25.私のもの
独房での用事を終えた私たちは、マリーアの遺体と遺髪を入れた麻袋を看守に渡して部屋へ戻った。
途中で私の声が聞こえなくなったからか看守は不思議そうに首を傾げていたけれど、後処理を引き受けて私たちを帰してくれた。
持ってきていた麻袋を手放したソニアは身軽そうで、私の幻術で隠されている名無しの少女はおっかなびっくりだ。やがて城内に入るとその様子は余計に激しくなって、徐々に挙動不審になってきていた。
本当はそのまま部屋に戻るつもりだったのだけど、一週間身を清めてもいない少女をあの部屋に上げるわけにもいかない。私付きのメイドたちに連絡して、まずは浴室へ向かうことにした。
「きゃー、かーわーいーいー!」
「ちょっと汚いけど、お人形さんみたい。綺麗にしたら映えそうじゃない」
「はーい、じっとしててねー。綺麗に洗ってあげるから」
「あわ、あわわわっ」
メイド、暴走。
主がどこからともなく連れてきた美少女を見て新しいおもちゃの如く舞い上がり、手入れが一切されていないその姿を見てお世話欲が爆発している。
このメイドたち、優秀だけど癖が強いのだ。私のことを好いている割に遠巻きにしがちだし、自分たちを差し置いて私に可愛がられている存在のことは一緒になって可愛がるし。それでいいのかあなたたち。もっと寵愛とか欲しがるものじゃないのか。
私にとっては微笑ましい光景なんだけど、これまでそんな経験は一切ない少女にとってはどう対応していいものかわからないのだろう。焦った様子で私に視線を向けてくるのみ。
ちなみにこうなったメイドたちは私にも止められない。なるべく微笑んで断った私を見て、少女は絶望したような表情のまま泡に溺れていった。
「姫様、この子、お名前はなんていうんですか?」
「わからないの。本人も覚えていないようだから、新しくつけてあげるつもりよ」
「この子はどこから拾ってこられたのですか?」
「王都の路地裏。並外れた魔力を持った孤児がいたと言って、リーシェが拾ってきたの」
一方で私も別のメイドたちにいつも通りお世話されているから、そちらからは少女についての質問が飛んでくる。まさか本当のことはいえないから、予定通りの擬装で答える。
さっき身代わりにしたマリーアの遺体は、リーシェに命じて拾ってきてもらったものだ。ついでに先んじて口裏合わせをしてあって、この少女を助けたことをリーシェはもう知っている。
何やら思うところはありそうだったが、悪いものではなさそうだったから問題ないだろう。
しばらくメイドたちにじゃれ回されていた少女だったけど、しばらくするとその場では満足されたようで解放された。泣き笑いのような顔で私にひっついてくる姿は、ずいぶんと新鮮でつい和んでしまう。
私の周囲はこういう猫可愛がりじみたじゃれ合いや軽い弄り合いに慣れた人しかいなかったから、狙い以上の反応を返す姿は眩しいくらいだ。立場もあってか私に遠慮なく触れてくるのは甘えモードのソニアくらいだから、それも少しこそばゆい。すごく可愛いし、悪い気はしないけどね。
ここ数年で一度しかお風呂に入っていなかったという体(自己申告だ。それを聞いたソニアは思わず「そんな体で殿下に触れてはなりません」と叱りつけていたけど、悪気はないだろうし私は気にしていない)を魔術まで活用して徹底的に丸洗いされた彼女は、元の薄汚れたストリートチルドレンから随分と見違えた。
わかってはいたけど、かなりの美少女だった。これまで荒れていた分を埋め合わせるくらい念入りに手入れされた髪は、くすんだ薄黄から輝くようなブロンドへ。ぼろぼろだった肌もケアの甲斐あってもちもちになったし、目の下のクマは独房生活でちゃんと寝たからか薄れつつある。
……しかし、よくもまああの姿を王宮のメイドに紛れさせて通ると思ったね、暗殺者さんたち。
お風呂から上がって、改めて私の部屋へ。体に残っている傷や首輪の痕を聖術で消して、爪も整えてメイド用のエプロンドレス(先日コスプレ用に私が着たものだ。新品だったし、サイズが合ったからついでに押し付けた)を着せてやればできあがり。
あのスラムにいそうな孤児はどこへやら、そこには私付きのメイドですと紹介しても通りそうな少女が存在していた。……体つきは華奢を通り過ぎて少しばかり貧相だけど、こればかりは少しずつ適正に戻していくしかないだろう。
「そういえば姫様、この子の名前はもう決めておられるんです?」
ひととおりの仕立てが終わって、満を持してといった様子でメイドたちが聞いてくる。自分たちの新しいおもちゃ……もとい、妹分となるだろう幼女を前にして、いてもたってもいられないのだろう。
自分からは訊けないながらも気になる様子でちらちら窺ってくるこの少女の名前は、もちろんもう決まっている。……といっても、私が考えたものではないけれど。
「ええ。……ミア、なんてどうかしら」
わっ、とメイドたちが沸いた。どうやら彼女たちのお眼鏡には適ったようだ。
「よかったね、ミア」だとか「いいなあ、私も姫様に名前をいただきたいです」だとか、当事者よりも盛り上がっている。
……心なしか、彼女たちを見るソニアの目が冷たい。あなたには両親から貰った名前があるでしょうに。
当人は呆然とした様子で私を見ていたが、やがて胸の前に手を当てて、ミア、と嬉しそうに繰り返した。
「このあたりではあまり多くない名前ですけど、どんな意味なのですか?」
「大陸の古い言葉で、“天からの贈り物”という意味があるそうよ。ちょうどいいと思ったの」
メイドたちから、きゃあ、とか黄色い声が漏れた。そういう声は男の人の前で出すべきだと思うんだけど……。
もちろん、マリーアと似た響きを残したいという意図もあった。ろくでもない人物だったとしても、生みの両親がつけた名前には違いないのだ。それを捨てさせた以上、私にも相応の命名責任がある。
ミアはまた放心してしまっていて、しかも今度は目尻に涙が浮かんでいた。追い討ちのようになってしまって心苦しいところだけど、私はそこに「それと、」と続ける。
「遠い国の言葉で、“私のもの”という意味もあるんですって」
「ひめ、さま……っ」
今度こそ、ミアは涙を零した。
遠い国というのは異世界で、もっと言えば地球はイタリアのことなんだけど……まあいいだろう。調べて出てこなかったとしても、本人に伝わっていればそれでいい。
マリーアは泣き止みもしないまま座らされていた椅子から立ち上がって、向かいに座っていた私のもとまでふらふらと歩いてくる。そのまま目の前で跪いてみせると、私が止める間もなくこう言ってくれた。
「わた、しは……わたしは、何もできなくて、今は手のかかるだけの子どもかもしれませんけど。でも、精いっぱい努力して、いつかはお役に立って見せますっ。だからそれまで……待っていて、くれますか?」
……不覚にも、私の目も潤んでしまった。もう、今の時点でも嬉しくて仕方がない。それだけの気持ちを向けてくれるのなら、それだけで充分なくらいだ。
だけどもちろん、彼女がそう思ってくれるなら私は応援したい。私はミアの将来を少しだけ知っているけど、彼女がそうなっていく姿を傍で見ていたいのだ。
「もちろんよ。拾ってよかったと心から私に思わせてくれる日を、ずっと待っているわ」
だから、ちょっと気取ってそう返した。そんなこと、とっくに思っているのに。
するとミアは頷いて、さらに続けた。
「はいっ! きっと、お役に立ってみせますから、ご主人様!」
彼女はその後の半生を自ら決定づける誓いを立てて、新たな敬称とともに私へ……王女アメリアへと捧げた。
満面の笑みを浮かべてみせたミアの頬には涙の筋こそ残っていたものの、徐々に薄れていた。名前と居場所を得て生まれ変わった少女は、もう泣いていない。
それが後に救国の勇者アレクシスを支えることとなるかもしれない、聖女ミアのはじまりだった。
ミア「ご主人様、まずは何をすれば……」
アメリア「お勉強から始めましょうか。私の従者だもの、読み書き計算くらいはできなきゃね」
次回で第一章完結となります。皆様、どうか明日までお付き合いください。
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