23.地下独房の少女
アズレイア城には地下牢がある。通常の牢屋とは別の、特殊な事情が絡んだ咎人を収容するものだ。
例えば、先日の暗殺者たち。王家直々の、処刑ですらない処分を行うため、彼らは罪人としての裁きを受けなかった。ちょっと外には漏らしたくない方法を使って処分を行ったそうだ。
例えば、これも先日の宰相父子。大逆罪の適用者として王家が目を離さないための措置だった。もっとも彼らについては、むしろ地下牢のほうがましな扱いだっただろう。
そんな事情があって数日前はいつになく賑わった地下牢だったけど、今はほとんど空になっている。もっとも、本来ここは無人であることが普通だ。
しかし地下牢は空でありながら、地下に収容者がいないわけではなかった。
「恐れながら第一王女殿下、さすがに暗殺者と二人きりというのは……」
「二人ではありませんよ。ソニアは傍に置いておきます」
「ですが……」
「彼女のことは、現に一度ソニアと私で制圧しています。私はあの時よりも万全の状態ですから、万に一つも遅れを取ることはありません」
心配そうに縋ってくる獄吏を一蹴する。彼は本気で心配してくれているのだろうけど、ここを譲るわけにはいかないのだ。
何も言わずついてきてくれるソニアに感謝しつつ、扉の前に到着した私は言い切った。
「彼女は私が処分すべきだと判断した。それだけのことです」
「だと致しましても、私が同席することは」
「なりません。自分を殺そうとした相手との決着は自分でつけます」
「…………承知致しました。せめて、扉の前でお待ち致します」
「ええ。それで構いませんよ」
権力で無理やり押し切った形になってしまったけど、それは仕方ないだろう。実際のところ、私がやっていることは前例もなければただ危険なだけの行為だ。
なんとか折れてくれた獄吏に心の中でだけ詫びて、私は扉に鍵を差し込んだ。
アズレイア城地下牢、最奥の独房。本来は大罪を犯した貴人のために使われる隔絶された空間に、彼女は閉じ込められていた。
扉を引くと、奥から怯えたような気配が伝わってきた。私はそれを意に介さず、ソニアを連れて室内へ入る。獄吏は入口を守るように立つばかりで、こちらを覗いていないようだ。
室内は殺風景なものだけど、一応部屋としては成立していた。本当に鉄格子しかない外の地下牢と違って、ちゃんと寝具がある。室内にお手洗もある。さすがに身を清める手段はないけれど、室内で過ごすにあたって不快になるようなものもなかった。
そんな部屋の中に、少女がひとり。
マリーア。この部屋に一週間にわたって監禁され、今も古く小さいベッドに座っている人物の名である。
「……王女、様?」
「ええ。少し待たせてしまったわね」
「いえ、そんなこと……」
果たして暗殺者マリーアは、案外柔らかい表情で私へ向き直った。私は彼女にとって殺されてくれず自分を捕まえた暗殺対象だったはずだけど、恨まれてはいないようだ。
睨みつけられたりするとは思っていなかったけど、ここまで歓迎しているような様子を見せられると少し困惑してしまう。
育ち盛りの子供が一週間も狭い空間にいるのに、憔悴すらしていない。薄々察してはいたけれど、問うてみた。
「ここの居心地はどうかしら?」
「居心地、ですか……」
手で断りながら、彼女の横に腰掛ける。妙な魔術や毒が室内にないのは確認済だ。王女がそんなところに座ると思っていなかったのか、マリーアが小さく目をみはる。
やがて少し長い話になると察したのだろう、彼女は居住まいを正してこちらへ向き直った。
「正直にいいますと、凄くよかったです」
「…………そうなの?」
驚き気味に首を傾げてみたけど、実は予想通りだ。暗殺教団に拾われた子供がまともな扱いを受けられるかというと、ね。
独房生活に満足すらしている様子のマリーアは、私の疑問符に頷いてみせた。
服に隠れてこそいるものの、あばらが浮き出ていそうなほど痩せ細った体。襟や袖から覗く痣らしき痕。元々ろくに手入れされていなかった様子の、応急処置の跡が見える荒れ放題の肌や髪。
「これまでは二日に一度あればいい方だったちゃんとしたご飯が毎日、それも二回もいただけますし……こんなに柔らかいものの上で眠ったのなんて久しぶりで……」
「……それが普通なのよ。私たちの世界では」
「そう、だったんですね……」
マリーアは暗殺教団の奴隷だった。それはメイド変装のため急遽外されたらしき首輪の痕を見ればわかる。だから彼女が今話したような仕打ちも、誰も咎めない。
この国では禁止されている奴隷制度だけど、その有無も扱いも国によってまちまちだ。完全に禁止している大国は大陸ではアズレイアだけで、北の連邦なんかは奴隷を家畜同然の扱いをすることを表立って認めている。
西の共和国は表向きは奴隷制度はないとしているけれど、事実上の奴隷である被差別階級がある。少数部族や罪人の家族、貴族の怒りを買った者などからなるその階級の扱いは、連邦の奴隷に対する扱いとほとんど変わらない。
アズレイアと同盟関係にある南の帝国にも、奴隷制度は存在している。もっともこちらは古代ローマにあったような職業奴隷に近く、自由がない以外は人間として扱われるものだ。
ロートゲシェントは国籍を持たない組織だけど、奴隷の扱いは連邦のそれに近いようだ。イメージ通りというか、なんというか。
「……殿下」
「ソニア……ありがとう、少し取り乱してしまったわね」
その──地球やアズレイアの基準では──残虐非道な仕打ちを、私はどうやら想像しすぎていたようだ。ソニアは気を引くためか、爪が食いこんでいた掌を開き両手で握り込んでくれた。
今はそれを悼む時ではない。他のやるべきことを優先しなければ。
「……マリーア。この外にいた暗殺者たちは、先日処分されたわ」
「……はい。次は私の番、なんですよね」
マリーアは静かに頷いた。自分の死を前にした異様なほどの落ち着きように、どうにも胸がむしゃくしゃする。
今世の私は自分のことではあまり感情が悪化しないけれど、どうやら他人への共感は人一倍にできるようだ。
本来そこに入るべき宰相がただの地下牢へ入れられて、代わりにマリーアが独房へ入ったのは、私がそう伝えたからだ。
元々ロートゲシェントの奴隷だったマリーアを、その暗殺者たちと同じ牢へ入れればどうなるか。それは誰にでも想像がつくのだろう。状況から見ても悪質性は薄いということで、マリーアは情状酌量を与えられたのだ。
……未遂の上に情状酌量まで与えられてなお、死刑ですらない処分となるのが王族の暗殺なんだけどね。
「先に、正直に聞かせてもらえるかしら。あなたは、今回の件のことをどう思っているの?」
「……はい」
全て、お話しますね。
そう前置きして、マリーアはひとつ深呼吸をした。
最終局面。
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