空挺団11
視察から一カ月ほどが経過した。
この一カ月、サンダリアの魔力放出はない。
なぜなら、水晶の浄化に魔力を使って過ごしているから。
「……うーん。浄化苦手なんだよな」
ジュテに瞳を戻すには、水晶をまっさらにする必要があるのだ。
色んなものを投映しただろう水晶は、ある意味ジュテと違う時を刻んでいる。
それが、そのままジュテに入ったら……錯乱してしまう恐れがある。
ドラゴンの暴走など、止めるのはひと苦労。何より、ジュテが廃人ならぬ廃龍になってしまうから。
コツコツ一カ月浄化しているが、なかなか進んでいない。
外暮らしで浄化の魔法など使う場面はなかったから、熟練度が低い。
サンダリアの魔法は、外暮らし、一人暮らしに適した便利なもの中心である。圧縮魔法がその最たるものだ。
「おーい、今日から落下傘訓練だぞ」
ギルバートがサンダリアを呼びに来た。
あの視察後から、サンダリアの部屋はギルバートの隣になっている。
前の部屋より手狭だが、サンダリアには別段問題はない。
「ヤッタッ!」
サンダリアは水晶に圧縮魔法をかけて小さくする。それを御守りのように首にかけた。
水晶をどうすべきか、どう管理するべきか、を話し合った際に、サンダリアが肌見放さず持っていた方がいいと、皆の総意だった。
「サン、行くぞ」
ギルバートが手を伸ばす。
サンダリアはその手を掴み、落下傘訓練へと向かった。
「ウヒョーン」
ちょおぅ、たんっのしぃー
(超、楽しい)
サンダリアは落下の瞬間、空を飛ぶ視界に心躍らせる。
両手を広げた開放感に高揚した。
このまま浸っていたいと。
「おい、コラー! さっさと開けー!」
ジュテに乗って補助飛行中のギルバートが落下傘を開くように叫ぶ。
サンダリアは渋々紐を引っ張り、落下傘を開いた。
グワッと体がもっていかれ、開いた傘が落下のスピードを落とす。
眼下の訓練場にはマットが敷き詰められ、サポート団員として第二班が見守っている。
サンダリアは落下傘を操りながら、マットに着地した。
「ヒュー、スゲーな、サン嬢ちゃん」
ハイクが口笛を吹いた。
ギルバートと二人落下傘を何度かしてからの、一発目の一人落下傘だった。
「今の着地手慣れてる感があったぞ」
「着地は得意なんだ! 領地でも崖や丘から翼してたからね」
「は?」
ハイクの口が半開きになる。
「なるほど、納得だ」
落下傘訓練を見ていたロゴスがハイクの横に並ぶ。
ギルバートもジュテから降りてこちらに向かってくる。
「そりゃあ、空挺団の試験なぞ、受かると豪語できたわけだ。そんな暮らしをしてたんなら」
ロゴスが肩をすくめた。
高所などお手の物。落下傘並に重さのある翼を持ち上げ、走って崖や丘から飛び出すのだ。
何より、圧縮魔法を生み出す以前は、翼を持って崖や丘まで登ったのだから、一刻の荷物走など元より屁でもなかったわけ。
だから、圧縮魔法などなくても、サンダリアは試験を合格できる経験値がある。
「ところで、外暮らし……森暮らしとはどんな所だったんだ?」
ロゴスが話の流れでサンダリアに訊いた。
ちょうど、ギルバートもサンダリアの横につく。
「ルデンヌ領内、禁足地だよ。エルフの森、エルフの村って言えばわかる?」
人里離れた山奥にエルフの棲む村と森がある。
ルデンヌ家がエルフに棲み家を与え、存続を守っているのだ。ほとんどの妖が魔族に吸収されている中、エルフだけは魔族に与していない。
人にも与していないが。
エルフとは、孤の存在である。他に興味がない種族である。
「ああ! エルフか」
ルデンヌ領内のエルフの存在は、コヨンテ国では周知の事実だ。
魔術然り、薬術然り、呪術然り、エルフからの恩恵を受けている。長寿のエルフは生きた知識書である。
「そう。エルフに育てられたんだ。ううん、エルフにしか育てられなかったの間違い」
魔力をコントロールできない赤子だから。サンダリア自身がエルフの恩恵で、育ったわけ。
「一桁の歳ぐらいまでエルフの村で育って、それから村を出て森で修行して暮らしてた。エルフはね、純真な幼子ならいいけど、成長して人臭さが出てくると受け入れられないだってさ。村を出て、森暮らしのあたりから側仕えがついたけど、ことごとく去っていっちゃって。月一の屋敷訪問でも父上以外誰も近寄らなくて……あ、でもドレス着たら、母上は娘だって認識してくれたよ。ドレス着ていないときは『バケモノ』扱いだったけど。ドレスの私がダリアちゃんで、『バケモノ』になるとサンって区別されたの。摩訶不思議な思考よね。それで」
「サン、もういいから」
ギルバートがサンダリアの口元を手で押さえた。
サンダリアは『ハテ?』と小首を傾げてから頷く。
人に育てられなかったサンダリアは、辛い悲しい悔しい、心が痛い、苦しいといった感情に疎い。
全ての事象は『ふーん、そうなんだ』で終わってしまう。周囲に左右されないエルフ寄りの性格である。
ギルバートの手がサンダリアの頭に移り、ポンポンとあやす。
それも、心地よい。小脇に抱えられるのも心地よいし、一緒にジュテに乗るのも楽しい。毎日顔を見られるのも。隣室にいる気配も。
ギルバートからは、たくさん嬉しいことをもらえている。
「空挺団は楽しいことだらけ」
そう言うと、皆が笑った。
皆がサンダリアの頭をポンポンと撫でる。
ギルバートがその手をなぜか払って、サンダリアに訓練の続きを促した。
その日はサンダリアが飽きるまで、皆が落下傘訓練に付き合ってくれた。
そんなこんなの日々が続き、空挺団に久しぶりの人物が来訪する。
「父上!」
サンダリアはギルバートと一緒に父であるルデンヌ公爵を陣地旗で出迎えた。
今回は正装でなく制服姿である。
「おお、様になっているじゃないか」
ルデンヌ公爵がサンダリアをひと目見て褒める。
「うん! 超楽しい」
「だろうねえ」
ルデンヌ公爵はサンダリアが空挺団の生活に馴染むとわかっていたのだろう。
「ああ、ところで」
ルデンヌ公爵がギルバートを見る。
「ちょっとね、サンのことで言い忘れていたことがあったんだけど」
ルデンヌ公爵が申し訳なさそうに、手を合わせ『すまないねえ』と言った。
「なんでしょうか?」
「サンは魔力持ちなんだよね」
「あ、はい」
ギルバートが軽く返した。
ルデンヌ公爵が少しだけ驚く。
「空挺団はサンを歓迎しています。王家には渡しません。ご安心を」
ギルバートの言葉で全てが語られている。
ルデンヌ公爵が満足げに頷いた。
「まあ、ね。サンが隠し通せるわけないとはわかっていたさ」
「失礼な。王城で隠し通せたのにさ」
「そりゃあ、ご褒美のためだろ?」
ルデンヌ公爵がサンダリアの額をツンと押した。
ギルバートがご褒美とは? と窺う。
「パラグライダーだよ。ハンググライダーを使い倒してしまってね。新しい飛び物を強請られたわけ」
「そ、私頑張った! ご褒美の代わりに落下傘部隊に入団できたしね」
ギルバートが若干遠い目をする。
全てルデンヌ公爵の手の上で躍らされたような……サンダリアの希望に沿うような運命だったのだろうか……と。
「この前のレナードの視察だって、ちゃんと隠し通せたもんね、ギル」
「ああ。そうです、ルデンヌ公」
ギルバートがルデンヌ公爵に目配せして応える。
「その件は聞いているよ」
ルデンヌ公爵もギルバートに視線で応えた。
瞳の奥の会話は、貴族の嗜みである。貴族出であるギルバートにはお手の物。
「今後、ルデンヌ家が空挺団を支援しよう」
「感謝致します」
ギルバートが頭を下げた。
「いやいや、この野生令嬢を預かるのだ。相応の対価だと思ってくれ。それでね……」
ルデンヌ公爵がサンダリアを見る。
「月一のあれをさ」
腕を組むサンダリアの手に手を重ね、気遣うような表情でルデンヌ公爵が言った。
「うん。あれか」
サンダリアはピンとくる。空挺団生活が楽しくて忘れていた。
「サンを里帰りさせたいのだが、いいかな?」
ルデンヌ公爵がギルバートにお伺いを立てた。
「……月一の、里帰り」
ギルバートが以前のサンダリアとの会話を思い浮かべる。
「そう。母子の集まりをね。月一で行っている。前回から一カ月以上経ってしまっているのだよ」
「サンから詳細は聞いております」
「育てのあれこれも?」
ここでもまたルデンヌ公爵とギルバートが瞳で会話する。
「はい」
「そうかい」
ルデンヌ公爵がフッと笑った。
「ならば、話が早い。早速ではあるが、連れて帰ろうと思う」
「承知しました。まだ、サンは現場に出ていない団員なので、問題ありません。この後、ロゴス団長に里帰りの許可を取りましょう」
主力団員だと調整が必要になるが、サンダリアにその調整は必要ない。まだ、訓練団員であって現場活動団員ではないからだ。
「早く、現場に出たいな」
サンダリアはルデンヌ公爵とギルバートの会話を聞いて呟く。
本当は、里帰りなどせず空挺団で訓練していたい。空挺団では、伸び伸び過ごすことができている。
サンダリアの呟きをギルバートが拾う。
「まだ、現場活動でどうサンを活かすか……生かすか、どう連携を取るか、決めていない。サンが里帰り中に、そのあたりの体制を整えておく」
「わかった。早く帰ってくるね」
「ああ。ジュテに不在を言い聞かせてくれ」
「うん! ジュテのことだけど」
「大丈夫だ。俺が見ておく」
ジュテはまだ自由に訓練場と第四班がいる山の麓の世話場を行き来している。棲み家の山にも行くし、どこかに飛んでいき所在が不明になることもしばしば。
加えて、ギルバートとサンダリアの指示にしか反応しない頑固なドラゴンだ。
「それから、……いや、なんでもねえ」
「なあに? 言ってよ」
サンダリアは口を尖らせる。
ギルバートが少しだけ、ルデンヌ公爵を気遣いながら口を開く。
「帰ってきたら、ご褒美を用意しとく」
「本当!?」
「ああ」
「何、何?」
「帰ってきてからーの」
「お楽しみね!」
そんなサンダリアとギルバートのやり取りを、ルデンヌ公爵が微笑ましく眺めている。
その視線に、なんとなくむず痒さを感じたギルバートが、ルデンヌ公爵を本部屋敷へ促す。
「ルデンヌ公、ロゴス団長へ案内致します。里帰りの件を伝えましょう。サンはジュテのところに行ってくれ。それから里帰りの準備を」
ギルバートとルデンヌ公爵はロゴスの元へ。
サンダリアはジュテに言い聞かせてから、里帰りの準備に向かった。
久しぶりに制服から私服にサンダリアは着替えた。
空挺団に来た初日を思い出す。
ギルバートとの初見のやり合いが懐かしい。
あの日の自分と今の自分は同じ格好なのに、しっくりこない。
「うーん、なんかちょっと落ち着かないかも」
制服が様になっていたからか。久しぶりすぎて、私服に体が馴染んでいない気がした。
そうして、サンダリアは里帰りに向かうことになった。
ギルバートの手を取り、馬車に乗り込む。
いつも、その手を繋いでいたような気がする。離すタイミングなのに、できなくて。
「気をつけて。……ちゃんと帰ってこいよな」
ギルバートの手が離れた。
「もちろん」
馬車が動き出す。
サンダリアは、馬車の窓からギルバートに手を振った。
「彼は、ギルバート・サモンズ君だったよね」
ルデンヌ公爵が馬車を見送るギルバートを見て言った。
「うん、ギルだよ」
サンダリアは何度も馬車の窓から、ギルバートの姿を確認する。
落ち着かない。
なんか、やっぱ落ち着かない。
制服を脱いだせいだけじゃない、と気づく。
ギルバートが隣にいない感覚がソワソワしてしまう。
たった、一カ月ほどの付き合いであるのに。
エルフの村を出たときも、こんな感覚にはならなかったのに。
「良い青年だね」
「うん、ギルは心地よいよ」
サンダリアの言葉に、ルデンヌ公爵は『おっ』と反応する。
「そうか。それは素敵な感覚だ」
ルデンヌ公爵が穏やかに言った。
エルフに育てられたせいで、サンダリアが人としての感情に疎いことは、ルデンヌ公爵が一番わかっている。
『バケモノ』扱いされても、サンダリアはケロッとしているのだ。
それを、心を壊すことを知らず良いと捉えてしまうこともできるが、反面良くないとも感じる。
じゃあ、『バケモノ』扱いされて、心を痛めた方がいいのか? と問われても……何も言葉が出てこないが。
「空挺団に入団できて良かったね」
サンダリアがエルフの森以外で居場所を見つけたことが、ルデンヌ公爵には嬉しかった。
「うん! あーあ、見えなくなっちゃった……」
サンダリアはギルバートの姿が見えなくなって、やっと腰を落とした。
ルデンヌ領までの間、サンダリアは空挺団初日からのあれこれをルデンヌ公爵に語って過ごした。
二日後、ルデンヌ領都へ入る。
「ところで、王太子妃打診を断った件も知ってるのかい?」
ルデンヌ公爵がふと訊いた。
理由記載なき空挺団配属王命を、訊ねる度胸のある者はいないだろうと思いながら。
王命を問いただすようなことは、慎重になるものだ。
「ううーん? うん。ギルだけ知ってる。訊かれたから答えたし」
「ほお……そうか。ギルバート君だけは、ね」
ルデンヌ公爵が復唱したことが、サンダリアはやけに耳に残った。
そうこうしているうちに、馬車が止まる。
御者が屋敷に到着した旨を伝えた。
屋敷が目に映る。
サンダリアは久しぶりの屋敷だったが、特に何も思わない。感慨はいっさいない。
ここに、サンダリアの居場所はない。
改めて、サンダリアは思った。
空挺団に早く帰りたいなと。
「さて、ドレスに着替えてもらうよ。……すまないね、サン」
ルデンヌ公爵が眉尻を下げる。
「わかってる。ドレスは正装だもんね。ウフフ」
サンダリアはギルバートのことを思い出して笑った。ピチピチパツパツだった正装姿を覚えている。
それから、サンダリアが仕立て直した正装を着たギルバートも。
嫌いだった正装が、なんだか楽しいイベントに思えた。
「ダリアちゃん、またね」
母の手がサンダリアの手を包んでいる。
今まではなんとも思っていなかった母の手に、温もりがあるのだとサンダリアは気づく。
「はい、母上」
サンダリアは笑った。母の手に手を重ねて。
サンダリアのちょっとした変化にルデンヌ公爵の瞳が少しだけ潤んでいた。
こうして、恒例の月一の集まりが終わる。
サンダリアは、そのまま明日には空挺団に向かえると思っていた。
一週間以内に空挺団に帰れる算段だったから。
だが、ルデンヌ家に思わぬ訪問者が現れ、サンダリアは足止めを喰らうのだった。
(11/14)




