空挺団13
ギルバートは訓練場で空を見上げる。
丸一日姿を消していたジュテが飛んでいるのを見て、ホッとした。
サンダリアにジュテを頼まれているから。
「……もう、一週間以上経ったぞ」
まだ、帰ってこないのかよ……、とギルバートは小さくため息をついた。
「ギルバート副団長!」
「なんだ?」
「団長がお呼びです!」
「ああ、わかった」
ギルバートは団長室へと急いだ。
コンコン
「失礼します。お呼びだと」
「ああ、そうだ」
ロゴスが気難しい顔で答えた。
「……サンに何かありましたか?」
「わからん。これがギルバート宛に届いた」
ギルバートはロゴスから封書を受け取る。
手に触れた瞬間に違和感が襲った。
「これは?」
封筒を何度もひっくり返して、違和感の正体を探るが、わからない。
たぶん、感覚的なものだ。
「魔法便、だと思う。その文は紙の鳥だった」
「紙の鳥……」
「紙と魔法、わかるだろ?」
ギルバートは視察の魔法使いを思い出す。
紙にしかけを施せるのは魔法使いだ。
「あの魔法使いから!?」
「いや、違う。ルデンヌ公爵からだ。ギルバートに文を渡してくれ、と俺宛にも届いた」
ロゴスも封書を見せる。
「……中を確認します」
ギルバートは文を開いた。
***
ギル君へ
あのね、バレちゃったんだよ。サンが魔力持ちだって。
もうさ、色々あり過ぎちゃって、纏めるのが難しいんだけど……。
里帰りが終わって、空挺団に向かう寸前で、エルフの長イシルヴェ様にサンを攫われちゃたんだよね。
イシルヴェ様曰く、エルフの村にも里帰りだってさ。
何気にイシルヴェ様、サンのこと気にしてて……森から一カ月以上消えたサンのこと探ったらしいのさ。
縁談で王城に行って、その足で空挺団行きだったでしょ。
年頃の娘を持つ育て親の逆鱗に触れちゃったようなの。王家にエルフの恩恵は期待するな、とまでね。
でさ、お詫びに行こうとしたら、なんとなんとだよ……ややこしいことに、王太子レナード殿下と隣国第三王子まで来訪しちゃってさ。
なんの用だよ!? ってなるでしょ。
王太子レナード殿下は、先の魔法使いの件で、没収した魔道具をエルフに鑑定してもらいたくて、足を運んだっていうわけさ。エルフの真贋を信じて、魔道具から情報も得たいって目的。
で、隣国第三王子は魔道具収集家で、魔法使いが流した魔道具を見つけ出してくれる、って協力関係の条件が、エルフに会うことだったわけ。
もう、このあたりで頭がいっぱいいっぱいなのに、この隣国第三王子は『魔法の糸』って魔道具も探しててね。
その『魔法の糸』だけど、月一の集まりで、サンが魔力放出を抑えるために紡いでたやつでさ。かつ、その魔法使いに会いたいって言うもんだから、超、冷や汗ものじゃん。
でもね、実はここまでが序章なんだ。
でさ、三人でエルフの森をさ迷うこと三日三晩。
もう、諦めてくれよー、って思ったさ。私一人なら村に招くはずなのに、王子二人いちゃあね?
でも、諦めてくれなくて、四日目にして、ようやくイシルヴェ様が村に招いてくれたんだ。
だけどさ、ここからが本番じゃん。
初っ端で、イシルヴェ様とサンが出迎えちゃたもんだから、レナード殿下がサンがなぜここに? ってなるよね。里帰りだって話から、エルフの村で育ったって流れになって、なんでエルフの村で育ったのさ? って続くわけ。それで、イシルヴェ様がサンが膨大な魔力持ちだからって明かしちゃって……。
あ、先に言っとくね。
バレちゃったけど、問題ないからさ。
イシルヴェ様の王家への印象は、サンがエルフの森からいなくなった原因だから、最悪なんだ。便乗して王命のせいだからって、責任転嫁しといたよ。レナード殿下は手も足も出ないわけ。エルフを敵に回せないから。
で、魔力持ちバレちゃったついでに『魔法の糸』もお披露目して、私の問題は丸投げ終了。
でもさ、ここで伏兵が出てきちゃったよね。エルフに会いたい、『魔法の糸』の魔法使いにも会いたいって奴←隣国第三王子さ。
なんと、その場でサンに求婚しちゃったもんだから、今度はレナード殿下が参戦しちゃって、サンは側近候補だってね。
ヤヴァーいでしょ。
もう、何が何やらじゃん。
イシルヴェ様が、二人とも認めない、って言って魔法で飛ばしちゃった。
イシルヴェ様曰く、もっとまともな者はいないのか? って。
私、叱責されたんだよおぉぉーー。
もうお腹いっぱいかもしれないけど、続きがあるのさ。
あの王子二人組は、張り合っちゃって連日エルフの村に突撃しては、サンに自分を選べって迫る始末。
その度に、イシルヴェ様がポーンと飛ばしちゃうんだけどね。
日に日に、イシルヴェ様の私への視線が冷えていくし、当たりが強くなっていくの。年頃の娘をお前に任せられないって。
その年頃ちゃんは、ジュテの瞳の浄化を終えて帰るんだって、浄化の仕上げにかかってる。本当はさ、一週間以内に空挺団に帰る予定だったけど、エルフの村の結界が発動したから、出られなくなったんだ。←これ、先に言っとくべきだった、ごめんよー。私と王子二人がエルフの森に入ったせいなんだ。それで、その間に浄化終わらせるって、サンはサンで三日三晩寝ずに頑張ったらしくてね。今魔力を整えてる。英気を養った後に仕上げるってさ。
要するに、もうすぐ終わるみたいなんだ。
だからさ、ジュテと一緒に迎えにきてあげてよ。
ドラゴン空挺団なら空から直にこれるでしょって。
イシルヴェ様に空挺団はまともだって見せてあげてほしいわけ。そうじゃないと……ポーンだよ。
だから、イシルヴェ様にこの魔法便お願いしたんだ!
ね、頼んだよ。
迎えにきてね。
ジュテならエルフの森に辿り着けるから。だって、自分の一部があるんだし。間違わないでしょ。←これ、イシルヴェ様のお墨付き。
絶対きてね。絶対だからね。
もう、私解放されたいんだよおぉぉー。ずーっと、エルフの村なんだもん。
じゃあ、本当に頼んだね。
マジ頼むね!
あ、ちゃーんと、体裁を整えてきてよ。
ギル君まで、まともじゃなかったら、私、イシルヴェ様に氷にされちゃうから。
頼んだよおおぉぉーー。
***
ギルバートは長文にしばし読み耽り、内容の濃厚さに言葉を失った。
「ギルバート?」
ロゴスが声をかける。
「あ、はい……どうぞ、確認を」
ギルバートはロゴスに文を渡した。
ロゴスも文を読み耽る。
「……あ、ああ。……然るに、サンのあの口調はルデンヌ公譲りだな。一番に口にすることでもないが。なんと言うべきか」
そう、内容に対する言葉が出てこない。
「一つ、ギルバートに確認したい。この縁談のくだりだが」
「サンは、王太子妃打診を断ったそうです。それで、貴族令嬢の役目を果たせとドラゴン空挺団配属の王命が下った。そういう、事情です」
「サンに訊いたのか?」
「はい」
「お前よく理由記載なき王命を訊ねたものだな。命知らずもいいところだぞ」
「あ、まあ……」
ギルバートは曖昧に返事をした。
だから、ルデンヌ公爵の文は事情がわかるギルバート宛だったのだ。
「迎えに行きます」
ギルバートは背筋を正した。
ロゴスが頷く。
「ちゃんと、体裁とやらを整えて行け」
「了解です!」
ギルバートは団長室を後にした。
体裁を整えて訓練場に行くと、ジュテがギルバートを待っていたかのように佇んでいた。
「ジュテ……お前……」
ジュテの片目の色の変化に驚く。濁った黄色……黄土色だった瞳が、眩い金色に変化していた。
その輝きは一度目にしている。
あの魔法使いの水晶……いや、ジュテの瞳が、ジュテの涎で反応した輝きだったから。
「迎えに行こうな」
ギルバートは頭を撫でてから、ジュテに乗った。
ジュテは一気に上昇し、ギルバートの指示なく飛んでいく。自分の一部に向かって飛んでいるのだろう。
馬車で二日ほどかかる距離でも、ドラゴンならひとっ飛びだ。半刻もかからない。
ルデンヌ領内に入ったとき、見たことはない景色であるのに、既視感を覚えた。
「あの崖が……」
翼の場所だろうな、とわかる。サンが口にしていたそれが目の前に広がっていたから。
近くに小高い丘もある。少し開いた場所で、近くの大木にツリーハウスが見えた。
「ここで、育ったわけか」
公爵令嬢が育つ環境ではないだろう。だが、サンが育つにはうってつけだったに違いない。
ギルバートはフッと笑みが漏れる。
そして、眼下に広がる森を見回す。
エルフの森に違いない。
「ジュテ、村はわかるか?」
ギルバートはジュテを促す。
そのときだ、森から光が漏れた。
金色の光だ。
ジュテの金色だ。
降下地点を示すように光っている。
「ジュテ、行くぞ」
ギルバートとジュテは光へと導かれた。
サンは額に汗が滲んでいた。
ジュテの瞳の浄化が仕上げ段階に入る。
景色だけを残して浄化する、難易度の高い浄化作業だ。主体が魔法使いであった記憶は浄化し、景色だけを残すのだから。
「……あと、少し」
サンは集中した。
ここ数日、王子二人の迷惑突撃もあり、魔力の調整に数日費やしてやっと浄化作業に入ったのだ。
イシルヴェとルデンヌ公爵がサンダリアを見守っている。
邪魔な王子二人はイシルヴェが村の入口に足止めさせていた。
水晶だったジュテの瞳が息吹き始める。金色が戻り、光が放たれた。
「よっし!」
サンダリアはかざしていた手を離して、イシルヴェを窺う。
「よく出来た」
「ヤッタッ!」
サンダリアはジュテの瞳を見つめる。
「嘘!? ギルだ!」
ジュテの瞳がギルバートを映している。
背景は訓練場だ。ギルバートの手がジュテに伸びている。
どうやら、ジュテを撫でているようだ。
「彼はサンダリアを着ているね」
イシルヴェが言った。
「イシルヴェ様、それはどういうことですか?」
ルデンヌ公爵が言葉の意味を問う。
「彼の服は、サンダリアが手がけたんじゃない?」
イシルヴェがサンダリアに訊いた。
「そうだよ。私が仕立て直したの! だってね、ウフフ」
初めて会ったときのギルバートを思い出して、サンダリアは笑った。
「もしや、『魔法の糸』」
ルデンヌ公爵が答えに気づく。
「そうだよ」
サンダリアが紡いだ糸で、サンダリアが縫ったのだから、確かにサンダリアを着ているとイシルヴェが表現したのも頷ける。
イシルヴェにはそう視えているのだろう。
そのサンダリアはジュテの瞳が映し出す景色を眺めている。
訓練場から飛び立ったようだ。
「もう、ジュテ自身が瞳を認識しているね、成功だ」
イシルヴェのお墨付きをもらい、サンダリアは笑む。
「迎えがやってくるね。里帰りも終わりだ」
サンダリアはイシルヴェとルデンヌ公爵を見る。
二人とも頷いていた。
待ちに待った帰りの時間というわけ。
「エヘヘ」
自分でもわからない愛想笑いが出る。なんとなく、心がソワソワザワザワした。
早く来ないかなあ、と空を見上げる。
「もう少しだね」
イシルヴェが言った。
ジュテの瞳はルデンヌ領を視界に捉えていた。
徐々に近づいてくる。
領境を越え、領都を越え、エルフの森へ。サンダリアが一人暮らした森、丘や崖、大木のツリーハウス、そして、村。
「あっ!」
ジュテの瞳が一際輝いた。
浮上するジュテの瞳を目で追う。サンダリアは空を見上げていた。
翼を広げたジュテの影と、そこから飛び降りる人影。
「ギル!」
サンダリアはギルバートを呼んだ。
降下してくるギルバートと、反対に上昇していく金色の輝きが交差した。
瞬間、落下傘が開く。
ギルバートがゆっくりと降りてきた。
「魅せてくれるね、彼は」
イシルヴェが呟く。
「あっちよりはまともですなあ」
ルデンヌ公爵が村の入口の王子二人を一瞥した。
そして、正装を崩すことなく、ギルバートが着地する。
サンダリアは駆け寄りたい衝動を抑えてギルバートを見つめた。
ギルバートは落下傘を手早く畳み、リュックに押し込めている。とても、スムーズな流れだ。
流石、空挺団副団長といったところ。
顔を上げたギルバートの視線が、サンダリアを捉えた。
サンダリアの鼓動が早くなる。
とても不思議。崖から飛び出すとき、ドラゴンから飛び降りるときの鼓動に似ているのに……広がる視界より、ただ一人だけの景色にトクトクってしてるから。
ギルバートが真っ直ぐサンダリアの元へとやってくる。
そして、並ぶイシルヴェとルデンヌ公爵に会釈し、スッと片膝をついた。
「ドラゴン空挺団のお嬢様をお迎えにあがりました」と。
サンダリアの胸はとても温かくなった。触れてもいないのに、温かい。とても不思議。ギルバートには不思議がいっぱいだ、とサンダリアは思った。
「サン、手を出してくれ」
ギルバートが言った。
サンダリアは小首を傾げる。
ギルバートがフッと笑って、サンダリアの左手を掬った。
ギルバートがおもむろにリングを取り出して、サンダリアの手に……乗せた。
「これ!?」
サンダリアは興奮した。
手の中の物をジッと見つめる。
「ご褒美。約束だったろ」
ギルバートが言った。
「ぅん……うん! ありがとう、ギル!」
サンダリアは龍笛を首にかける。
「とても、似合っているね」
イシルヴェが声をかけた。
視線はサンダリアでなく、ギルバートにだ。
「申し遅れました。私、ドラゴン空挺団副団長ギルバート・サモンズと申します」
ギルバートがイシルヴェに名乗った。
「私はエルフの長イシルヴェだ。サンダリアの育ての親だよ」
「はい。伺っております」
ギルバートとイシルヴェが視線を交わす。
それだけで、全てイシルヴェには伝わったようだ。
「君はサンダリアを纏い、サンダリアは君をつけている。龍笛は、君の手作りでしょ?」
「はい」
ギルバートが頷いた。
「この娘を頼んだよ」
「かしこまりました」
「月一の里帰りはジュテで来ればいい。エルフの森はドラゴン空挺団を歓迎しよう。森での訓練も許す」
「ありがとうございます!」
ギルバートは深く頭を下げた。
「さあ、そろそろ帰りなさい」
イシルヴェが龍笛に夢中になっているサンダリアに言った。
「うん!」
サンダリアは嬉しそうにギルバートの横に並ぶ。
「ジュテは丘にいるようだね。私が送ろう」
イシルヴェの右手の指先が光る。
光の渦がサンダリアとギルバートを包んでいく。
「じゃあね」
イシルヴェがそう言うと、二人は丘に転移していた。
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