空挺団10
朝を迎えた。
夜のうちに全て打ち合わせし終えたギルバートらは、激しく部屋の扉を叩き、レナードや従者、近衛を起こす。
魔法の効力は消えていたから、三人はすぐに起きた。
団長のロゴスに副団長ギルバート、各班班長が顔を揃えて、三人を囲む。ただならぬ雰囲気に、近衛が警戒を強める。
「昨夜の魔法使いの蛮行を説明します」
ロゴスが重々しい口調で告げていく。
夜中に何者かがサンダリアの部屋の扉を叩き、不審に思い扉から離れてバルコニーに退避していたら、魔法使いが現れて、魔法で皆を眠らせたから二人きりだとサンダリアに圧をかけた。理由は、密かにドラゴンの素材採集をするのだと、魔法使いは口にした。黙ってくれたら、ドラゴン素材の魔道具を譲ると持ちかけて。サンダリアは、欲しい素材は本当にドラゴンなのか……はたまた自分なのかもしれないと恐怖にかられ、一縷の望みをかけ精一杯の悲鳴をあげた。何人かが起きてきて魔法使いの周囲に集まる。サンダリアは恐怖に震えながら、魔法使いの蛮行を明かして、拘束に至った。確かに起きているはずの当直も寝ていたらしく、悲鳴で起きたのはたった一人。サンダリアの証言を裏付けていた。
ロゴスの説明に、レナードの表情は困惑から徐々に青ざめていった。
「まさか、彼がそんなことを?」
レナードが信じられないと言わんばかりに呟く。
「サンダリア嬢の虚偽でしょうに!」
従者がロゴスに噛みつく。
「我々が信じるとでも? 一方的すぎませんか?」
近衛がレナードを庇うようにして、目を光らせる。空挺団実力者が囲っている状況に警戒しているのだろう。
「……近衛殿は、寝入っていませんでしたか? ほんの少しの物音でも覚醒し、殿下を守るのがお役目でしょう。魔法で眠らされていたのですよ。我々空挺団の一部は、サンの悲鳴で起きました。近衛殿が起きないのはおかしい」
ロゴスが近衛の痛いところをつく。
実際に、近衛には自覚があった。寝入っていたと。部屋の扉が激しく叩かれるまで寝ていたから。
そこで、従者が口を開く。
「あんたらは起きた。つまり、魔法にかかっていなかった、魔法なんてなかったってことを実証してる。魔法の耐性だがなんだか知らないが、サンダリア嬢だって、起きてたんだろ。説明に齟齬が生じてる」
今度は、従者がこちらの痛いところをついてきた。
「サンダリア嬢の言い分だけで、不当に魔法使いを拘束してる。もしや……でっち上げの冤罪で、代わりに予算の融通を利かせようと目論んでいるのか!?」
従者の反応は、予想通りだった。
「魔法使いを」
ロゴスがハイクに魔法使いを連れてくるように目配せする。
しばらくして、拘束された魔法使いがハイクに連行されてきた。
「殿下! どうか、お助けを。散歩で外に出て、三階のサンダリア嬢に声をかけたら悲鳴をあげられまして、このように拘束されてしまったのです!」
魔法使いが訴える。
それも、予想通りの展開だ。
「ほら、この通り。殿下、空挺団の横暴に屈する必要はないでしょう! 解放するようにお命じください」
従者がレナードを促した。
「サンダリア嬢に会わせてくれないか?」
レナードが望んだ。
「加害者側に被害者を会わせるわけにはいきません」
「か、加害者、被害……者……」
レナードが衝撃を受けている。
「実際、彼の蛮行目的がドラゴンであっても、被害を受けたのはサンですよ。夜中に部屋を訪問され、会えなかったからと外から接触をはかる執拗さ。魔法を使われ、二人きりだと言われれば、恐怖だったことでしょう。……夜這いと勘違いしたわけです」
レナードが一瞬、魔法使いを睨んだ。
魔法使いが必死に首を横に振る。
「だからあっ! 全て、そっちの言い分だろ!」
従者が声を荒げた。
「サンは部屋に戻ると、気を失って扉の前で倒れていましたよ。今は別室で休ませています」
ロゴスが静かに告げた。
ギルバートはその瞬間を見逃さなかった。魔法使いの口角が少し上がったのを。
あのさし込まれた紙に触れ、サンダリアが気を失った……と信じ込ませた。
「せめて、私だけでも見舞いを」
「そちらが非を認め、謝罪するのでしたら」
レナードの発言だったが、ロゴスが従者に向けて言った。
従者が一気に顔を紅潮させる。
「こちらに非はない! 謝罪するのはそっちだ! 自意識過剰女に踊らされて恥ずかしくないのかよ!?」
従者が威勢よく放った。
「……この状況は言った言わない論争になる。並行線のまま、判断がつかない」
レナードが渋い表情で言った。
「せめて、どちらかの言い分に証拠でもあれば」
「確かな証拠がどちらもないですね」
ロゴスがいったん同意しておく。
「サンは今別室ですから、現場に行ってみませんか」
ギルバートは打ち合わせ通りに発言した。
「同じ三階にいて、悲鳴で御三方は起きなかったのを、現場検証してもいいですし」
「状況証拠のつもりかよ」
ギルバートに従者がつっかかる。
「では、ここでずっと並行線論争でもしますか?」
ロゴスが、従者の発言に今度はレナードに向けて答えた。
レナードが首を横に振る。
「現場に行ってみよう」
それで、ぞろぞろと三階を移動し、サンダリアの部屋前に着く。
「誰が夜中に令嬢の部屋の扉をノックしたのか」
ロゴスがそう言って、魔法使いを見た。
「私ではありません!」
魔法使いが否定した。
従者が扉前に行き、視線をあちこち動かす。
「なーんも、ない。誰かの訪問の痕跡なんか。果たして訪問なんて、あったのか疑問だね。フンッ」
従者が嘲笑つきで言った。
「従者殿、中へどうぞ」
ロゴスが扉前を陣取る従者に促した。
従者が扉を開ける。
「ん?」
二つ折りの『紙』に気づき、従者が手を伸ばす。
「あっ!」
魔法使いが声をあげる。
「なんで、こんなところに紙が?」
従者が手に取った。
「開くな!」
魔法使いが叫ぶが、従者はすでに二つ折りの紙を開いていた。
***
眠れぬ空挺団の姫へ
『良い夢を』
***
従者の目がトロンと溶けていき、フニャリと膝が崩れる。
床に倒れていくと同時に、手にしていた紙が煙に変わって存在を消していった。
「言い忘れていました。夜中に訪問され、扉から紙をさし込まれたとのことを。サンは、紙には触れずにバルコニーにいたそうです。そしたら、魔法使いが現れ声をかけてきた」
ロゴスがニヤリと笑う。
「どう見たって、訪問者は魔法使いでしょう。こんな芸当ができるのは」
紙に罠をしかけ、意識を失わせるのは薬で可能だが、その紙が煙と化し消すのは……魔法でしかできないから。
空挺団に魔法使いはいない。秘密にしているサンダリアを除いては。
今、唯一が視察随行の魔法使いである。
意識を失って転がる従者を、ロゴスが足で軽く蹴る。
従者がゴロンと寝返って仰向けになった。グースカと寝ている。
「何か反論はありますか?」
言い逃れできない証明だった。
証拠はもう残っていないが、十分な説得力があったことだろう。
レナードの表情が厳しいものに変わっていた。
魔法使いをジッと睨んでいる。
「で、殿下。こ、これはその……」
魔法使いの声が震えている。
「魔法使い殿にお訊きしたい。どちらに手をかけようと? サンかドラゴンか。……それとも、両方でしたか?」
「ドラゴンだ!」
魔法使いが叫んだ。
レナードが王太子妃に望んだサンダリアに、手を出そうとした。そう思われてはレナードの逆鱗に触れかねないから。
「以上が現場検証です、殿下」
ロゴスが最後に締めた。
「迷惑をかけた。謝罪したい。空挺団にもサンダリア嬢にも」
「サンには会わせられません」
ギルバートはピシャリと言った。
ロゴスや各班班長も頷く。
「……ああ」
レナードが苦しそうな表情で受け入れた。
「殿下、ひと言申し上げます。側近を見直すべきかと」
ギルバートは側近らを目の前にして言った。
「狭い視野しかない従者、策に嵌まり眠りこけた近衛、主に魔法をかけ蛮行に走る魔法使い。殿下の未来が心配です」
サンダリア同様に、よっしゃー、キマった! とギルバートは澄ました顔で思っていたのだった。
早々に視察一行を見送る。
あの魔力鑑定やら、ドラゴンの涎採集やらは行っていない。魔法使いの目的が別にあったのだから、応じる必要はなくなったわけ。
レナードは、隣町から馬車を呼び寄せることはせず、歩いていくと決断した。自身にそれを科したのだろう。
近衛も同じく眠りこける従者を荷車に乗せて引いていく。
魔法使いは両手を縄で縛られ、腰縄で繋がれて、ハイクが引っ張っている。第二班が護衛と護送を受け持った。
サンダリアに会えず、後ろ髪引かれるような表情のレナードを見送り、ギルバートは自室に向かう。
「おーい、今日一日第五班は自由だぞ」
ギルバートは扉を開けながら言った。
ふわりと風がギルバートの頬を撫でる。カーテンがヒラヒラと舞っている中央にサンダリアが佇んでいた。
「おかえり、ギル」
サンダリアがバルコニーからギルバートを出迎えた。
ギルバートはドクッと胸打たれ、しばしサンダリアを見惚れる。
仕立て直した正装を着こなしていたから。
「それ、見て」
サンダリアがギルバートを指さす。その指がゆっくりと下がった。
ギルバートはサンダリア指先を追って、床にある紙に気づく。
「……再現かよ」
「お願いを書いた」
ギルバートは躊躇せず、紙を拾って開いた。
***
ギルへ
お空でデートしたい
***
ギルバートは顔を上げ、サンダリアを見る。
「ジュテに乗ってレナードを見送るわ」
会わせたくない、見せたくない、とギルバートは思った。
だが……見せびらかしたいとも思う。
「ちゃんと団長の許可を取らないとな」
ギルバートはサンダリアの願いを受け入れた。
「ギルも正装着てよ。その方が見栄えがいいし」
「わかった」
サンダリアの願いは、今後も受け入れてしまうんだろうな、とギルバートはなんとなく思った。
ロゴスの許可を得て、サンダリアと一緒にジュテに乗る。
ひとっ飛びで一行に追いついた。
「なんか、一悶着してるな」
眼下では、一行が留まり何やらわちゃわちゃしている様子が窺える。
「従者が起きて、事情を知ったんじゃないかな? ほら、魔法使いの襟首掴んでるっぽい」
ハイクはそれを止めないで放っといているようだ。
それどころか、上空のジュテに気づき、手まで振っている。
そのハイクの様子にレナードも上空を見上げた。
「ちょうど、降下できる広さがあるが、どうする?」
ギルバートはサンダリアの耳元で訊いた。
「低空飛行で横切るだけもできなくはないぞ」
サンダリアのことだから、『バイバーイ』と軽く見送るのも想像できた。
「下りたい」
振り向いたサンダリアの近さに、ギルバートは息を呑む。
ほん少ししかない距離感が、ギルバートの心臓を鷲掴みにした。
「前向けって」
「ほーい」
ギルバートは顎で、サンダリアの頭をコツッとやってから、ジュテに指示を出して広場に着地した。
「サン嬢ちゃん!」
ハイクが魔法使いの腰縄を、第二班団員に預けてサンダリアへ駆け寄る。
「スゲー似合ってる」
「ありがと、ハイク班長」
正装のサンダリアを褒めたのだ。
ギルバートはやっぱり見せたくないかもと思ったり。
「サンダリア嬢……素敵だ」
レナードも目を細めてサンダリアを眩しそう見ている。
会わせたくないとも思ったり。
ギルバートは、サンダリアを自身の背後に隠す。
「第一声として間違いでは?」と。
レナードがハッとした。
「ああ、そうだな。サンダリア嬢、謝罪する」
レナードが深く頭を下げたから、ギルバートは退くしかない。
「うん。レナードも大変だよね」
サンダリアが謝罪を受け入れる。
気遣う言葉までかけて。
「会えて良かった」
レナードが自身の言葉を……気持ちも噛み締めている。
踏ん切りをつけたのだろう。
「うん。じゃあ、私から一発お見舞いしに行くね」
令嬢から発する言葉には思えず、レナードが首を傾げる。
「今、なんと?」
「うん、だからあいつに一発入れようって話だよ。レナード、耳大丈夫?」
サンダリアがスタスタと歩いていき、魔法使いの襟首を掴んでいる従者の肩をポンポンと叩く。
「替わって」
「はあ?」
「どけって言ってんの!」
サンダリアの一喝に従者の手が魔法使いを離した。
その瞬間、サンダリアの手が大きく振りかぶり、残像も残さぬ速さでーーバッチーンッと魔法使いの頬を叩いた。
皆が唖然としている。
「うーん、物足りない」
言うや否や、
パンッパンッパンッパンッパンッ
と、五連発平手打ちが続いた。
魔法使いがヨロヨロと膝を崩す。
「これっくらいにぃー、しといて、やらあー」
棒読みの台詞まで紡がれた。
「ギル」
「な、なんだ?」
あまりの出来事の後に、いきなり呼ばれて、ギルバートは吃った。
「こいつの懐から、水晶を取り出してよ」
「水晶は私のものだ!」
魔法使いが水晶を取られないと、体を丸めて叫ぶ。
「違う。あんたのものじゃない。ドラゴンに返してよ」
「サン、どういうことだ?」
ギルバートは問うた。
「水晶は……ドラゴンから奪った瞳」
瞬時に、ギルバートはジュテを見る。片目ドラゴンのジュテを。
「ジュテのか?」
「そう。水晶がジュテの涎で黄金に反応したのは、ジュテの一部だからじゃん」
「ちょっと、待ってくれ。サンダリア嬢の話の流れがわからない」
レナードがサンダリアとギルバートの会話に入ってくる。
それは、ここにいた皆も思っていたこと。
「簡単じゃん。こいつは昔っからドラゴンを素材として害してきた魔法使いってこと。きっと、幼龍だったジュテの瞳を奪った。それを使って、千里眼を手に入れたんでしょ? 一度 瞳に投映した物や人物も視れる。遠隔で魔法をかけられるわけ。ねえ、これがどれほど危険なことなのか、わかる? 水晶がもし魔族に渡ってしまったら、空挺団は殲滅されるんじゃんよ!」
遠隔で魔法をかけられるから。
遠隔で眠りにつかせたら、抵抗することなく殺られるのだ。
ギルバートらは息が止まった。
「水晶を取れ!」
いち早くレナードが命令した。
ギルバートはすぐに暴れる魔法使いの懐から水晶を取り出す。
ハイク含め、第二班団員がホッとする。
サンダリアの指摘は誰も気づかなかった危険だった。
それこそ、コヨンテ国の危険でもあったから。王太子レナードの側近、魔法使いは水晶にすでに多くの者を投映しているはずだろう。
「サン、ほら」
ギルバートはサンダリアに水晶をーージュテの瞳を渡した。
「重ね重ね申し訳ない」
レナードがまた頭を下げる。
「レナード、たぶんまだ余罪があるんじゃないかな……魔族に何か渡ってたりしてないかな? 被害に遭った素材元がいないかな?」
サンダリアが言った。
「ああ、必ず調査する」
「うん。じゃあね」
サンダリアがもう用はないと言わんばかりに踵を返す。
「待ってくれ!」
レナードが引き止めた。
「ねえ、サンダリア嬢。やっぱり私の側近になる気はない?」
「嫌なこった!」
スパーンと断りを入れたサンダリアに、ギルバートはホッとする。
そうじゃなかったら、『しつけえぞ、このガキ!』と口をついて出たかもしれない。
「行こうよ、ギル」
サンダリアがギルバートの腕を引っ張る。
「おお」
ギルバートはサンダリアと一緒にジュテに向かう。
「空挺団に飽きたら、声をかけてくれ! いつでも歓迎するから!」
レナードの言葉にもサンダリアが振り返ることはなく、ギルバートはジュテに先に乗り、サンダリアの手を引く。
そして、ジュテは大空に羽ばたいた。
「バイバーイ」
結局、サンダリアは軽く見送っている。
ギルバートはちょっとだけ遠回り(デート)して空挺団に戻ったのだった。
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