24.マリーア
わたしは、借金のカタとして両親に売られました。
ある日の朝にいきなりそれを伝えられて、その日のうちに怖い人たちに引き渡されました。その人たちが暗殺教団だと知ったのは、アジトの部屋に繋がれてからでした。
引渡しの時に両親は泣いていましたけど……たぶん、ろくでもないひとたちだったんでしょうね。そうでなきゃ、値段だけをあてにして暗殺教団に子どもを売ったりなんてしないでしょうから。
そこでの生活は……ひどいものだったんだと思います。ご飯は二日に一度で、あとは干し芋やかぼちゃの茎でしたし、ずっと首輪をはめられていて、用がなければ部屋からも出られなかったですし。
そこで飼われていて、ときどき暗殺者としての技を教え込まれる。そんな生活が何年か続いて……それより前のことは、いつの間にか忘れていました。
そこには他の子どもたちもいて、みんなひどい顔をしていました。きっとわたしと同じような扱いをされていたんだと思います。
なんであんなにたくさんいたのかはずっと気になっていたんですけど……この間わかりました。わたしみたいに、必要な時に使い捨てるためだったんだと思います。
ずっとお腹が空いていて、大人のひとに殴られたところが痛くて、叱られたくなくて必死に教わったことを練習して……そんな生活が続いていたある日、組織の上のひとに呼ばれました。
そこで言われたんです。───アズレイアの王家を殺す。そこにお前も連れていく。……もし上手くできたなら、その時はお前を一人前の暗殺者として認めてやる、って。
たまに部屋から子どもが減っていることは知っていましたが、わたしはチャンスだと思いました。
うまくいけば、今の生活から解放されるかもしれない。……うまくいかなくても、あの地獄のような生活は終わるかもしれない。
だからわたしはついてきて、首輪を外されて……それから聞いた話とわたしの役目で、自分が捨て駒だと知りました。
彼らがいつも使っていて、わたしも教えこまれた毒が、わたしが担当する王女さまには効かないって聞いたから。わたしで王女さまの時間を稼いで、王さまや他のひとたちを殺して逃げるんだろうな、って。
…………さすがに、自分の体に自爆魔術が仕込まれているなんて、知りませんでしたけど。
思った通りわたしはうまくいかなくて、それから自分の体が破裂するような感覚がわかって。わたしはそこで死ぬんだってわかりました。それも苦しい死に方で、ほかのひとを巻き込んで……。
でも。でも、王女さまは、それを止めてくれました。わたしはひどい死に方をしなくて済んで、しかも誰も殺さずにすみました。
それから、ここに連れてこられて。でも、王女さまがわたしの処分を止めてくれていると聞いて。それから何日か、わたしはそれまで想像もしていなかったようないい思いをさせてもらいました。
同じ部屋にいた子どもたちに話したら、殴られてしまうくらい羨ましがられるような生活をさせてもらいました。王女さまの意図がそこになかったとしても、です。
でも、わたしは王女さまを殺そうとしました。この国のために、死ななきゃいけないのはわかっています。覚悟も……ちゃんと、しました。
だけど……もし、叶うのなら。楽な死に方をさせていただけませんか。
もう、苦しい思いはしたくないから。
◆◇◆◇◆
そう告げて、マリーアは私を見上げた。
その瞳は揺れている。その体は震えている。本人が気づいていないだけで、彼女は自分が死ぬことを認めていない。死んでいいなんて思っていない。
でも、マリーアは私を殺そうとした。王女として、王国として、彼女を見逃してはならない。
「ソニア」
「はい」
「私がやるわ」
「……はい」
そう告げると、ソニアはナイフを差し出してくれた。私はそれを受け取って抜き放ち、鞘を横に置く。
そのまま、マリーアの肩を抱き寄せた。マリーアはびくりと震えて、反射的に逃げようとして……すぐに落ち着いた。
そのまま、目を瞑る気配。自分の首の後ろに、抜き身のナイフがあることをわかっているのだろう。
「動かないで」
「……ありがとうございます」
「マリーア……」
「ありがとう、ございました」
私が無詠唱で与えた聖術がわかったのだろう。私の腕の中で感謝を述べて、その言葉を包含した過去形に言い直すマリーア。
私はそんな彼女の健気さに微笑んで、ナイフを立て───
───さくり。
「……え?」
当惑した声が、私の腕の中から聞こえた。
「ソニア、これを」
「はい」
私が差し出したモノをソニアは受け取って、用意してあった紐で束ねた。
それきり離れていき、ついには鞘へ戻ってしまったナイフに何も言えないのは、たった今その無造作に伸びた金髪を失った少女。
たった今までマリーアだった少女だ。
「ねえ、あなた」
「は、はいっ」
「生まれ変わる気はないかしら?」
私は幻術を解いて、対象を変えて掛け直した。
ソニアの足元に、おおよそ私やソニアと同じくらいの大きさの麻袋が現れた。
つまりこういうことだ。
たった今、マリーアは処分された。麻袋に詰められて、あとは燃やされるのみだ。
この独房には四つの存在がある。私と、ソニアと、処分されたマリーアと、全く無関係の名無しの少女だ。
「だから、あなたはマリーアではない。たまたま……そうね、どことも知れぬ場所で私が拾った、名前すらない可哀想な孤児」
「……」
「マリーアは処分したから、ここでの要件は終わり。あなたは私の拾い物として、私についてくるの」
少女は、絶句していた。
突然自分のものでない死体が現れたからだろうか。清廉そうな王女が薄汚れた孤児を拾ったからだろうか。それとも、自分が死んでいないからだろうか。
「……その、それは」
「マリーアよ」
「いえ、そうではなくて……」
「正確には、昨日スラムの路地裏で死んでいた孤児の遺体ね。そのまま腐って悪臭になるはずだったところを、私の従者が拾ってきたの。……既に聖術で弔ってあるから、今は抜け殻だけど」
なんとか声を取り戻した少女は口をぱくぱくとさせて聞いてくるけど、そんなことは言うまでもない。私が飄々と答えると、やがて彼女はおそるおそる口を開いた。
「……わたしを、助けてくれるんですか…………?」
「そうよ。私が欲しくなったから、ちょっと工作をしたの。……嫌だったら、やめるけれど」
少女は驚いたように固まって、やがて瞳に涙をためて、私に縋り付くように肩を掴んで……。
そして、本音を吐いてくれた。
「ありがとう、ございます……っ、わたし、わたしっ、ほんとは、死にたくなんて、なくてっ」
「……やっと言ってくれた。でも、これからあなたは私のものよ。あなたに自由はない」
「はいっ、わかってますっ……」
言質も取った。これで私は彼女の全てを握ったといってもいいだろう。
泣きじゃくる少女を抱き締めながら、私は安堵を覚えていた。
実は彼女こそが、私の掲げた目的のもうひとつ。私がどうしても抱え込みたかった人材に違いなかったのだ。
私の知る通りならこの少女は、将来歴史に名を刻むほどの功績を残すことになる。だからこの子を死なせるわけにはいかなかった。
『セイクリッド・サーガ』ではこの頃のアメリアは女王だったからある程度融通が利いたけど、私は今も変わらず王女のまま。少しだけ小細工をする必要があったのだ。
ともかく、目的は満たした。あとはこの手を離さないだけだ。
「それじゃあ、場所を変えましょう。もうマリーアはいないのだから、いつまでも独房にいる理由はないわ」




