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ドラゴン空挺団のお嬢様  作者: 桃巴


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12/16

空挺団12

 翌朝。

 出発寸前のことだ。


 ルデンヌ公爵は絶句した。

 まさか、エルフの(おさ)がやってくるなんて……一瞬、幻覚かと疑うほど。

 

 エルフの長が村を出ること以上に森を出ることなど、記憶にないことだったし、ポッカーンと口が半開きになった。


 サンダリアも目を丸くしている。


「あ、ぁ……ぅ、ん?」


 ルデンヌ公爵は言葉にならない声を漏らす。


「言葉を失ったか?」


 エルフの長がルデンヌ公爵に向かって言った。


「失語が治る魔法が必要なら」


 エルフの長が右手をスッと上げる。人さし指の指先に光の渦ができる。

 これが、魔法陣の原型ともいえる、エルフも魔術だ。


「いえいえ、大丈夫です!」


 ルデンヌ公爵は両手を横に振って遠慮した。


「そうか」


 エルフの長が右手を収める。


「あの、本日は何用でお越しいただきましたか?」


 馬車に乗り込む寸前だったルデンヌ公爵は、いったん馬車の扉を閉めてエルフの長に伺った。


「サンダリアの里帰りだと聞いた」


 エルフの長がサンダリアに向く。


「うん、そうだよ。イシルヴェ様は、なんでここに?」


 エルフの長イシルヴェがサンダリアに手を伸ばす。

 その細く繊細な指が、サンダリアが首にかけていたジュテの瞳を掬う。


「不慣れなことをしたものだ」


 サンダリアを育てたイシルヴェが、遠回しに手厳しい言葉をかけたのだ。

 浄化が拙いと。


「下手くそって、わかってるもん!」

 

 サンダリアがムキィッと悔しそうに反応した。


「さあ、里帰りだ」


 イシルヴェが、また右手の人さし指に光を出す。

 その渦が大きくなっていき、イシルヴェ自身とサンダリアを包んだ。


「イシルヴェ様!?」


 ルデンヌ公爵は驚いて名を呼ぶ。

 その魔法が転移魔法だと知っているからだ。

 出発寸前の馬車の前にも、それでイシルヴェが現れたのだから。


「エルフの村にも里帰りということ」とイシルヴェ。

「ああ! そういうことでしたか」とルデンヌ公爵。

「ええぇぇ!?」と不満げなサンダリア。


「ヒィー、バケモノーー!!」屋敷から聞こえる声もあり。


 次の瞬間には、ルデンヌ公爵を残しイシルヴェとサンダリアは消えていた。


 ルデンヌ公爵の手に一通の文を残して。


***

私も育ての親。

年頃の娘に責任がある。

勝手は許さない。

王家に伝えておきなさい。

今後、エルフからの恩恵を期待するな、と。

***


 し、しまったああぁぁーー!

 しでかしてしまったああぁぁーー!


 ルデンヌ公爵の手から文が落ちる。


 育ての親であるイシルヴェを通さず王城に参内し、縁談擬きをしたことに今さらながらに気づく。

 かつ、そのまま空挺団配属になったことを伝えていなかったことも。


 村から出したサンダリアのことなど、もう気に留めていないと思っていたのだ。


 だが、いきなり、エルフの森から育てた娘がいなくなったのだから……何があったのかと疑問に思い探ったのだろう。

 エルフを統べるイシルヴェからしたら、森の小さな異変でも無関心になれない。

 だって、長だから。


「ヤ、ヤバイ……」


 ルデンヌ公爵は顔色を失っていた。




 ややこしいことは続く。

 エルフの森に向かう準備をしている最中、なんと、王太子レナードが隣国の第三王子を連れ立ってやってきたのだ。


 二人を応接室で出迎える。


「あの、本日は何用でお越しいただきましたか?」


 あれ? さっきも同じ言葉を口にしたなあ、とルデンヌ公爵は呑気にも思ってしまった。


「先の魔法使いの一件で」

「ああ、はい?」


 ルデンヌ公爵は首を傾げる。

 魔法使いの一件は耳にしているが、ルデンヌ家に関わることなのか? サンダリアが関わっているが、空挺団に報告するならともかく、なぜルデンヌ家に? と。

 隣国の第三王子までいるのだ。

 わけがわからない。


「魔法使いの魔道具を全て没収した」

「はあ」


「それで、魔道具の鑑定をエルフに頼みたく、足を運んだ。エルフの真贋なら、間違いはないだろうし、魔道具から情報も得られるのではないか、と思って」

「ああ、なるほど」


 ルデンヌ公爵はレナードから隣国第三王子を一瞥する。じゃあ、この存在はどういうことなのか? との疑問の視線だ。


「彼は有名な魔道具収集家なのだ。彼なら、件の魔法使いが市場に流した魔道具を見つけられる。今回、彼の協力を得る条件が……」


 レナードがそこで言葉を止める。

 隣国第三王子に説明するように促した。


「私はかねてより、ルデンヌ領に来たいと思っておりました! 魔道具収集家である私は、エルフにも関心がありまして!」


 隣国第三王子が目を輝かせている。


「あー、そういう」


 関連で連れ立ってきたということか、と納得する。

 協力条件はエルフを紹介すること。


「そうなのだ。私と同じエルフが目的になる」


 禁足地であるエルフの森に入るには、ルデンヌ公爵にお伺いを立てなければならない。エルフの森の入口まで案内できるのは、ルデンヌ家の血筋だけである。


 だが、タイミングが悪いときに来たものだ、とルデンヌ公爵はイシルヴェからの文が脳裏に過る。

 たぶん、一筋縄ではいかないだろう、と。


 元より、エルフは人の要望には無関心だ。気が向いたら程度で反応する。エルフの協力など奇跡に近い。


 ……サンダリアはその奇跡だったが。


「それだけではありません!」

「はあ」


「数年ほど前より『魔法の糸』という魔道具が密かに出回っておりまして」


 ギクリ

 ルデンヌ公爵は内心で焦る。

 サンダリアが月一の集まりで、翌朝の魔力放出を抑えるために、魔力を込めた糸を紡いでいるのだ。

 それを、秘密裏に売り出している。


「ほ、ほぉ?」

「どうやら、このルデンヌ領から卸されているとの情報を掴みまして」


 その『魔法の糸』、実は今ルデンヌ公爵の懐に収まっていたりして。

 屋敷に置いておけないから。

 サンダリアのーーサンの産物品に、ルデンヌ夫人は拒否反応を示すのだ。


 ルデンヌ公爵は懐の存在も相まって、冷や汗ものである。


「この『魔法の糸』必ず、手に入れたく、入国入領しました!」


 レナードと隣国第三王子の利害が一致したわけ。


「は、はあ……」


 ルデンヌ公爵は気が遠くなりかける。


「そして、是非とも『魔法の糸』を生み出す魔法使いに会ってみたく」


 ヤ、ヤバイ……

 あれ? これ、さっきも……、とルデンヌ公爵は既視感に気づいていた。


「まずは、エルフの村まで案内を頼む」


 レナードが言った。

 ルデンヌ公爵は、さて、どうしたものか……と考え、レナードへの返しが遅くなる。


「ルデンヌ公、何かご不便でも?」


 レナードが怪訝そうに訊いた。


「あ、いえいえ……いや、あのですね。私も今からエルフの森に向かおうと準備しておりました」

「では、ご一緒しようではないか!」


 隣国第三王子が意気揚々と発した。


「ただ、エルフが会ってくれるかは、先方次第です」


 ルデンヌ公爵はエルフの気まぐれな性格を伝える。面会も一筋縄ではいかないと。

 だから、野営覚悟の一週間分の食料持参で向かうのだと。


 これで諦めてくれたらいいのに、と淡い期待を抱きながら、ルデンヌ公爵は伝える。


 お二人に野営は難しいのでは? 従者と近衛も控えることはできないとも。

 訪問に不必要な者を引き連れると、エルフに会える確率は低くなるのだ。村まで辿り着けない可能性もある。

 森に迷い、いつの間にか森の入口に引き返していた、なんて摩訶不思議なこともしばしば。


 二人の王子が顔を見合わせ頷く。


「わかった。我らも準備をし向かおう」


 淡い期待が叶うことなく、かくして、ルデンヌ公爵とレナード、隣国第三王子は、エルフの森に大荷物で向かうことになった。

 



「なんてこったあぁ!?」


 サンダリアは頭を抱えた。

 エルフの村の里帰りも終わり、お暇しようとしたが、村から出られないのである。


 イシルヴェの結界が発動したから。


「誰だよぉ、こんなときに森に入った輩は!」


 エルフの森に異分子が入ると、エルフの村はイシルヴェの結界が張られ、出入りできなくなる。


「ルデンヌ公とあと二人のようだ」


 イシルヴェがサンダリアに三人の姿を見せる。

 イシルヴェは水晶などの媒介なく、右手の上で、その光景を映し出していた。


「こいつ、誰?」


 見慣れぬ新顔一人を、サンダリアは指さした。


「さあ? 誰だろうね」


 イシルヴェは淡々と話す。


「イシルヴェ様、どうするの?」

「放っとく」


 サンダリアはガクッとうなだれる。

 異分子が諦めて森から出るまで放っとく、ということ。

 相手がルデンヌ公爵であろうと関係ない。イシルヴェの意思が村の意思であり、森の意思である。

 だから、村から出られないことが確定した。


「まずは、それからだ」


 イシルヴェがサンダリアの首にかけているジュテの瞳を掬った。


「どうする? 私が手を貸せば一瞬で浄化は終わる」

「ううん。自分でやりたい」


 ジュテの瞳を自力で浄化したいから。この瞳の記憶もサンダリアは確認したかった。

 瞳の記憶を一つ一つ紡ぎ取って浄化していく作業は、骨が折れる。

 単なる浄化の方が手っ取り早いのだ。


「ならば、この機会にやり終えればいい。ここなら、浄化が進むはずだよ」

「確かに」


 エルフの村は、イシルヴェの聖域。聖の気が満ちているから、浄化が促進される。

 サンダリアは浄化を終わらせることにした。


「集中してやりなさい」

「うん」


 そうして、サンダリアは三日三晩寝ずの作業に没頭する。

 三日が経過しても、サンダリアは浄化を止めない。


「サンダリア」


 イシルヴェが集中するサンダリアに声をかける。


「……ん。もう、ちょっと」


 ちょうど、空挺団の投映記録まで紡げたところだった。


「ギル、……ジュテ、皆」

「それが、君の仲間たちかい」


 イシルヴェにも瞳の記録が視えている。


「うん、そう!」

「それは、残しておいてもいいんじゃないかな」


 イシルヴェが瞳に手をかざすサンダリアを止めた。


「まっさらの方がジュテに戻しやすいんじゃないの?」

「どうだろうね。真っ白の世界が普通なの? 景色がある世界にいたくはない? 産まればかりの赤子だって瞳に映すのに」


「……あ、そうか。ジュテが関わった景色は残した方がいいってことね! ジュテの瞳だって、ジュテ自身が認識できる!」


 イシルヴェの言葉に、サンダリアは気づかされた。


「そういうこと。もう片方の瞳も、同じ景色を知っているから、戻しやすくなる」


 サンダリアは頷く。

 最後の仕上げに取りかかろうと、瞳に手をかざすが、イシルヴェが止めた。


「少し休みなさい」

「でも!」


 ギルが待ってるんだよ!

 サンダリアは空挺団に帰りたくてウズウズしているのだ、心も体も。


「焦って仕上げるのはよくない。綻びはジュテにいくからね」

「そ、だね……」

 

 サンダリアは手を下げた。


「それに、明日には村に招く」

「へ? 誰を?」


「浄化に集中して忘れていたようだね、結界が張られた理由を」

「あっ!」


 そこで、やっとサンダリアは思い出す。


「まだ、森に?」

「そう。三日間視ていたよ。森の入口に何度も戻したのに、諦めないみたいだね」


 イシルヴェが右手にそれを見せた。

 森の入口の風景だ。

 疲れ切って腰を下ろすルデンヌ公爵と、ボロボロなのに意気揚々の見知らぬ男。

 従者と近衛にもう諦めるようにと、説得されているだろうレナードの姿が映されている。


 どうやら、サンダリアと同じく三日三晩エルフの森に入って戻されを繰り返していたのだろう。


「面白いから、明日招くよ」

「いったい、なんの用だろうね?」


 そうは言うものの、サンダリアに興味はない。

 イシルヴェに任せて、浄化作業をしておこうと思っている。浄化の仕上げをしておけば、空挺団に帰れるはずだから。


 イシルヴェが結界を解除するために招くんだろうし。まあ、招いたからって、相手の望みを聞き入れることなんて稀だけど。

 それが、エルフだから。


「君も一緒に会おうね」

「えっ!? ()だよぉー!」


 だが、サンダリアに拒否権はない。

 イシルヴェの決定は絶対だから。


「だから、英気を養っておきなさい」


 イシルヴェの指がツンとサンダリアの眉間に触る。

 途端に、サンダリアは目を瞑った。


 崩れ落ちるサンダリアの体を、イシルヴェが抱える。


「困った()だ」


 強制睡眠をイシルヴェがかけたのだ。

 サンダリアは三日ぶりに深い眠りについたのだった。




「サンダリア嬢!?」


 レナードが声を上げる。


「なぜ、ここに?」


 入村したレナードにサンダリアは早々に見つかる。いや、イシルヴェと一緒に出迎えたのだから仕方がない。


「里帰りですよ」


 イシルヴェが代わりに答えた。


「里帰り?」


 レナードがルデンヌ公爵を見やった。


「あー、っと、サンダリアはエルフの村で育ったのでして」

「な、なぜ!?」


「まあ、色々と事情がありまして」

「膨大な魔力持ちで、人では育てられなかったからですよ」


 イシルヴェがさらりと答えた。

 ルデンヌ公爵が遠い目をする。イシルヴェの会話に口を挟む勇気はない。


 レナードが大きく息を吸い込んだ。


「ま、ま、魔力持ちぃー!?」

「あーあ、バレちゃった」


 大きく目を見開いたレナードが、バッとサンダリアを見る。

 サンダリアはレナードなど気にせず、秘密だったのに、とイシルヴェに告げた。


「王家の庇護下に」


 レナードが身を乗り出す。

 サンダリアを手元に置く理由になるからだ。

 

「何より、この()が魔力暴走を起こすと私でも抑えるのがやっと。王家の庇護下に収まるわけがない。王城が一瞬でブッ飛ぶよ」


 イシルヴェの言葉にレナードの口があんぐり開いた。

 

「それで、何用でエルフの森に?」


 イシルヴェが三人を見回す。

 ルデンヌ公爵が真っ先に動く。


「私は非礼をお詫びしたく。イシルヴェ様、大変申し訳ありませんでした。『王命』とはいえ、育ての親のイシルヴェ様に告げず、サンを縁談に連れ出しましたこと、また、続きましても『王命』とはいえ、空挺団配属もお伝えしませんでした。重ね重ねお詫び申し上げます」


 ルデンヌ公爵がそこで、レナードに視線を向ける。


「エルフの長イシルヴェ様のご意向を、王家にお伝え致します」


 ルデンヌ公爵がイシルヴェの文をレナードに手渡した。


「……ええぇっ!?」


 レナードの文を読む手が震える。


「ちょ、ちょ、ちょっと、ひどいじゃないですか、ルデンヌ公爵!」


 そりゃあ、そうだ。

 エルフの協力を仰ぎたくて来訪したのに、最初っから協力に期待できない状況だったわけだし。

 先に言ってくれよ、な心情だろう。


 何より、王命うんねんなくだりは、完全にルデンヌ公爵の逃げ口上である。いわゆる、王命を盾にした責任転嫁というやつだ。


「だって、ほら、色々と」


 ルデンヌ公爵がサンダリアを見る。


「魔力持ちも言えませんでしたし、そうなるとこれも」


 懐から『魔法の糸』をルデンヌ公爵がおずおずと取り出した。


「あー!? それそれそれぇぇーー!」


 見知らぬ男が興奮気味に指をさす。

 もう、サンダリアは何が何やら状態だ。


「それは、娘の紡いだ糸のようだね」


 イシルヴェが言った。

 ルデンヌ公爵がポイッと『魔法の糸』をサンダリアに投げる。

 これで、ルデンヌ公爵の問題は、全て手放した状態だ。

 なかなか見事な立ち回りである。


「そうだよー。いい出来でしょ?」


 サンダリアは『魔法の糸』をイシルヴェに見せた。


「うん、これはいいね」


 イシルヴェに認めてもらい、サンダリアは鼻高々だ。

 と、そこで見知らぬ男がふらふらとイシルヴェとサンダリアの元に近づいてくる。


「お目にかかれるとは!」

 

 二人の前で手を広げ崇めるように両膝をついた。


「エルフ殿に『魔法の糸』、そして、生まれも育ちも至高の魔法使い。なんて、素晴らしい出会いなのだ!」


 サンダリアは思った。

 え、なんなん、こいつって。


「どうか、私と結婚してください!」

「は?」


 見知らぬ男がいきなり求婚した。

 二度目の、え、なんなん、こいつである。


「彼女は私の側近候補だ!」


 レナードが見知らぬ男をサンダリアから離すように引っ張った。


「あのね、認めるわけないよ」


 イシルヴェが、レナードと見知らぬ男に言った。

 すでに、右手の指先が光っている。


「じゃあね」


 イシルヴェの指がクルンと動くと、二人は一瞬で消えた。

 たぶん、森の入口に飛ばされたのだろう。


 そして、ルデンヌ公爵だけが残る。


「もっとまともな者はいないの? 年頃の娘を持つ親として、あれは認められないね」

「はい、ごもっともです!」


 イシルヴェの言葉にルデンヌ公爵が全力肯定した。


「ねえ、結局なんだったのさ、レナードの目的って? あの見知らぬ男も誰だったんだよお?」


 サンダリアはコテンと首を傾げたのだった。



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