空挺団6
所変わってコヨンテ国王城。
ルデンヌ公爵とサンダリアが退いてから三日が経っていた。
「そろそろ出発しなさい、レナード」
コヨンテ国国王が、王太子レナードに言った。
「空挺団に到着する頃には、ちょうど配属三日が過ぎていることだろう」
「そうですね。でも、サンダリア嬢は……」
レナードが言い淀む。
「大丈夫だ。お前が迎えに行ってホッとするに違いない。流石に、二度続けて王命を拒否できず、ドラゴン空挺団で泣き暮らしている状況だろう。そこに、お前が行けば嬉し泣きで王太子妃になると身を寄せてくるはず。『私をこの苦境から救い出して』とな。窮地に駆けつけた漢に惚れぬ華はいまい」
国王が自身の言葉を確信するような表情で言った。
「おお、そうだ。空挺団の正装を持参すればいい」
「ど、どうしてですか?」
レナードが困惑げに訊いた。
空挺団の正装こそ、入団の証となるから。迎えに行くことと真反対の行動だ。
「いいか、レナード。正装を着たいのか、花嫁衣装を着たいのか、と……まあ」
「脅すと?」
レナードの瞳が揺れる。この王太子、心根が優しいのだろう。玉座を継ぐ覇者には、少々頼りない感じがする。
「ハッハッハッ、何を言うか。サンダリア嬢には正装より花嫁衣装が合っているよ、と甘い感じで言い聞かせよ。貴族令嬢が裏の意味合いをわからぬはずはない」
「……、そうですね」
三回の交流で、サンダリアの裏表のない言動を思い出しての間があったのだろう。
そう、上手くいくだろうか? との懸念である。
「ならば、花嫁衣装も持参した方が説得力があるのではないでしょうか?」
レナードが言った。
「もちろん、花嫁衣装はすぐにできませんので、生地を持参するとかは」
「それはならぬ。いいか、レナード。こちらから乞うてはならぬのだ。あくまで、サンダリア嬢に言わせる方向でもっていけ。正装だけを持っていくことで、主導権を握る意味がある」
国王がコホンと咳払いする。
「お前の優しさは長所であり、短所。この駆け引きで、少しは心を鍛えてこい。……サンダリア嬢が意に反する言動をするなら、王太子命で一生空挺団奉仕を出すくらいのな」
「父上、それはあまりに過酷です!」
「何を躊躇するのものか! 王命を断り、お前自らの来訪にも首を縦に振らぬおなごに目をかける必要はない。僻地空挺団に留めてこそ、不名誉な噂は王都に及ばないからだ」
王太子妃の打診を国王にも王太子にも断られる、という不名誉なことが。
「もちろん、そうなれば、ルデンヌ公の面目を保つことも必要。娘への援助を公に許可すればいい」
レナードが眉間にしわを寄せる。
国王の言葉が意味することを理解できたからだ。
「それは、ドラゴン空挺団にサンダリア嬢を在籍させることで……人質とすることで、空挺団を支援させること……ですか?」
空挺団の維持管理費用は馬鹿にならない。
常に補給が必要な部隊だからだ。
「ハッハッハッ、よく気づいたな。だが、悪しように言うことではないぞ。娘のサンダリア嬢が一生涯快適に過ごせるように、取り計らう王家の気遣いではないか」
国王が玉座をポンポンと叩く。
「物事の良し悪しは一長一短。悪しを良しとすることも、この玉座を預かる者には必要なこと、覚えておきなさい」
「……はい」
レナードはこうして王城を出発し、ドラゴン空挺団へ向かったのだった。
その空挺団。
試験終了後、久しぶりに団員がほぼ揃った夕食後で、伝令が入る。
サンダリアの周囲は第二班の団員らがわいわいがやがやと集まっている。
ロゴスとギルバートが、食堂の片隅で伝令を確認していた。
「もう一度言ってくれぬか?」
ロゴスが伝令に訊く。
「明日、王太子殿下が空挺団を視察するとのこと」
「……なぜ、いきなり?」
ギルバートが呟いた。
「存じ上げません」
伝令がキッパリ言った。
王太子の視察意図など、伝令が知る由もない。
「お出迎えのほど、よろしくお願いします」
伝令が立ち上がって、一礼すると出ていった。
ロゴスとギルバートが視線を交わす。サンダリアの魔力持ちを王家に知られてはならない、というあれを無言で確認し合ったのだ。
「第五班は、明日第四班と合流します」
そうすれば、王太子が視察するこの本部から山の麓に離れられるから。
「いや……サン配属王命の後の王太子の視察だ。何か関わりがあるんじゃねえのか?」
ロゴスが思案している。
「サンが目的の視察だと?」
「もし、そうだったなら、本部からサンを離してしまうと、手間になる」
王太子一行の滞在時間がのびてしまい、万が一宿泊とまでなってしまえば、翌朝サンダリアの起きがけのあれがバレるかもしれない。
「いったい、サンは何をしでかして空挺団配属になったんだろうな?」
ロゴスが渋い顔つきで言った。
「王命に理由記載なきは、深追いせずですよ、ロゴス団長」
懲罰的王命にその理由が記されていない場合、そこには箝口令、もしくは探るべからずとの意味合いがある。
公にすべき内容にないということだ。
「だな。サンに訊いても口を濁すだろう。……きっと、不敬極まりないやつをしでかしたはずだ」
「ですね」
ギルバートは不謹慎にも笑ってしまう。案外、訊ねたらサラッと言ってしまうんじゃないかもと思ったり。
「まずは、明日出迎えですか」
「ああ。俺が正装で出迎える。ギルバートはお守り続行だ」
「わかりました。班長会議も必要では?」
「そうだな。とりあえず、団員に王太子視察を伝えよう。ギルバートは別室でサンと打ち合わせてくれ」
ロゴスとギルバートは団員らの元に向かった。
「サン! 第五班緊急打ち合わせをする。来い」
ギルバートが、サンダリアを呼んだ。
そのギルバートの目に、サンダリアがハイクとわちゃわちゃとじゃれ合っているのが映った。
何やら、モヤッとした。
「早く、来い!」
「了解です!」
サンダリアが笑顔でギルバートに向かってくる。その後ろでハイクが優しい視線をサンダリアに向けていた。
サンダリアのお守りは俺だってーの! となぜか対抗意識が芽生え、ギルバートは眉間にしわを寄せ気難しい顔になる。
「ギル、どこで打ち合わせするの?」
「ん? ああ、上だ」
ギルバートは上階を指さした。
本来なら一階の会議室を使うだろうが、ギルバートは無意識に上階を選んだのだ。
二人は食堂を出て階段を上がる。
とそこで、ギルバートはどの部屋にしようかと迷った。
そして、今さらながらに気づく。
公爵令嬢と部屋で二人きりになるのはまずいだろうと。だが、初日から幾度となくそんな状況になっているわけで。
ギルバートは小さく舌打ちした。
意識が散漫な気がする。
それもこれも、サンダリアの言動のせいだ。この三日、サンダリアに振り回されてきた。
「手がかかる」
「うん、そう。私は手がかかる。だから、いつだって離れてくれたっていいよ! 大丈夫、もう慣れてる」
サンダリアがニパッと笑った。
何度と見た笑みなのに、その笑みだけが妙に心をざわつかせた。
「早くて、一刻でお手上げだっていなくなった側仕えも数知れず。もう、慣れてる。平気、フフッ」
強気でなく諦め……でもなく、達観、いや、孤高を受け入れた者の境地だろうか。
穏やかに紡がれた言葉だった。
サンダリアのそれが妙にギルバートの心を締め付ける。
「いいか、空挺団で慣れっつうのは、危険を引き寄せる。慣れを口にするな。俺は、お前からぜってー離れねえからな」
「え!? 求婚?」
「なっ! 違うわ、ボケ!」
ギルバートはズンズンと階段を上った。三階に。サンダリアの部屋に、躊躇なく入ったわけ。
「で、緊急打ち合わせって?」
サンダリアが椅子に座る。
テーブルには小箱が並んでいる。
いつもの光景だ。そう、初日からサンダリアの部屋の様子は変わっていない。
変容がないのだ。
人が数日過ごした感がない。
ギルバートも椅子に座る。
サンダリアがおもむろに小箱を手にして解除魔法をかける。
テーブルにティーセットが現れた。それだけじゃなく、お湯まで出現するわけ。
毎度驚かされる。
それでもギルバートは平静を保ち、サンダリアを眺めていた。
「何飲む?」
「なんでも」
「じゃあ、アールグレイにする」
サンダリアがお茶を淹れる。
「で?」
ギルバートはサンダリアの淹れたお茶を一口嗜む。
貴族的な間というやつだ。本題にすぐに入らない余裕こそ、貴族の嗜み。
それが礼儀であるから。
そう、ギルバートもそれなりの貴族なのだ。数カ月前に婚約破棄されたちょっとばかり訳ありの。
ここだけ、一階の食堂とは違った雰囲気だろう。
「明日、王太子が視察に来る。魔力持ちの貴族は王家の庇護下に置かれるのが常。お前の魔力が知られたら、きっと空挺団を強制的に離れることになる」
「嫌なこった!」
ギルバートはホッとする。
ここで、王家の庇護下を選ばれでもしたら、空挺団に魔力持ちがいなくなるから。
サンダリアは、これからの空挺団活動で必要になってくる人材だ。『魔力視』『魔力放出』『圧縮魔法』三つだけでも有用に使えるのだから。
「だろ? つうわけで、明日は魔力放出も魔法禁止。常に俺の傍で指示に従え。細心の注意をはらってくれよ」
「了解です!」
「でだ。明日は三階がやんごとなき王太子殿下の滞在処になる」
ギルバートは小箱を指さす。
「圧縮魔法を解除しといた方がいい」
少しでも魔法を知られないためにだ。小さな危険分子でも排除しておくべきだろう。
王太子一行の視察に魔法使いが随行していないとは限らない。遠出の不便を生活魔法で補うことはしばしばあるから。
ひょんなことでサンダリアの部屋が見られ、生活感がないことを不審がられて、調べられでもしたら大変である。
「うん、わかった」
ギルバートは立ち上がる。
後の指示は、班長会議後に決まる。それを明日伝えればいい。
「じゃあ、明日。早起きしてくれ。今から班長会議で色々打ち合わせておくから」
「ほーい」
ギルバートはドアに向かうが、なぜかサンダリアもついてきた。
「なんだよ?」
「ぜってー離れねえんじゃないの?」
サンダリアがギルバートの手を掴んだ。
上目遣いでゆらゆらうねうね動いている。甘えているかのように。
「ばっ、おま、何やってんだよ!?」
ギルバートはサンダリアの手を振り払った。
「四六時中って意味じゃねえ!」
「だよね」
サンダリアがニパッと笑った。
「じゃあな。ちゃんと寝とけよ」
「ううん、まだすることある」
ギルバートはドアを開きかけて止まった。
「何すんだよ?」
「針仕事。私だけ服が違ったら目立つから、ギルの着れなくなった制服を一着欲しいんだ。自分のサイズに仕立て直す」
ギルバートはアッと気づく。
んでもって、さっきのあれがおねだりだとも。
「補給された制服の在庫が倉庫にあったはずだ」
「ギルのがいい」
「なんでだよ!?」
「ぜってー離れねえって感じだし?」
ギルバートはサンダリアの両頬をムニッと摘んだ。
「その台詞二度と言うな! 制服持ってくるから待ってろ!」
ギルバートはドアを開けて倉庫へ向かった。
そして、新品の制服を抱えて三階に戻ったが、サンダリアがいない。
「どこ行きやがった」
とそこで、真下からガタゴト音が聞こえる。
「こそ泥が! 油断も隙もねえな」
サンダリアの真下はギルバートの部屋だ。
もちろん、サンダリアが現行犯で捕まったのは言うまでもない。
ギルバートはサンダリアを小脇に抱えて、三階の部屋にポイッと投げ入れてから、バタンとドアを閉める。
「鍵かけとけ!」
『ほーい』
ガチャと施錠した音を確認し、一階に下りる。
ロゴスと班長らとの班長会議を終え、長い一日が終えたのだった。
翌日となった。
王太子一行が空挺団陣地旗にもうすぐ到着するとの一報が、早朝に届く。
「隣町を朝一に出た早さだな」
ロゴスが正装の詰襟に指をかけながら言った。
全団員が食堂に集まっている。
「皆、よく聞け! サンと王太子一行を近づかせるなよ」
ロゴスが食堂に集まった団員らに指示した。
「このスタックにお任せを!」
スタックがサンダリアにグッと拳を見せてアピールしている。
そのサンダリアはというと、空挺団の制服を着用している。
「似合ってるぞ、サン」
ハイクがサンダリアに親指をたてた。
「ギルの制服を仕立て直したんだ」
「へえ……確かに新品感はなくて、目立たねえな」
「でしょ!」
ハイクがチラッとギルバートを見た。
ギルバートは居心地が悪い上に、まんまとこそ泥されたことに気づかなかったのが腹立たしかった。
圧縮魔法で持ち去られたのだと、今さら気づく。
それでも、……少しばかりの嬉しいこそばゆさと優越感が、ギルバートにも自覚できた。ハイクの視線に羨ましさを見たからだ。
男って単純だよな、とギルバートは苦笑する。
「じゃあ、俺は出迎える。後を頼んだ、ギルバート」
ロゴスが陣地旗に向かった。
ギルバートはそれを見送った後、団員らに向き直る。
「行くぞ」
ギルバートはサンダリアを引き連れて団員らと一緒に訓練場に向かった。
さて、その訓練場に着くと、サンダリアの視線が片目ドラゴンへと向かう。
いつもなら駆け出すだろうが、ギュッと手を握って、ウルッとした瞳で耐えている。
ギルバートはサンダリアの頭をよしよししてから口を開く。
「スタック、ロゴス団長が来るまで任せた」
「うっす!」
ギルバートはスタックに指示した。
第一班は空挺団主力部隊として、実力を披露する役目があるだろう。
視察の目的がなんであれ、第一班を見学しないなどありえないから。
「第二班、第五班の周囲を固めろ!」
次にハイクに目配せし頷き合う。
いわば、サンダリアの警護が目的だ。
「第三班は訓練開始! できるだけ、視察一行の視線に第五班が入らぬように間に入れ」
「了解っす」
第三班は目眩まし的役割だ。
「第四班、各ドラゴンへ騎乗! 視察一行が来たら、ロゴス団長の合図を待て!」
「わかりました」
第四班は、ドラゴンで視察一行の目を一瞬で引きつける役目を受け持つ。
ギルバートは各班に指示した後、サンダリアを見た。
「サン、片目ドラゴンの所に行くぞ」
「いいの!?」
「名付けするんだろ?」
「うん!」
視察一行もドラゴンに近いサンダリアには近づけないだろう。
こうして、空挺団が一丸となり、王太子一行を迎えるのだった。
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