空挺団3
ギルバートは団長室に入る。
「どうだ、落ち着いてくれたか?」
「ふて腐れています」
ギルバートの顔はゲッソリしていた。
「ま、まあ、そうだろうな。お疲れさん」
ロゴスがギルバートの肩をポンポンと労った。
サンダリアが第二試験をやりたくて、散々ごねたのだ。
訓練場では、ロゴスやギルバート、団員らも大いに引くほどだった。
駄々っ子のように、うわーん、うわーんと泣いて、大空に羽ばたき手の届かなくなったドラゴンに手を伸ばしていた。
今生の別れでもあるまいに、と呆れたほどだ。
それをなだめすかしたのは、ギルバートである。入団したのだから、訓練で乗れるんだぞ、と言い聞かせて。
『今、乗りたいのぉぉ、いーまー』と騒いで大変だった。
大変なのは続いて、今夜の……今後の寝泊まりに関しても頭を悩ませた。
流石に、野郎ばかりの寄宿舎の空室では問題だろうからと、本部屋敷客間をサンダリアに提供して、その足で団長室に報告に来たのだ。
「それにしても……」
ロゴスが言い淀む。
「……魔力持ちの秘匿をあっさりと口にしたが、ルデンヌ公から何か言伝はなかったのか?」
ギルバートは首を横に振る。
「ただ、お転婆、じゃじゃ馬、珍獣、風変わりな破天荒、最終的表現では、『野生令嬢』と形態を色々変えて、サンを紹介しておられました」
ギルバートはルデンヌ公爵との会話を回想しながら纏めた。
「ハハハ、間違ってはいないな。お守りは大変だろ?」
ロゴスが笑って言った。
反対にギルバートは渋面である。
「ところで、何をしでかしての王命だったのでしょうか?」
ギルバートは唸る。
「そうだな。奇妙な王命だ」
王命は、配属しか記されていなかったから。
「状況からして、魔力持ちだとは知らずに王命を下されたと思われます」
王家が、みすみす魔力持ちを手放すことはないからだ。
サンダリアも、魔力持ちであることは内緒にしている口ぶりだったから。
「まあ、野生みを発揮したってことだろう」
それは、ギルバートも頭の片隅にあった。あの言動は公爵令嬢とは到底思えない。
「王家の夜会なり、挨拶なりで、やらかしたってことでしょう。躾的な……懲らしめ的なものだと予想しますが」
「だな」
その予想、大枠では間違ってはいない。
王命を断ったーー腹いせのようなものであるが。その元々は、王太子妃打診があるわけで。
断られた不名誉なことを、王命には記さなかったのだ。王家の、王太子の体面を守るために。
何より、三日も持たずに王太子妃になることを望むとふんでいた。名ばかり王命、まさに懲らしめ的な王命だった。
「ギルバート、明日からも頼んだぞ」
「……はっ」
「少し躊躇したのはなぜだ?」
ロゴスが返答の間をつく。
「悩みの種、と思いまして……女性というのが、どうも」
「まあ、な。任務が危険だし……その他諸々の危惧はわからんでもない。だが、長年欲していた魔力持ちだぞ」
「ですね……」
ギルバートとて、魔力持ちが空挺団の活動に必要だと思っている。
現状の活動に限界を感じているのだ。
防御魔法、治癒魔法、感知魔法などが扱える者がいれば、犠牲を抑えられるから。
いや、小さな生活魔法だっていい。それが空挺団の活動に役立つものなら。
「単なる魔力持ちってだけかもしれない。ルデンヌ公が田舎の領地に隠していた……そう考えると、王家の庇護下でなかったわけだから、魔法を習得していない可能性が高いな」
ロゴスが考え込む。
王家の庇護下になかった魔力持ちが、魔力をどう扱い、使っているかは不明だから。
「そのあたりのことも含め、後々、サンに確認するとしよう。現状、あの魔力視だけでも、空挺団にとってありがたいがな」
「敵の魔力を見極められるのは、戦いに有利ですからね。……戦いの場に連れ出すってことになりますが」
ギルバートの懸念はそこにある。
「だから、ギルバートが傍にいてやってくれ」
「はあ……やっぱ、悩みの種ですね。お守りもどこまで手を出すべきか。あれでも、公爵令嬢ですからね」
本来なら、公爵令嬢に触れたら問題になるのだ。
「問題はないだろ? 婚約解消したばかりだし。すでに、小脇に抱えるほど親密じゃないか」
「団長、からかわないでください! あの野生みはどうしても、拘束が必要ってだけですから!」
ガッチリ掴まえておかなければ大事になるような野生令嬢だった。
「筋肉隆々武骨な腕なら拘束は楽だろ?」
「ええ、そうですとも! 筋肉隆々武骨になった私を、元婚約者は『ヒィー、気持ち悪い』と受け入れられず、婚約は流れましたよ、ケッ」
一桁の少年少女時の婚約が、現実的な成長後に解消になることは多々ある。
ギルバートの婚約解消はまさにそうだった。
一桁台の婚約は仮初めであり、女性側が成人後顔合わせで本決まりになるのが、コヨンテ国では慣習である。
「そりゃあ、ギルバートが体裁を整えていかなかったのが悪いんだぞ。傷だらけの制服も破れたボロボロ状態で、顔合わせに行ったんじゃあな」
「仕方ないじゃないですか! 任務後に直に向かったんだから」
ギルバートはため息をつく。
婚約解消となったのは、数カ月前のこと。ちょうど、顔合わせ直前に緊急任務が入り、魔族に奇襲され命からがら帰還したズタボロ姿で行ってしまったわけ。
「俺のことはもういいですよ。サンのことを」
「まあな。まずは、明日から空挺団の説明をしてくれ」
来た当初の簡易な説明では、足りないからだ。
「了解です」
「明日あたり、第一班が帰還するだろうし、第三班は明後日帰還だな」
空挺団の活動班は四班にわかれている。
今日、訓練場にいたのは第二班である。各班の活動内容など、そのあたりの説明も、明日サンダリアにしなければならない。
「それで、ちょいと疑問だったんだが、お前なんで正装じゃなかったんだ?」
「……ゃ(ゴニョゴニョ)」
ロゴスが『ん?』と首を傾げる。
「破れたんっすよ!」
「は?」
「ズボンがパックリと! 筋肉隆々に育ったせいで!」
ギルバートはやけっぱちに言い放った。
「……っ、ブハーッハッハッハ」
ロゴスが腹を抱えて笑う。
「お前、ご令嬢前での体裁が全て裏目に出るんだな。腹が痛えぜ」
「これで、殉死できなくなりましたー」
ギルバートは棒読みした。
「うつ伏せで棺桶に入るつもりはねえだろ。ズボン破れたって問題ねえ」
「……ですね」
「なんなら、うつ伏せで送ってやってもいいぞ」
「弔いの言葉は『正装、先に死す。身体遅れて後追い』なんて感じで」
「ブッハッ! お前、俺の腹筋に追い撃ちをかけるなよ」
「では、失礼します」
シッシッと笑いながら手払いするロゴスを尻目に、ギルバートは団長室を後にした。
ギルバートは本部屋敷の見回りに向かう。一日の終わりは、本部屋敷の見回りが副団長の役目だから。
二階の団長室を出て、すぐに一階に下りる。本部屋敷の一階は、司令室や作戦室に会議室、医療部屋に食堂、当直室などがある。
当直室に顔を出し、ひと声かけてから再度二階に上がった。二階は、団長室と副団長室、応接室に資料室、療養部屋などがあり、ひと通り見回してから三階に上がった。
三階はほとんど使われていない階である。やんごとなき方々が空挺団に来訪した時用の広い造りをした客間が数室。その一室をサンダリアにあてがった。
一応、二階副団長室の上になる部屋を。何かあったときに、いち早く異変に気づくように……サンダリアの突拍子のない行動を察知できるようにである。
廊下を歩き、空室を開いて異常がないかを確認して回る。
サンダリアの部屋の前で一拍止まり、声かけはせずに過ぎる。また、駄々をこねられては困るからだ。藪蛇というやつはご遠慮したいから。
そうして、二階に下りて自室に入った。
「……はあ」
脱ぎ散らかした破れた正装のお出迎えにため息が出た。
ギルバートは正装を掴み取ると、衣装箱に投げやりに押し込み蓋をした。
「繕いなんてできねえっての」
ボスンとベッドに身体を静める。
天井を眺めながら、制服の襟に指をかける。
自分の指とは違う細くしなやかだった指の感覚を思い出した。
サンダリアがギルバートの詰襟を解いた時、不覚にもドキリと心が波打った。
「柔らけえ感触だったな」
掌を眺める。
記憶に残る感覚。
口元を押さえたときの柔らかさと、細い胴回り。必死だったからこそ、躊躇なくできた行いだった。
なんとなく、熱い。
「……」
急に行水したくなり、バッと起き上がる。
制服から簡易な服に着替えて、ギルバートは屋敷脇にある井戸へ向かった。
ザバーンと頭から井戸水を被る。
「ふぅー」
今日の慌ただしさがスーッと流されていくような気がした。
もう一度浴びて、頭を拭きながら部屋に戻る……途中で気づいた。
「あれ?」
ギルバートは濡れた衣服を見つめる。
「あいつ、身一つだったよな?」と。
サンダリアが何も持っていないことに気づいたわけ。鞄一つも持参せずに、空挺団にやってきたと。
「着替えとか……湯浴みとかって……、いや、今日はもうよそう」
せっかく行水して、今日のあれこれをスッキリさせたばかりなのだ。
「一日ぐらいどおってことねえよな」
そう呟いて、部屋に戻った。
「……」
「……」
二人は見つめ合う。
まさかの、突拍子のない行動を目前にした。
脱ぎ散らかした制服に、サンダリアの手が触れている。
「夜這いか?」
ギルバートは訊いた。
「ううん、こそ泥」
サンダリアが答えた。
「ああん!?」
ギルバートはツカツカとサンダリアに近づいて、睨みを効かせ見下ろした。
「冗談だって」
サンダリアがニッと笑った。
おもむろにズボンのポケットから何やら取り出して、ギルバートに見せる。
四角い箱だ。
マッチ箱のような掌に収まる程度の小箱。
「なんだ?」
「裁縫箱。ほら、さっさと破れた正装出してよ。繕うからさ」
針と糸程度しか入ってなさそうな、携帯用の裁縫箱なのだろう。
「……」
ギルバートは押し黙った。
予想外の展開だったからだ。
「針と糸で繕ってあげるってこと。嫌ならいいけど」
何も反応がないギルバートにムッとしたのか、サンダリアが付け加えた。
「嫌ではない」
ギルバートはさっきしまい込んだ衣装箱を引っ張り出す。
「じゃあ、私の部屋で繕うね。おやすみぃー」
サンダリアが衣装箱を持って部屋を出ようとする。そそくさと。……とんでもなく怪しい。
「おい、待て!」
「ん?」
サンダリアがコテンと小首を傾げた。瞬きが半端ない。目が泳ぎ、一瞬ギルバートの制服に向いた。
そこで、ギルバートは気づいた。
あれが、ないことに。
「こそ泥め」
ギルバートは衣装箱を抱え、両手がふさがったサンダリアの額を軽くペチッと叩いた。
「龍笛だな?」
「バレちゃったか、残念」
ギルバートはサンダリアの首にかかった紐をスーッと引き抜く。龍笛が姿をあらわした。
ギルバートが部屋を留守にした隙を狙ったのだろう。
「油断も隙もねえな」
「いやあ、それほどでも」
「褒めてねえぞ」
「ちぇっ」
ギルバートは衣装箱を取り返す。
「さっさと、戻って寝ろ」
「繕うってば」
サンダリアが衣装箱を奪い返した。胸元にギュッと抱えて、ギルバートを見つめる。
上目遣いのそれに、ギルバートはドキリとした。
「今日、魔力使ってないから、繕って消費するの。じゃなきゃあ……明日起きがけの欠伸一つで、屋敷の全窓ガラスが吹っ飛ぶんだけど、それでいいの?」
「は!?」
ギルバートは驚く。
魔力を繕いで消費する?
やはり、サンダリアの魔力は未知数だ。
本人も含め、ロゴスとあれこれ確認した方がいいだろう。
「だって、起きがけは半無意識領域だから、魔力の調整ができないんだもん」
「……お前、途方もねえな」
「いやあ、それほどでもぉ」
「だから、褒めてねえっての」
「ギルが、起きがけ口元を押さえてくれてもいいんだけど」
「っ!? お前何言ってやがる!」
ギルバートはサンダリアを部屋から追い出す。
サンダリアのそれは、聞きようによっては、朝をともにするってことだ。
「お前、口ぶりに気をつけろよ」
サンダリアにそんな大人の意思がないことぐらいギルバートにはわかっている。
「いいか、他の団員に同じようなことを言うなよ! 命令だ」
「了解でーす」
そんな感じで、ギルバートはサンダリアを部屋まで送った。
眠い目を擦って、身体を起こす。
いつものように、パンッ、と頬を一叩きして目を覚ました。
それが、ギルバートの一日の始まりである。
制服に着替え、龍笛を腰に装着する。
「……こそ泥は、起きてるか?」
ギルバートは天井を見上げた。
と、その時だ。
ダッダッダッダッダッ
階段を駆け上る足音で、ギルバートはすぐに部屋の扉を開ける。
斜向かいの団長室も扉が開いた。
当直団員の一人が廊下を走ってくる。
「何があった!?」
ロゴスが先んじて訊く。
「サンダリア嬢が!」
「チッ、なにしでかしやがったんだ!?」
ギルバートは口にしながら、階段へと駆けていた。もちろん、ロゴスも。
三階に上りかけたところで、当直団員が声を上げる。
「外です! あ、いえ、三階以上です!」
「何を言っている!?」
「本部屋敷の屋根で、たぶん『寝ています』」
「「はあっ!?」」
ギルバートとロゴスの反応が重なった。
ということで、いったん外に出た。
当直団員らが屋根を見上げている。
寄宿舎の方の団員らは、まだ起きていない。
当直団員が、朝食を作り終えた後に起こす決まりになっている。
その当直団員が、朝食準備で水汲みをした際に気づいたという。朝陽が屋根を照らし、そこに寝転がっている存在を。
「サンダリア嬢に間違いないと思います」
部屋の窓が開いていて、その窓脇には煙突点検用の外梯子がある。
それを伝って上ったのだろう。
「ああ。こちらで対処するから、朝食作りに戻ってくれ」
ロゴスが当直団員に指示した。
団員らがはけた後、ロゴスがギルバートの肩に手を置く。
「頼むぞ、お守り役」
「わかりました!」
ギルバートは屋根を見ながら、憮然と答えた。
「任せた。野生を手懐けるのは難しいもんだな。じゃあ、俺は顔洗ってくる」
ロゴスが屋敷脇の井戸に向かう。
「部屋に入る許可はくれますよね?」
ギルバートは一応確認した。
令嬢の部屋に入る許可を。
「ああ、もちろんだ。ゲンコツまでなら許す」
「じゃあ、何が許されないんです?」
「目覚めのチュウ」
「俺は王子様じゃないっすよ」
ギルバートはそっぽを向いて言い、そのまま、ズンズンと屋敷に戻った。
階段を一足飛びに駆け上る。
一気に三階のサンダリアの部屋にたどり着き、蹴破る寸前で止めてドアノブに手をかける。
カチャ
「チッ、なんで鍵かけてねえんだよ」
客間は内側からなら鍵がかけられる仕様だ。
普通、女性一人で寝入るなら鍵をかけるものであろう。
ギルバートは扉を開けた。
「っ!」
ギルバートの正装がテーブルに綺麗に置かれている。
繕っただけでない。一から仕立て直したとわかる正装が。
ギルバートは、思わず感嘆した。
だが、すぐに別の存在に意識が向かう。
テーブルには他に見たことのない小箱が並んでいた。いや、正確に言えばその内の一つは昨日目にした。
「裁縫箱……他はなんだ?」
手を伸ばしかけるが、ギュッと閉じた。令嬢の物に勝手に触れるなどしてはならない行いだから。
そこでやっと、本来の目的に意識を戻す。
迷いなく窓に向かった。
手すりから身を乗り出して、梯子に足をかける。こんなことを怖がらずに令嬢がするとは驚きである。
ギルバートは梯子を伝い屋根に上った。
傾斜屋根の中腹で、サンダリアが寝転がっている。近くまでいくと、サンダリアのブーツをトントンと足先で突いた。
「起きろ、サン」
「……ん」
起きない。
「おい、起きろ。ゲンコツお見舞いするぞ」
「ぅ……んっ」
まだ起きない。
ギルバートは仕方なくしゃがんだ。
「あー……、その……正装の仕立て直しを見た。感謝する。それから、空挺団はずっと魔力持ちを望んでいた。初見のあれこれは謝る。だから、入団を歓迎する。……なあ、そろそろ起きろよ」
ギルバートはサンダリアが寝ている隙を使って口にした。
そよ風がサンダリアの下ろした髪を揺らしている。昨日のポニーテールとは違った印象だ。
サンダリアの顔にかかった髪をそっと分け、『目覚めの口づけが必要か?』と囁く。
雰囲気にのまれたのかもしれない。
陽がさす屋根の上、そよ風、眠り姫と二人だけの空間。丹精込めて仕立て直された正装を見た後じゃあ、そういう穏やかな高揚だってあるだろう。
「なーんて、な」
ギルバートはサンダリアの額をペチンと少し強めに叩いた。
「ぅうんっ、ふぁ」
ガタガタガタガタ
サンダリアの口が薄く開くと同時に、屋根瓦が振動する。
「え!? な、なんだ……あっ」
脳裏に浮かんだのは、昨夜のこと。
『明日起きがけの欠伸一つで、屋敷の全窓ガラスが吹っ飛ぶんだけど、それでいいの?』
ギルバートは咄嗟にサンダリアの口元を手で押さえた。
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