声も出ませんか。ご安心を、サンダリア嬢に危害を加える気はありません」


 こんな二人だけの状況で、説得力は皆無の発言だ。

 サンダリアは全く驚いていないが、魔法使いの口ぶりに合わせておく。勘違いさせておいた方がよさそうだ。

 サンダリアが魔力持ちだと気づいていないのだから。


「これにはわけがありまして。どうか、先ほどさし込んだ書面で確認ください」


 サンダリアは首を横に振った。

 きっと、書面にはなんらかの罠が施してあるのだろう。


「困りましたねえ」


 全く困っていない口ぶりで魔法使いが笑う。


「こっそりね、素材が欲しいだけなのです」


 魔法使いが訓練場を指さす。

 いや、ドラゴンを。


 あー、なるほど。


 ドラゴンの涎だけでは満足せず、ドラゴンを素材として見ているわけだ。

 皆を起こさないように眠りにつかっせ、密かにドラゴンから採集するつもりだったのだろう。


「まあ、ご令嬢に私は止められないでしょう」


 サンダリアはさて、どうしたものか、と悩む。


 魔法使いを倒すことはできる。魔法で対抗すれば。だが、魔力を知られてしまっては、視察で苦労したあれこれが元の木阿弥だ。


「ドラゴン素材の良き魔道具を一つお譲りしますから。どうか」


 魔法使いが人さし指を自身の口元にあてて口角を上げた。

 黙っていれば、ドラゴン素材採集の恩恵を譲るからと持ちかけたのだ。


「ドラゴンの鱗を数枚。爪を少々削るぐらいのこと。その程度なら、ドラゴンに痛手はないでしょう。魔法使いの(さが)。お遊びとして目を瞑ってください」


 魔法使いが流暢に続けた。

 いわゆる、茶目っ気的。いたずら的に捉えてほしいと言ったわけ。


 で、サンダリアはこういう状況下で有効な対処を考える。


 思い浮かんだのは、あれ。

 オホホホ令嬢の十八番。


 スーッと息を吸い込む。


「きゃああああああああぁぁぁぁぁぁーーーーーーーー!」


 盛大な悲鳴をかましたのだ。

 眠りを解除する特大の悲鳴を。


「な、何をっ!?」


 魔法使いが慌てる。

 全員に魔法をかけるなんて、浅く広くしか効果はない。

 当直が起きたとき、ちょっとうとうとしていたと思わせる程度の眠りのはずだ。


 眠りの間に犯行があったと思わせないほどの。

 

「助けてええええええぇぇぇぇぇぇーーーーーーー!」


 伝家の宝刀、令嬢の悲鳴ーーサンダリアは、これをある意味魔法であると、王城で認定していた。


 虫を見ては悲鳴をあげてレナードにしなだれかかる。躓いては悲鳴をあげてレナードに倒れていく。効果絶大な、あれ。


 外暮らしだったサンダリアには、この摩訶不思議な魔力のない魔法はとても新鮮だった。

 ただし、使う機会はないな、と思っていたけれど。


 ここで使えるとは! と、サンダリアは高揚した。


 えーっと、次は『さめざめ魔法』よね。


「サン!」


 目覚めたギルバートが鬼気迫る表情で外梯子を上ってくる。


「ギ、ル……、こ、怖いわ。(さめざめ)」


 次は『ビクビク魔法』だわ。

 サンダリアは、上ってきたギルバートに身を寄せて、ビクビクしながら、魔法使いを指さした。


 魔法使いが焦ったように、違う違うと、両手を振っている。

 その間にも、本部屋敷や寄宿舎に動きが出る。魔法のかかりが薄かった何人かが出てきていた。


 今度は『誤解魔法』か『誘導魔法』だっけ。

 サンダリアはギルバートの胸の中で、確認作業をしてから口を開く。


「私と二人きりになりたいからと、あの者が皆に魔法を!」

「断じて違う!」


 魔法使いが叫んだ。


「魔法の素材が欲しいと言って、舌なめずりして……私一人だから抗えないぞ……と脅して……」


 本当のことも嘘も織り交ぜてーの。

 サンダリアはなんだか面白くなってきた。


「視察を長引かせて夜這いなんて……」

「お前になど興味は断じてない!」


 魔法使いが否定した。

 ここで、あれだ! 『言葉尻変換魔法』ね。


「いっやああぁぁーー、身体だけ目当てなんて! い、け、に、えなの!?」

「そんなことひとっことも言っていなああーーい!」

 

 魔法使いの言葉遣いが荒ぶる。


素材(からだ)目当てだって言ったじゃない!」

素材(ドラゴン)目当てだ!」


 魔法使いが口を滑らせる。

 サンダリアはニヤリと笑った。


「嘘……ここドラゴン空挺団で、皆を眠らせ、ドラゴンを素材扱いして……傷つけようとしていたのね! なんて、恐ろしいことを!」


 よっしゃー、キマった!

 サンダリアはこの一連魔法の達成感でいっぱいである。


「ほお、魔法使い殿はそのような策略を巡らせていましたか」


 ロゴスが魔法使いの首筋に剣をあてがっていた。


 ロゴスに各班の班長。他にも数名が眠りの魔法から目覚めて、魔法使いを囲っていた。

 奇しくも、魔法使いが口にしたようにドラゴンと長い時間接していて、魔力ーー魔法耐性があったからだろう。サンダリアの特大悲鳴で普通に起きたようだ。

 

「ギルバート、サンを中に入れろ」


 ロゴスが命じた。

 きっと、サンダリアにこの後のことを見せないようにするためだ。

 怖がっているサンダリアを信じて。


「サン、中入るぞ」


 ギルバートがサンダリアを抱き抱えた。


「え?」


 サンダリアは初めての横抱きにびっくりする。


「ギル?」


 怒りを抑えているようなギルバートの表情を、サンダリアは見た。

 ドラゴンを素材扱いし、害そうとした魔法使いに憤っているのだろう。果たして、それだけか……。


「大丈夫だ」


 レナードと従者、近衛はこの騒ぎに起き出さなかった。魔法のかかりが強かったに違いない。


 ギルバートがサンダリアをソファに座らせた。そして、前に屈んでサンダリアの瞳を覗き込む。


「平気か?」

「うん」


 サンダリアはフッと笑った。


「窓閉めてくる」


 ギルバートが立ち上がって窓に向かった。

 バルコニーに出て、確認してから中に入り窓を閉めて鍵までかけた。


 振り返ったギルバートが頭を乱暴にかいて、『あー、くそっ!』と暴言まで吐いた。


「ドラゴンの被害は出てないから安心してよ」

「そっちの心配じゃねえ!」


 ギルバートがドカッとサンダリアの横に座り、サンダリアの手にソッと触れる。


「ほんっとーに、何もないんだな?」

「うん。さっき言った通り。何かする前に『きゃあー』ってやったし。魔力使ってないよ」


 ギルバートがホッとする。


「無茶しやがって」


 ギルバートの右手がサンダリアの左頬を包んだ。

 サンダリアはその手に顔を預ける。

 ギルバートの温もりは心地よい。


「俺が傍にいる。今は安心して寝ろ」

「ううん、寝ない。視察一行が帰るまで起きてる。三日三晩寝なくても平気だし」


「……お前、最初からそのつもりだったのか?」

「フフッ」


「俺にだけは言えよ。そしたら、傍にいたってのに」

「ぜってー?」


「……ああ」

「次からそうするー」


「で、何があったか、順に説明しろよ」

「了解」


 サンダリアは深夜の異変を事細かに語り始めた。

 月夜のドラゴンを眺めていたあたりから、静けさの異変、さし込まれた紙、魔法使いの語り、ドラゴン素材の魔法具を譲ると持ちかけられ目を瞑ってくれ、と説得するまでの流れを。


 さて、そこまでは魔法使いのターンだった。


「……でね、ここで私のターンがやってくるわけ。まずは、オホホホ令嬢の十八番、伝家の宝刀『悲鳴魔法』を展開して、目覚めてもらったわ。それから、一番乗りのギルに身を寄せて『さめざめ魔法』からの『ビクビク魔法』。これは反対に『ビクビク魔法』からの『さめざめ魔法』でも良くて。つまり、セット魔法みたいなものよ。続けて『誤解魔法』と『誘導魔法』を駆使して追い込みにかけるの。平常心を失わせて、最後は『言葉尻変換魔法』でトドメをさしたわ! まんまと口が滑っちゃって、ニヤつきを抑えられなかったもん」


 サンダリアは武勇伝を語るごとく身振り手振り加えながら、語っている。


 最初は……魔法使いのターンまでは、眉間にしわを寄せ険しい顔つきで聞いていたギルバートだったが、後半になるにつれ頬がヒクヒクと引きつる。


「このオホホホ令嬢の魔力なき魔法を実践できて、超満足だったわ。よっしゃー、キマった! って、達成感で胸がいっぱいになったもん!」


 サンダリアは自身の胸を自慢げにポンッと叩いた。


「……ほお、流れはわかった」


 色々と腹に押し込めてギルバートが返した。


「じゃあ、あれが証拠にもなり得るな」


 ギルバートが扉をさす。

 指先がゆっくり下がり、さし込まれた紙に向いた。


「だね。罠がしかけられているはず」

「安易に触れられないな」


「そう。たぶん、意識を奪うやつ。発動したら、紙ごと消えてなくなるかも。証拠隠滅ってやつ」

「あー、悪巧みに使うやつか」


「だから、あの従者にでも触らせたらいいと思う」


 ここまでの話を、深い眠りについていたレナードや従者、近衛が信じないかもしれないから。

 きっと、魔法使いは空挺団に冤罪をかけられている、サンダリアに陥れられた、と口にするはずだ。


 実際に、ドラゴンの被害はない。

 サンダリアの証言だけなのだから。


 空挺団配属となった背景があるサンダリアの報復行動だと、レナード側は思うかもしれないのだ。特にあの従者ならそう考えてもおかしくない。


「ロゴス団長に話してくる。……あーっとだな」


 ギルバートが何やら考えている。


「俺の部屋にいろ。お前は被害者。加害者に会わせることはしない」

「別に大丈夫だけど」


「会わせない」


 ギルバートがキッパリ言った。


「わかった」

「それから、この部屋、結局入られることになる」


 さし込まれた紙は触れられないし、バルコニー含め、現場検証に使われるから。


「あいつらに何も触らせねえから安心しろ」

「あーあ」


 仕方ないとわかっていても、サンダリアは少し残念に思った。

 ギル以外入ってほしくないなあ、と思ったから。

 自分のテリトリーに、他人が入ってほしくないあれ。


「色々終わったら、部屋替えすればいい」

「やった!」


「ほら、行くぞ」


 ギルバートが立ち上がった。


「ウフッ、被害者は恐怖で足が震えてるわ」


 サンダリアはしたり顔で、両手をギルバートに伸ばす。


「抱っこぉ」

「ああん?」


 ギルバートがサンダリアを一睨みする。


「必殺『甘え魔法』」

「チッ」


 結局……ギルバートは魔法にかかる。

 だが、いつもの小脇に抱えるやつで、サンダリアを運んだ。

 サンダリアは心地よいなあ、と浸ってギルバートの部屋に運ばれたのだった。






(9/14)

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