空挺団9
三階に上がり、まずはサンダリアの部屋へ正装を置きに行く。
部屋に入って、肩の力が抜ける。
この部屋はなんとなく陣地のような感覚になるようだ。
「ロゴス団長のおかげで、なんとか切り抜けたが……」
ギルバートはフゥーと息を吐き出した。
「だね」
サンダリアが正装をテーブルに置く。
仕舞わないのは、仕立て直しをするからだろう。
「さて、どうするか」
ギルバートは頭を悩ませる。
サンダリアは今日魔力をほとんど使っていない。確実に明日起きがけに注意が必要になる。
同じ三階に魔法使い含め、王太子一行が滞在するのだ。気づかれぬわけがない。
何より……同じ階という危険。
レナードのサンダリアへの気持ちもある。間違いが起きないとは断定できない。
いや、彼の立場なら、正装授与を撤回し、サンダリアを王太子妃の立場にさせることも可能だ。
……サンダリアの全てを奪えばいいから。それが許される立場だから。
それを手助けする側近もいる。
「鑑定後の第四班に随行するしかないか」
実質的距離をとれるからだ。
「うーん、あの魔法使いがいるから、この部屋を守った方が得策だと思う」
「どういう意味だ?」
「不在にしちゃったら、あの魔法使いならきっと部屋を確認しそうじゃん。好奇心ってやつと……なんかね、ちょっと……」
サンダリアにしては珍しく言葉尻に迷いがある。魔法使いに何かしら引っかかっているようだ。
あの魔法使いは今日、千里眼を使いサンダリアを見つけ出した。魔力鑑定の水晶まで出して、滞在を長引かせている、気もする。
サンダリアが警戒しているのも頷ける。
何かしらの思惑があるのかもしれない。
ギルバートはどうしたものかと唸った。
「魔法の痕跡は無くしてるけど、他人が入るのは嫌だもん」
「……俺は(いいのかよ?)」
ギルバートは小さく呟いた。
「何?」
「いや、なんでもねえ。それなら……俺の部屋と交換するか」
「それ、いいね!」
サンダリアがニヤつく。
きっと、良からぬ企みを思いついたのだろう。
こそ泥二回も経験しているのだ。
「あ、やっぱなし」
「えー!?」
「俺が朝一で外梯子を伝って、ここに入る」
「夜這い!?」
「夜這いじゃねえ! 朝だし」
「どうぞ、お手柔らかに。お口を塞いでくださいませ」
サンダリアが両手を組み、両目をこれでもかというほど瞬きする。完全に、からかうような態度である。
ギルバートはもちろんこめかみに青筋が浮かぶ。
「お前なあ、もっとこの状況に危機感を持てよ。俺じゃなきゃ……俺以外に……っとにっ」
ギルバートは言葉が急停止する。
どう言葉を紡ごうとしたのか、自身でもわからなかったからだ。
「とにかくだ! 今日は鍵閉めて寝ろ。窓の鍵だけは開けとけよ」
「了解です!」
話がついたギルバートとサンダリアは、三階の準備にとりかかったのだった。
深夜。
いつもより静けさが支配している。
昼間の視察が嘘のよう。
サンダリアはバルコニーに出て満月を眺めている。
「なんで誰も気づかないのかな、寝なきゃいいだけなのに。三日三晩までは不眠不休できるんだけど」
サンダリアはバルコニーから身を乗り出して階下を見る。
灯りは消えている。
それから、寄宿舎の方にも目をやった。
そちらも灯りが消えている……。
当直団員の気配も感じない。
「……なるほど、静かなわけだ」
サンダリアはバルコニーから部屋の扉を一瞥する。
「出ない方がいいけど……」
そう呟いたそのとき、
コンコン
小さく扉が叩かれた。
サンダリアはバルコニーから動かない。
コンコン
また、叩かれるが、サンダリアは首を横に振った。
カサッ
扉の隙間から紙がさし込まれる。
それでもサンダリアは動かない。
部屋には戻らず、バルコニーで月を眺めるだけ。
「ジュテ、気持ち良さそう」
ジュテは遥か上空を飛んでいる。山の麓には戻っていないのだ。まだ、空挺団のドラゴンにはなっていない。
訓練場にいるドラゴンとは別行動をしていた。
月夜のドラゴンの眺めを、サンダリアは満喫する。ドラゴンと認識できないほど、遥か彼方の影は黒蝶のように、満月の周辺を飛び回っていた。
だが、ゆっくりと確実にサンダリアへと向かってくる気配に、視線を下げた。
その独特の気配は昼間の視察でわかっている。
「こんばんは、サンダリア嬢」
本部屋敷を魔法使いが見上げている。
こっそりひっそりと魔法使いは現れたわけ。
「先ほど、文を扉の隙間から入れたのですが」
サンダリアは一瞬扉を見る。
「お気づきでしょうか? 実は、今、起きているのは私とサンダリア嬢二人だけなのですよ。だから、こんなに静かなのです」
静けさの理由は、この魔法使いにあったわけだ。全員を魔法で眠らせたのだろう。
サンダリアは口を閉じたままでいる。
「魔法耐性がある人物は久しぶりです」
魔法使いが懐から水晶を出して言った。そこには、眠りにふける団員らが映っている。
この水晶の魔道具で、魔力鑑定とみせかけて、いったい何をしていたのか……この静けさを作る下準備だったのだろう。
「驚きで声も出ませんか。ご安心を、サンダリア嬢に危害を加える気はありません」
こんな二人だけの状況で、説得力は皆無の発言だ。
サンダリアは全く驚いていないが、魔法使いの口ぶりに合わせておく。勘違いさせておいた方がよさそうだ。
サンダリアが魔力持ちだと気づいていないのだから。
「これにはわけがありまして。どうか、先ほどさし込んだ書面で確認ください」
サンダリアは首を横に振った。
きっと、書面にはなんらかの罠が施してあるのだろう。
「困りましたねえ」
全く困っていない口ぶりで魔法使いが笑う。
「こっそりね、素材が欲しいだけなのです」
魔法使いが訓練場を指さす。
いや、ドラゴンを。
あー、なるほど。
ドラゴンの涎だけでは満足せず、ドラゴンを素材として見ているわけだ。
皆を起こさないように眠りにつかっせ、密かにドラゴンから採集するつもりだったのだろう。
「まあ、ご令嬢に私は止められないでしょう」
サンダリアはさて、どうしたものか、と悩む。
魔法使いを倒すことはできる。魔法で対抗すれば。だが、魔力を知られてしまっては、視察で苦労したあれこれが元の木阿弥だ。
「ドラゴン素材の良き魔道具を一つお譲りしますから。どうか」
魔法使いが人さし指を自身の口元にあてて口角を上げた。
黙っていれば、ドラゴン素材採集の恩恵を譲るからと持ちかけたのだ。
「ドラゴンの鱗を数枚。爪を少々削るぐらいのこと。その程度なら、ドラゴンに痛手はないでしょう。魔法使いの性。お遊びとして目を瞑ってください」
魔法使いが流暢に続けた。
いわゆる、茶目っ気的。いたずら的に捉えてほしいと言ったわけ。
で、サンダリアはこういう状況下で有効な対処を考える。
思い浮かんだのは、あれ。
オホホホ令嬢の十八番。
スーッと息を吸い込む。
「きゃああああああああぁぁぁぁぁぁーーーーーーーー!」
盛大な悲鳴をかましたのだ。
眠りを解除する特大の悲鳴を。
「な、何をっ!?」
魔法使いが慌てる。
全員に魔法をかけるなんて、浅く広くしか効果はない。
当直が起きたとき、ちょっとうとうとしていたと思わせる程度の眠りのはずだ。
眠りの間に犯行があったと思わせないほどの。
「助けてええええええぇぇぇぇぇぇーーーーーーー!」
伝家の宝刀、令嬢の悲鳴ーーサンダリアは、これをある意味魔法であると、王城で認定していた。
虫を見ては悲鳴をあげてレナードにしなだれかかる。躓いては悲鳴をあげてレナードに倒れていく。効果絶大な、あれ。
外暮らしだったサンダリアには、この摩訶不思議な魔力のない魔法はとても新鮮だった。
ただし、使う機会はないな、と思っていたけれど。
ここで使えるとは! と、サンダリアは高揚した。
えーっと、次は『さめざめ魔法』よね。
「サン!」
目覚めたギルバートが鬼気迫る表情で外梯子を上ってくる。
「ギ、ル……、こ、怖いわ。(さめざめ)」
次は『ビクビク魔法』だわ。
サンダリアは、上ってきたギルバートに身を寄せて、ビクビクしながら、魔法使いを指さした。
魔法使いが焦ったように、違う違うと、両手を振っている。
その間にも、本部屋敷や寄宿舎に動きが出る。魔法のかかりが薄かった何人かが出てきていた。
今度は『誤解魔法』か『誘導魔法』だっけ。
サンダリアはギルバートの胸の中で、確認作業をしてから口を開く。
「私と二人きりになりたいからと、あの者が皆に魔法を!」
「断じて違う!」
魔法使いが叫んだ。
「魔法の素材が欲しいと言って、舌なめずりして……私一人だから抗えないぞ……と脅して……」
本当のことも嘘も織り交ぜてーの。
サンダリアはなんだか面白くなってきた。
「視察を長引かせて夜這いなんて……」
「お前になど興味は断じてない!」
魔法使いが否定した。
ここで、あれだ! 『言葉尻変換魔法』ね。
「いっやああぁぁーー、身体だけ目当てなんて! い、け、に、えなの!?」
「そんなことひとっことも言っていなああーーい!」
魔法使いの言葉遣いが荒ぶる。
「素材目当てだって言ったじゃない!」
「素材目当てだ!」
魔法使いが口を滑らせる。
サンダリアはニヤリと笑った。
「嘘……ここドラゴン空挺団で、皆を眠らせ、ドラゴンを素材扱いして……傷つけようとしていたのね! なんて、恐ろしいことを!」
よっしゃー、キマった!
サンダリアはこの一連魔法の達成感でいっぱいである。
「ほお、魔法使い殿はそのような策略を巡らせていましたか」
ロゴスが魔法使いの首筋に剣をあてがっていた。
ロゴスに各班の班長。他にも数名が眠りの魔法から目覚めて、魔法使いを囲っていた。
奇しくも、魔法使いが口にしたようにドラゴンと長い時間接していて、魔力ーー魔法耐性があったからだろう。サンダリアの特大悲鳴で普通に起きたようだ。
「ギルバート、サンを中に入れろ」
ロゴスが命じた。
きっと、サンダリアにこの後のことを見せないようにするためだ。
怖がっているサンダリアを信じて。
「サン、中入るぞ」
ギルバートがサンダリアを抱き抱えた。
「え?」
サンダリアは初めての横抱きにびっくりする。
「ギル?」
怒りを抑えているようなギルバートの表情を、サンダリアは見た。
ドラゴンを素材扱いし、害そうとした魔法使いに憤っているのだろう。果たして、それだけか……。
「大丈夫だ」
レナードと従者、近衛はこの騒ぎに起き出さなかった。魔法のかかりが強かったに違いない。
ギルバートがサンダリアをソファに座らせた。そして、前に屈んでサンダリアの瞳を覗き込む。
「平気か?」
「うん」
サンダリアはフッと笑った。
「窓閉めてくる」
ギルバートが立ち上がって窓に向かった。
バルコニーに出て、確認してから中に入り窓を閉めて鍵までかけた。
振り返ったギルバートが頭を乱暴にかいて、『あー、くそっ!』と暴言まで吐いた。
「ドラゴンの被害は出てないから安心してよ」
「そっちの心配じゃねえ!」
ギルバートがドカッとサンダリアの横に座り、サンダリアの手にソッと触れる。
「ほんっとーに、何もないんだな?」
「うん。さっき言った通り。何かする前に『きゃあー』ってやったし。魔力使ってないよ」
ギルバートがホッとする。
「無茶しやがって」
ギルバートの右手がサンダリアの左頬を包んだ。
サンダリアはその手に顔を預ける。
ギルバートの温もりは心地よい。
「俺が傍にいる。今は安心して寝ろ」
「ううん、寝ない。視察一行が帰るまで起きてる。三日三晩寝なくても平気だし」
「……お前、最初からそのつもりだったのか?」
「フフッ」
「俺にだけは言えよ。そしたら、傍にいたってのに」
「ぜってー?」
「……ああ」
「次からそうするー」
「で、何があったか、順に説明しろよ」
「了解」
サンダリアは深夜の異変を事細かに語り始めた。
月夜のドラゴンを眺めていたあたりから、静けさの異変、さし込まれた紙、魔法使いの語り、ドラゴン素材の魔法具を譲ると持ちかけられ目を瞑ってくれ、と説得するまでの流れを。
さて、そこまでは魔法使いのターンだった。
「……でね、ここで私のターンがやってくるわけ。まずは、オホホホ令嬢の十八番、伝家の宝刀『悲鳴魔法』を展開して、目覚めてもらったわ。それから、一番乗りのギルに身を寄せて『さめざめ魔法』からの『ビクビク魔法』。これは反対に『ビクビク魔法』からの『さめざめ魔法』でも良くて。つまり、セット魔法みたいなものよ。続けて『誤解魔法』と『誘導魔法』を駆使して追い込みにかけるの。平常心を失わせて、最後は『言葉尻変換魔法』でトドメをさしたわ! まんまと口が滑っちゃって、ニヤつきを抑えられなかったもん」
サンダリアは武勇伝を語るごとく身振り手振り加えながら、語っている。
最初は……魔法使いのターンまでは、眉間にしわを寄せ険しい顔つきで聞いていたギルバートだったが、後半になるにつれ頬がヒクヒクと引きつる。
「このオホホホ令嬢の魔力なき魔法を実践できて、超満足だったわ。よっしゃー、キマった! って、達成感で胸がいっぱいになったもん!」
サンダリアは自身の胸を自慢げにポンッと叩いた。
「……ほお、流れはわかった」
色々と腹に押し込めてギルバートが返した。
「じゃあ、あれが証拠にもなり得るな」
ギルバートが扉をさす。
指先がゆっくり下がり、さし込まれた紙に向いた。
「だね。罠がしかけられているはず」
「安易に触れられないな」
「そう。たぶん、意識を奪うやつ。発動したら、紙ごと消えてなくなるかも。証拠隠滅ってやつ」
「あー、悪巧みに使うやつか」
「だから、あの従者にでも触らせたらいいと思う」
ここまでの話を、深い眠りについていたレナードや従者、近衛が信じないかもしれないから。
きっと、魔法使いは空挺団に冤罪をかけられている、サンダリアに陥れられた、と口にするはずだ。
実際に、ドラゴンの被害はない。
サンダリアの証言だけなのだから。
空挺団配属となった背景があるサンダリアの報復行動だと、レナード側は思うかもしれないのだ。特にあの従者ならそう考えてもおかしくない。
「ロゴス団長に話してくる。……あーっとだな」
ギルバートが何やら考えている。
「俺の部屋にいろ。お前は被害者。加害者に会わせることはしない」
「別に大丈夫だけど」
「会わせない」
ギルバートがキッパリ言った。
「わかった」
「それから、この部屋、結局入られることになる」
さし込まれた紙は触れられないし、バルコニー含め、現場検証に使われるから。
「あいつらに何も触らせねえから安心しろ」
「あーあ」
仕方ないとわかっていても、サンダリアは少し残念に思った。
ギル以外入ってほしくないなあ、と思ったから。
自分のテリトリーに、他人が入ってほしくないあれ。
「色々終わったら、部屋替えすればいい」
「やった!」
「ほら、行くぞ」
ギルバートが立ち上がった。
「ウフッ、被害者は恐怖で足が震えてるわ」
サンダリアはしたり顔で、両手をギルバートに伸ばす。
「抱っこぉ」
「ああん?」
ギルバートがサンダリアを一睨みする。
「必殺『甘え魔法』」
「チッ」
結局……ギルバートは魔法にかかる。
だが、いつもの小脇に抱えるやつで、サンダリアを運んだ。
サンダリアは心地よいなあ、と浸ってギルバートの部屋に運ばれたのだった。
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