空挺団5
翌日。
ドラゴン空挺団三日め。
コヨンテ国王が、三日も持たぬと思っていた三日めを迎えた。
王城を退いた日から空挺団までの日程を入れて、十日以上は経っているが。
第三班も実践を終えて午前中に帰還した。
サンダリアという新顔に、怪訝半分、不満半分といったところか。自力で空挺団に入団し、遠征実践後だったことも相まって、気分を害したのだろう。
それが、通常の心情だって、サンダリアは理解している。
ロゴスやギルバート、スタックや第一班の面々もそうだったから。
全員が訓練場に集う。
「サンことサンダリアの入団試験を始めるぞ!」
ロゴスが続ける。
「第四班がドラゴンに乗ってくる。全員に、入団試験を見てもらう!」
「結果がわかりきってんのに、俺らがいる必要あるんすかねえ?」
スタックが手を挙げて鼻で笑うように言った。
「なら、昨日みたいに賭けでもしてたらいいんじゃねえかよ」
ハイクがすぐに小馬鹿にしたように言い返した。
「ああん?」と凄むスタック。
「昨日の負けを取り返したらどうだ?」と鼻高々のハイク。
第一班と第二班の団員らが対峙する。
今日も今日とて、第一班と第二班はやり合っているわけ。
そこに第三班班長も声を上げる。
「ロゴス団長、俺ら遠征実践後っすよ。本来なら、休養っすから。座っていいっすか?」
「全員座ってもかまわん!」
ロゴスが団員らを見回して言った。
「いつもなら、サポートのために、各班から選抜で参加形式を取る。だが、今回は見学でいいか、サン」
不測の事態に対応できるようにだ。
「了解です!」
サンダリアは元気よく答える。
そっちの方が雑音なく自由にやれるから。
「ギルバートはつかせる」
ロゴスの視線にギルバートが頷いた。
「サン嬢ちゃん、期待してるぞ!」
ハイクが拳を少し挙げて、応援する。第二班もサンダリアに声援を送った。
「よし、始める。サン、こっちに」
サンダリアはロゴスの横に並んだ。
ギルバートはサンダリアの背後に控える。
「これから、第四班が十体のドラゴンに乗ってくる。ドラゴンは気高い神獣だ。簡単には乗せてはくれない。それぞれのドラゴンの前に立ち、首を下げてくれたら、乗ることができる。何度でも挑戦すればいい」
ロゴスの説明は続く。
「どのドラゴンも首を下げなかったら、ギルバートが代わりにドラゴンに指示を出す」
そこまで説明すると、ロゴスが龍笛を手にし、振り始める。
山の麓からドラゴンが空に飛び立ち、訓練場へと向かってくる。
サンダリアは空を見上げた。
翼を広げ、訓練場上空を旋回するドラゴンを眺める。
「この前の子たちと違う」
その呟きは、ロゴスとギルバートにも届いていた。
「……ああ、そうだ」
サンダリアにはドラゴンの個体が見分けられる。ドラゴンの持つ独特の魔力で。
ロゴスが、龍笛の振り方を変更する。すると、龍たちは訓練場に下り立った。
サンダリアはドラゴンたちを見回す。
一体の龍に一人が乗っている。
第四班の団員が龍から降りる。
だが、龍の数は十一体。
それに関して、誰も何も言ってこない。
サンダリアは小首を傾げた。
「ロゴス団長、我ら第四班も試験を見届けましょう」
第一線を退いた第四班の団員らは、落ち着いた物腰だ。
昨日、サンダリアが第二班と町に行っている間に、第四班に入団試験は伝えられていた。
ロゴスがサンダリアを紹介し、サンダリアは軽く膝を折って会釈した。
そして、第二試験が始まる。
「サン、行け」
「はい!」
サンダリアは頷いて、ドラゴンの元へと進んでいく。その足は迷いなく、一体のドラゴンへ。
片目ドラゴンの元へと。
「……おい」
ギルバートがサンダリアを呼ぶ。
「何?」
サンダリアは答えながらも、足を止めない。一直線に片目ドラゴンへと向かう。
「一体だけ試験用ではないドラゴンがいる。片目のやつだ」
「私、その子にする」
「片目のやつは、今まで一度たりとも団員に首を下げたことのないドラゴンだ」
「じゃあ、なんでいるの?」
サンダリアはやっと足を止めて振り向く。
「訓練場や山の麓の第四班の所にときどきやってくるドラゴン。餌をやって世話はしている。だが、誰も手懐けられてねえ。まあ、片目だしな」
「野良猫ならぬ野良ドラゴン?」
「言い得ているな。……スタックが昔手懐けようと、尻尾の方から強引に登ったが、一振りで地面に叩きつけられてた」
「なんて、素敵なドラゴンなの!」
サンダリアは駆け出していた。
「コラ、待ちやがれ!」
ギルバートがすぐに追いかける。
サンダリアは片目ドラゴンの真正面に向かった。
「無駄だと思うぞ」
ギルバートが背後から声をかけるが、サンダリアは気にしない。
「ギル、手出し不要だから」
サンダリアは、片目ドラゴンと対峙した。
ドラゴンは片方の瞳でサンダリアを凝視した後、口を大きく開き咆哮した。
それだけで、空気がビリビリと震え、放たれた覇気で訓練場の地面が揺れた。
サンダリアはドラゴンの咆哮を真正面から受けたが、一歩も後ずさることなく佇む。
試験を見ていた第三班の団員らの方が、耳を押さえて一歩下がったほどだ。
「今度は私の番」
サンダリアはおもむろにグローブを外す。公爵家の家紋が手の甲側に施されているグローブを。
それが、サンダリアの魔力を抑制している。
「これが私の力。『魔力放出』」
ドラゴンの咆哮が一方向だけに比べ、サンダリアのそれは全方位へ放たれた。
地面がサンダリアを中心に波紋を作る出すがごとく。
すぐ後ろにいたギルバートは、直撃を受け膝を崩した。
魔力をどう扱うかを目の当たりにしたのだ。魔法陣出現させない上級魔法である。
……片目ドラゴンも鱗がブワッと開く。そして、後ろ足を一歩後退させたかと思うと、頭をサンダリアの足下へと下げた。
「よし!」
サンダリアはすかさず片目ドラゴンの首に跨がる。ドラゴンの頭の角を引き龍体を起こさせた。
「飛べ!」
翼一振りで宙に浮かぶ。
サンダリアは高揚した。
「じゃ、行ってくるね、ギル」
膝を崩したギルバートにひと声かけた。
「ちょ、待て、俺もい」
一緒に乗るんだ、なんて続けたい言葉は無意味となり、片目ドラゴンはサンダリアを乗せて空高く飛んでいった。
皆、呆気に取られた一幕だった。
今までの試験では、ドラゴンが首を下げることなく、サポート団員の指示で首を下げたドラゴンに一緒に乗るのが常だったのだ。
「クソッ!」
ギルバートがすぐ近くのドラゴンに指示を出して首に飛び乗る。
ロゴスも団員に不測の事態に備えるように指示を出した。
班長と副班長がドラゴンに乗り、サンダリアとギルバートを追いかける。
他の団員は倉庫に急ぐ。訓練場にマットを引くためだ。サンダリアがドラゴンから落ちても大丈夫なように。
そんな地上のあれこれなど、サンダリアにはもう見えていない。
「好きに飛んでよ! 私、あんたを乗りこなせるから!」
荒く飛んでも、速く飛んでも、落ちないのだと、片目ドラゴンに思わせたいからだ。
まだまだ、サンダリアと片目ドラゴンとの攻防戦、力比べである。互いが互いを認めるための儀式。
片目ドラゴンがより一層高く飛翔する。天上へと登る飛翔は、まさに昇龍。
追いかけるドラゴンはそんな飛翔はできない。
「降下してきたら、周囲を固めるぞ!」
ギルバートが叫んだ。
片目ドラゴンの動きを抑制し、飛び乗る隙を作るため。
だが、片目ドラゴンの降下は皆の予想を覆す。
急降下で地上に向かっていく。
集まったドラゴンのそれこそ隙間を縫っていった。
ギルバートの心臓が縮み上がった。いや、他の者もそうだ。地上への激突が脳裏に過ったことだろう。
「サン!」
ギルバートがまたも無意味に手を伸ばす。
「ヒャッホーーーー!」
だが、サンダリアの嬉声が響いた。
サンダリアは片手で角を持ちながら、もう片手でギルバートらに手を振っていたのだ。
「は?」
ギルバートらは、ポカーンとその様子眺める。
地上スッレスレで片目ドラゴンは浮上する。乱雑に並べられたマット群を、翼圧で散らかして。
「ねえ、見学じゃなかったのぉぉーー?」
なーんて、サンダリアはドラゴンに乗る班長らに声をかける。
それも通りすがりの軽い声かけ程度で、そのまま飛んでいったのだ。
で、
サンダリアは散々片目ドラゴンを乗りこなした後、訓練場に下り立った。
「さて、次に乗るドラゴンはどの子にしよっかな」
団員らを絶句させたのは言うまでもない。
ギルバートはサンダリアを捕まえる。
小脇に抱えるあれで。
「下ろしてよぉぉーー! ドラゴンに乗るのぉぉーー! 全部のドラゴンに乗るんだからぁぁーー!」
つい最近見た光景だ。そう……初日再来である。
初日と違うのは、魔力抑制のグローブを外していたこと。
サンダリアの感情と連動するように、魔力波が放出される。目に見えはしないのに、強風のごとく身体の直撃するわけ。
「見ての通りだ」
ロゴスが団員らに言った。
「第二試験は合格。第三試験もすでに昨日の町までの往復荷運びで証明されている」
ロゴスがハイクに目配せする。
「サン嬢ちゃんが、荷物に圧縮魔法とやらをかけて、掌サイズにしてくれたわけ。すまねえな、魔法しちゃって」
ハイクがスタックにニヤリと笑った。
「お、俺は! 信じねえぞ! 実際にこの目で見るまではな!」
スタックが吠えた。
魔力波は感じていても、目には見えないから。
強風や振動は自然現象だといえるから。
「サン、あれに圧縮魔法をしてみせろ」
ロゴスが近くに散乱しているマットを指さした。
「やってみせたら、ドラゴンに乗ってもいい?」
サンダリアが目を輝かせた。
ギルバートに小脇に抱えられた状態だが。
「今日の飛行は終わりだ」
「いやあだぁぁーー」
途端に暴れ出したサンダリアを、ギルバートは踏ん張って必死に抱え込む。
「コラ、暴れるんじゃねえ!」
地面が揺れているからだ。
「お、そうだ、サン。ドラゴンに乗る代わりに、名付けをしろ! 落ち着けって」
ロゴスが妙案だとばかりに言った。
「名付け?」
ピタッと振動が収まる。
「ああ、そうだ。マットに圧縮魔法をかけたら、名付けができる。名付け親だぞ」
ロゴスが癇癪をおこした子どもに言い聞かせるように、サンダリアをなだめる。
「やる! ギル、下ろして」
「いきなり、走り出すなよ」
ギルバートは念を押した。
「うん」
サンダリアをギルバートは下ろしたが、手首をしっかり握っておいた。
ギルバートはサンダリアと一緒にマットに近づく。
「『圧縮魔法』」
掌サイズになったマットをギルバートは手に取り、ロゴスに投げた。
その瞬間、サンダリアが片目ドラゴンへと駆け出そうとするが、ギルバートは見逃さず手首を引っ張った。
「っとに、油断も隙もなえな」
することなすこと猪突猛進である。
ギルバートはルデンヌ公爵の言葉が脳裏に過る。まさに、お転婆、じゃじゃ馬、珍獣、破天荒、つまりは野生令嬢である。
「……なんとなく、片目ドラゴンに似てるな」
とギルバートは呟いた。
「名付けするの!」
「サン、勝手に動くな! 命令を無視したら退団とする」
ロゴスがサンダリアに一喝した。
サンダリアがハッとする。
「グローブ、しなきゃ……」
「グローブ?」
ギルバートはサンダリアの手を見た。そういえば、片目ドラゴンと対峙する時に取っていたと思い出す。
「あれで、魔力を抑制してる。気持ちも抑えられる。グスッ……グスッ……、退団は嫌だよぉぉ。空挺団にいたいよぉぉ。ドラゴンにずっと乗りたいのぉぉ」
「っとに、お前の情緒どうなってんだよ」
ギルバートは袖口で涙を拭う。
「グローブするんだろ?」
「うん」
サンダリアがズボンのポケットからグローブを取り出してはめた。
途端に、スッとサンダリアの顔つきが落ち着く。
「ふぅー、久しぶりに魔力放出してスッキリ!」
さっきまでのあれはなんだったんだよ!? とギルバートは唖然とした。
そこで、ロゴスが極小マットをスタックに見せる。
「その目で確認しろ」
スタックが極小マットを凝視した。
「あっれー? スタック、なーんか言うことねえのか」
ハイクがクックックッと笑った。
スタックがグヌヌと唸りながら、ギロリとハイクを睨む。
「いやあ、ほーんと結果がわかりきってたよな!」
ハイクが第二班の団員らとワイワイと囃し立てた。
スタックの悔しげな顔を拝めて楽しいのだろう。
「サン嬢ちゃんは第二班のお宝だぜ」
ハイクが拳を軽く上げた。
「おーいおい、そりゃあおかしくねえか? 第一班がサンダリア姫を受け持とうではないか! 空挺団の最強部隊だしな」
スタックが名乗りをあげる。
見事なまでの掌返しである。
「なーに、言ってんだよ!? サン嬢ちゃんは第二班入り済みだ!」
ハイクが反論した。
さてさて、また第一班と第二班が小競り合いを始める。
「第二班預かりになってるだけだろ!」
スタックがハイクに言い返した。
「待ってくれよ。新入りは第三班だって」
「いやいや、ドラゴンを初見で手懐けたのだから、第四班が妥当でしょう。それに、公爵令嬢を第一線に出させるのですか?」
第四と第三班班長も名乗りをあげた。
サンダリア争奪戦の始まりである。
その様子に、ロゴスがため息をつく。
そして、ギルバートは思っていた。
お前らではサンの手綱を握れねえってば、と。
俺以外に触らせねえ、と。
……何を今思った? ギルバートは頭を振る。
この野生令嬢のお守りは俺だろ? 任務だ、任務!
「俺しか無理だって」
思わず、声に出ていた。
「まさにだな」
ギルバートの声をロゴスが拾った。
「各班、サンを望んでいる。それに全て応じられる方法がある」
全団員がロゴスに注目した。
「どんな方法っすか?」
第三班班長が訊いた。
「第五班を作る。団員はギルバートとサンのみ。各班の要請で任務に入れる方式だ!」
「なるほど、それなら」
ロゴスの発言に、第四班班長が同意する。
各班の班長も納得はしたようで、頷いた。
「正式入団だ、サン」
ロゴスがギルバートに目配せする。
ギルバートはサンダリアを促す。
「皆、よろしく!」
サンダリアが元気よく挨拶した。
「サン嬢ちゃん、よかったな」
ハイクが言った。
サンダリアが団員らとハイタッチして回る。
ギルバートは、なんとなーく、ちょーと、嫌な気分になり、首を傾げた。
今日のドタバタのせいだろうか。
「ロゴス団長!」
団員の一人が声をあげる。第一班の若手団員だ。
「なんだ?」
「新入りは二人部屋っすよね! 今、俺、二人部屋で一人っす」
本来なら、新入りは二人部屋寄宿舎生活が原則なのだ。
ギルバートはビクッと反応した。
「俺、元々貴族令嬢の側仕えだったんで、お世話はお手の物っすよ。ちゃんと、サンダリア姫に仕えられますよ」
きっと、サンダリアを第一班に引き入れたいのだろう。
スタックが満足げに頷いている。
「空挺団に例外は認めない、それをサンダリア姫は試験まで行って証明したわけだし、その後も同じ扱いじゃなきゃあねえ?」
スタックがしたり顔で言った。
「え? 無理無理。私、
『朝はギルに口を塞いでもらわないと』、
起きれないもーん」
春風のごとく軽やかに紡がれたサンダリアの言葉で、訓練場が静まる。
さっきまでのガヤが消え、シーンとなったわけ。
「ばっ、おま、なんて言い草してんだよ!?」
ギルバートはサンダリアを引き寄せた。
「えっと、私の取扱説明はギルに教えたし」
それも誤解を招く言い方だろう。
「お前なあ!」
ギルバートはまさにサンダリアの口を手で塞いで、団員らに説明した。
「……、……。……つうわけで、朝一の起きがけに注意を払わなきゃいけない」
そこで、ギルバートの肩をポンポンとロゴスが叩く。
続きはロゴスがするのだろう。
「いいか、よく聞け。王家はサンダリアの魔力持ちを知らずに、空挺団に配属した。知られてしまったら、どうなるのかはわかるよな」
ロゴスが団員らを見回す。
せっかくの魔力持ちが、空挺団からいなくなると、団員らはわかっている。
「でもまあ、こんな僻地の空挺団に王家が来ることはないだろうがな。口にはするな。噂が噂を呼び、尾ひれがついて王家にまで届いてしまわねえように、十分気をつけてくれ。そんで、サンの部屋は本部屋敷のまま。ギルバートの上階だ。……側仕えが必要か、サン?」
「うーんと……」
側仕え志願の団員が目を輝かせる。
ギルバートは反対に眉間にしわを寄せて気難しい顔になる。
「最初に父上がつけた側仕えは、私の魔力放出で……頭の毛が抜け落ちて、ツルッパゲになったんだよね。アーッハハ」
サンダリアがそこから代々の側仕えの被害を次々に告げていく。
途中から側仕えがいなくなったことも。
志願団員は、青白い顔になっていった。もちろん、団員らも。
「もちろん、元通りにしたよ。それでもいいなら! 何人でも仕えてね。あ、今日は十分魔力放出したから、明朝は平気だよ」
「辞退します!」
間髪入れずの返答だった。
団員らがギルバートに同情の視線を向ける。
「コホン、第五班入りを望む者は、いるか?」
ロゴスが問うた。
もちろん、だーれも志願せず。
こうして、試験は終わったのであった。
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