空挺団8
サンダリアはレナードと一緒に歩く。
面倒くせー、と思いながら。
「聞いていたからわかるだろうが、サンダリア嬢に、空挺団生活について訊きたい」
「超快適」
簡潔に答えた。
あの王城での王太子妃打診時と同じく。
総じて言ってしまうのが手っ取り早いから。
「本心とは思えないな。ここは僻地。不便なことも……辛いことも多いだろ?」
「ううん、ぜーんぜん」
しつこいなー、とサンダリアは思った。
不便どころか、魔力放出も苦労せずにできてサンダリアには天国である。
「その強がりは、王命のせい?」
「強がり?」
サンダリアはレナードに訊き返した。
「公爵令嬢が空挺団で苦労する必要はないと思う」
「苦労なんて思ったことないけど」
サンダリアの返答に、レナードがフゥーと息を吐き出す。
「では、別の言い方をしよう。サンダリア嬢には、別の正装が似合うと思う」
「だよね! 私も思ってたの」
レナードの顔にパッと嬉しさが滲み出る。
「ああ、わかってくれたか」
レナードがここぞとばかりに、手を差し出した。
「別の正装を許そう。後のことは、私が整える。さあ、サンダリア嬢からこの手を取ってくれ」
レナードとしては、この手を取れば、空挺団配属王命をなかったことに整える、と暗に示したわけだ。
さあ、この手を取って、王太子妃を受けいれれば、花嫁衣装という正装を許してあげよう、と。
国王のアドバイスを受け、あくまでサンダリアから求めた形を取るためだろう。
「さっすが、殿下!」
サンダリアはレナードが差し出した手を両手でガシッと握りしめ、ブンブンと振る。
「そうそう、あーんな見栄えだけいいデザインなんて、窮屈で華美なドレスと一緒。私の空挺団正装は自分で仕立て直すわ! 許可してくれてありがとう」
サンダリアは感謝の握手をしたわけ。
「え?」
レナードが自分の耳を疑う。
思っていた返答と違いすぎたから。
さっき膨らんだ嬉しさが、一気に萎み放心した。
サンダリアは握手を勢いよく解いて、嬉しさのあまりその場でクルンと一回転した。
「そうなのよー、唯一の不便ってのが、あの正装! 流石、殿下、一発で見抜くなんて、視察ってすごいね!」
サンダリアはレナードに親指を立てる。
「これで、嘘偽りなく、超快適って答えられるわ!」
「フッ……ハハ、ハ。そうだった、サンダリア嬢には裏の言葉はなかったよな」
放心が解けたレナードが笑う。肩肘張った不確かな自身も解かれた。小さく頷いて自分の言葉を噛み締めている。
そして、レナードの顔つきが変わった。
サンダリアをしっかり見つめて口を開く。
「王城とここ、どっちが良い?」
「ここ」
「ドレスと制服では?」
「制服」
「花嫁衣装と空挺団正装とでは?」
「どっちも着たくない」
サンダリアの返答には考える間もブレもない。
最初っから、今みたいに訊いてくれたらいいのに、と。
こっちのレナードの方が好ましいから。
レナードが頷く。今までと違い、表情の揺れがなかった。
「じゃあ、最後」
「うん」
「私の手と彼の手」
サンダリアを見つめていたレナードの瞳が動く。
サンダリアはその視線を追うように振り返った。
ギルバートが近くまで来ている。
サンダリアの頬が綻んだ。
「ギル! 聞いて聞いて! 殿下があの機能性零の正装を変更してもいいって!」
サンダリアはピョンピョンと飛び跳ねた。
レナードの質問に答えていないが、行動が物語っている。
レナードがグッと腹に力を入れた。今まで朧げだった芯が、ズンと据わったかのようだ。
視察に来た時とは、芯が変わっていた。
「サンダリア嬢、正装を授与する!」
ギルバートは二人の背中を見つめる。
チッ、『ともに並んで行こう』ってなんだよ、腹立つ! どう考えても、状況を利用したどさくさ紛れの求婚台詞じゃねえか。
「なんか、王太子と公爵令嬢って並びは妥当な感じがする。やっぱ、サンってお嬢様なんだって」
ハイクがギルバートの横でコソッと呟いた。
さっきまでは、レナードの位置に自分がいたのにとの思いが、ギルバートに過る。
「は? どこがだよ!? どう見たっておかしな組み合わせだ。きらびやか王族服と空挺団制服だぞ」
ハイクが目を擦る
「あ、本当だ。肩書に惑わされた。それにしても、さっきのサン、最高でしたね。エスコートをスパーンと断って、あの殿下と従者を引かせたし」
ハイクが頭を掻いてから、従者を一瞥した。
従者は涎のついた上着を脱いでいる。
ギルバートは離れているサンダリアの手を見やる。
サンダリアがレナードの手に手を重ねていたら、ギルバートはどう思っただろうか。……どうしただろうか。
幸いにも、エスコートを断り、サンダリアはレナードと距離を保って訓練場を歩いている。
「それにしても、あの殿下はサンに執着してる気が」
そこで、サンダリアが空挺団配属となった王命の背景が、ギルバートの心を重くした。
ロゴスにだけは伝えた方がいいだろうか? と思い悩む。
ロゴスは少し離れて、従者と近衛、ローブの魔法使いと話し込んでいる。
今、伝えに行くべきではないだろう。
内容が内容だけに、あまり口にはできない。
ギルバートも貴族。
王太子妃打診を断られた王家の考えは手に取るようにわかる。
王家の体面、矜持に関わるからだ。
不名誉なことは隠しておきたいことだろう。
なかったことにする、あれである。
この視察こそ、なかったことにする機会。サンダリアが王太子妃を望めば、先の不名誉なことは消えるから。
「ムカつく」
ギルバートはあれこれと考えて、ひと声で表した。
「あっ」
ハイクが指をさす。
レナードがまた手を差し出したのだ。サンダリアに迫るように。
「嘘だろ?」
その光景にハイクが驚く。
サンダリアがレナードの手を取ったから。
サンダリアの嬉しげな表情が見える。楽しげにクルンと一回転までしている。
レナードまでも、サンダリアの様子に笑みが漏れていた。
「なんっすか、あれ……まさか、ね?」
ハイクの言葉にしない疑問は、きっとレナードが見せていたサンダリアへの執着に理由があるのだろう。
ギルバートはどうしようもない衝動に駆られた。
無意識に二人の方へ踏み出していた。
「ギルバート」
ロゴスがギルバートを呼んだ。
ギルバートはグッと堪え、振り返る。
行かせてくれ、との思いを瞳に込めてロゴスを見た。
「ああ、そろそろ呼びに行ってくれ。帰還時間も迫っている。頼んだぞ、失礼のないように」
ロゴスが空を指さしながら言った。
今日中に視察一行を帰らせるなら、時間が迫っていると示したわけだ。
ロゴスが機転を利かせてくれたのだろう。
「はっ」
ギルバートは二人の元へと向かった。
サンダリアの背後から近づく。
レナードにはギルバートの存在が確認できているだろう。
さっきまでと表情が違う? ギルバートはレナードの変化に気づいた。
その瞬間、レナードの視線が明らかにギルバートに向かった。
「私の手と彼の手」
聞き取れた言葉は、何を意味するのか。
ギルバートはただただレナードの視線を見据える。逸らせない、決して。
サンダリアがバッと振り返った。
「ギル! 聞いて聞いて! 殿下があの機能性零の正装を変更してもいいって!」
は?
なんの話だよ!?
ギルバートは眉間にしわを寄せる。
「殿下、お時間が迫っております」
ギルバートはレナードに軽く一礼した。
レナードも軽く頷く。
「サンダリア嬢、戻ろうか」
レナードがサンダリアの背中に手を添えようとする。
「サン」
ギルバートはサンダリアを呼んだ。
サンダリアが、ギルバートの横に並ぶ。
レナードが手をギュッと握った。
「癖だな」
エスコートは貴族の嗜み。
レナードが苦笑した。
とそこに、レナードの従者がやってきた。
「殿下」
従者がレナードの瞳を探る。
どう話がついたか、と問うように。
「空挺団正装を準備しろ。私直々に授与する」
ギルバートはその言葉に、ホッとした。
従者の方は、サンダリアを冷めた瞳で見ている。きっと、馬鹿な選択をしたと思っていよう。
「仰せのままに」
従者が素早く動き、ギルバートたちも本部屋敷の方へと戻ったのだった。
視察会談を終えた会議室にて。
「サンダリア嬢、正装を授与する!」
レナードがサンダリアに空挺団正装を手渡した。
「賜りました」
サンダリアが正装を受け取った。
「正装の仕立て直しも許可する」
「ありがとうございます!」
まずは、一段落ついたとギルバートは思った。
空挺団団員らも緊張が半ば解けている。
このまま、順調に視察一行を見送ってしまえば今日は終わると。
「サンダリア嬢、空挺団配属は王命である。ここにいる団員とは違う。退団の自由はない」
レナードが続けた厳しい言葉に、皆が耳を疑った。
ギルバートはハッとする。
サンダリアを空挺団に留め置くことで、王家の体面を保持するのだと。
これも、きっとコヨンテ国王の意思だろう。
「王命である限り、王命でしか退団の許可を出せないからですよ」
従者が口にした。
「華が朽ちても留まれってことです」
とんでもなく嫌な言い方で、従者が続けた。
貴族的言い回しだ。
皆、その意味はわかっている。
女性として華の期間を空挺団で過ごせ。歳を重ねても留まれ。
まさに、修道院送りのように。強制労働のように。
一生空挺団に身を投じよ、ということだ。
間違ってはいない……王命を拒否したのだから。だが、なんの罪もない令嬢に課すことではないだろう。
背景を知るギルバートはレナードに鋭い視線を送る。
この王命が効力をなくすのは、レナードが王太子妃を娶った後になるはずだ。それでも、サンダリアは王都には入れないだろう。
それこそ、相当な時間が過ぎてからでないとサンダリアの禁足は解かれない。王太子が国王になり、思い出話として語れるほどになってから。
うら若き令嬢には酷な話だ。
サンダリアを留まらせたいと思っていたギルバートでさえ、心が揺れた。
「どのような背景あっての王命かは存じませんが」
ロゴスが声を上げる。
「待て」
レナードがロゴスを止めた。
「在籍ということ。名を連ねておけばいい」
レナードがいたずら顔で笑っている。
「幽霊団員だって団員だろ?」
「で、殿下!?」
従者がレナードを疑う。
「なるほど……在籍していれば退団にならない、ということで?」
ロゴスが確認した。
「ああ、そういうことだ。まあ、だけど、サンダリア嬢は空挺団の生活が超快適だそうだから、飽きるまでいればいい」
「うん! レナード、ありがとっ」
サンダリアがニッと笑った。
レナードの目が見開く。
「初めて……名を紡いでくれた」
「そうだっけ?」
サンダリアが小首を傾げる。
レナードの顔を綻んだ。
「やっと私を認識したんだろうね。……確かに、私自身も視察前と後では違う」
国王の判断を自身の言葉に変えることができたのだ。
「だね! 今のレナードの方が好ましいもん」
なんだとぉ!?
ギルバートはサンダリアをバッと見る。
「じゃあ、私の側近になる?」
「やだ」
間髪入れずの即答にホッとする。
「視察できて、良かった」
レナードがロゴスに向かって言った。
視察を終えるようだ。
「それから、王家はルデンヌ公爵の空挺団支援を許可する。サンダリア嬢が不便なく暮らせるように」
酷な王命に対する思し召しだろう。
「さて、帰還しようか」
レナードが側近三人に目配せする。
従者と近衛が頷く。
だが、魔法使いが一歩前に出た。
「なんだ?」
訝しげにレナードが魔法使いに訊いた。
「少々お時間いただきます」
魔法使いが団員を見回す。
ギルバートは嫌な予感がした。
千里眼を操る魔法使いの目に膨大な魔力持ちのサンダリアはどう映るのか? 魔力視をこの魔法使いが持っているなら……。
「魔力鑑定をしたいのですが」
魔法使いが懐から水晶を取り出した。
「この水晶の魔道具で、魔力鑑定ができます」
最後の最後で、まさかの落とし穴である。
ギルバートは奥歯を噛み締める。
どう切り抜けたらいい? ロゴスと一瞬視線を交わした。
「空挺団は魔法使いの派遣を常に要望してきました。それが叶ったことはありませんよ」
ロゴスが魔法使いの前に出る。
サンダリアを隠すように。
「あー、違います違います」
魔法使いが否定するように手を横に振る。
「説明します。ドラゴンは魔力の高い神獣です。日々、ドラゴンに触れる空挺団団員は少なからず魔力の影響下にあります。魔力を享受している可能性があるかどうかを鑑定したいのです」
「魔力の享受?」
ロゴスが訊き返した。
空挺団団員らも顔を見合わせて困惑している。
「団長も口にしていた通り、魔法使いの派遣はなかなか叶わない。ならば、団員の中に魔力の享受があるなら、その者に魔法を習得してもらえば、との希望的提案です。なぜなら」
魔法使いが従者に視線を投げた。
「ドラゴンの涎にも魔力があったので」
従者の上着に、魔法使いが水晶を当てる。
途端、水晶に色が宿る。
眩い黄金へと水晶が輝いた。
「もし、魔力享受があったなら、この視察の成果にもなるかと。享受なくとも、ドラゴンの全ては魔道具の素材となります。この涎だけでも持ち帰れば成果になりますし」
レナードの視察の成果になる、と魔法使いは思ったのだろう。
「面白い試みだな」
レナードが乗り気になる。
「だが、涎の採集も含め、全員鑑定ともなれば、今日中に帰路につくのは難しいな」
最悪展開になってしまった。
これを拒否はできないだろう。空挺団は魔法使いの派遣を要望してきたのだから。
それこそ、怪しまれる。
やっと、視察から解放されると思った矢先で、まさかの滞在展開になってしまった。
「空挺団在籍が長いのは第一班と第二班、ドラゴンとの時間が長いのは第四班となります」
第三班とサンダリアを鑑定から逃すためだろう、ロゴスが言った。
人数もひと班分減らせる。
「そうだな。まずは、第一班から鑑定を始めよう。今日は滞在になるな。ロゴス団長、手間をかけるがよろしく頼む」
「はっ」
なんとかサンダリアを鑑定から逃せたが、滞在は確定となった。
「ギルバートはサンと一緒に三階準備を。第四班はいったん山の麓へ。他のドラゴンの世話をしてから、またここに戻ってくれ。涎採集は明日としよう」
ロゴスがギルバートとサンダリアに時間を与えた。
ギルバートは頷く。
第四班は山の麓と訓練場を往復することになる。
「サン、行くぞ」
「ほーぃ……、はい!」
ギルバートはサンダリアを伴って、三階へと向かった。
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