22.顛末
「殿下」
後日、イザールは思い詰めたような顔でその顔を向けてきた。
辞表でも叩きつけてきそうな様子だったから少し身構えたんだけど、よく考えたらこの男に限ってそれだけは有り得ない。内心で深呼吸してから続きを促すと、こんなことを言い出す。
「お聞きしたいことがあります」
「何かしら」
「生誕祭の夜、なぜ私は殿下の護衛を外されたのでしょうか」
……圧が強い。顔が怖い。あとちょっと近い。
確かにあの日は意図的に遠ざけていたけど、そんなに気にしていたのか。こうなってくると少しだけ怖いというか、なんというか。
「あなたの護衛能力を疑ったからではないわ。その実力はわかっていたからシャルにつけたのだし、現によくやってくれた」
「では、なぜ配置換えを」
「イザール。あなた、腹芸はできる?」
あれだけ息せき切っていたイザールが押し黙ってしまった。……うん。苦手な自覚はあるんだね。君、とにかくまっすぐだものね。
イザールの猪突猛進さは美点にもなりうるが、あの時のような複雑な事情がある時は厄介だ。大根を通り越して、演技を試みることすら難しいからなおさら。
あの日の私はわざと毒を飲んで倒れたり、メイドの振りをして暗殺者がいるとわかっている部屋へ乗り込んだりと、まあそれなりに危険な行動を立て続けに行った。
臨時の護衛にもお芝居こそさせなかったものの、私がそんなことをしていると知りながら平然と部屋を守り続けることくらいは要求していた。……これがイザールには難しい。
「苦手なことを無理にやれとは言わないわ。だけど、私が一芝居打つ時に邪魔になられては困るの。だからそういう時には、あなたには違う場所にいてもらうこともある」
「…………そう、ですか」
「ええ。決してあなたの力を疑ってのことではないから、安心して」
……だから、その。そんな捨てられそうになった子犬みたいな表情で意気消沈されると、さすがに私としても罪悪感というものが、ですね。
……ごめんってば。
諸々の詳しい顛末は、私は後で聞いた。
遅延性の解毒と自爆阻止、顔を誤魔化した幻術にサロン全体へ作用させた聖術と、いつになく魔術を実用したからだろう。私は思いのほか精神的に疲れていたようで、ことが収まってすぐにふらついたところを見咎められたのだ。すぐに支度の上で自室へ送り返されて、大人たちが動いているのをよそに寝かされてしまっていた。
だからここからは子供向けにある程度甘い表現で伝えられて、私が想像で補強したものだ。事実とは少し齟齬があるかもしれないけど、仕方ないだろう。
私をメイドに任せて部屋に返した父様は、その場でヨーゼフ様に宰相邸確保の密命を下した。ヨーゼフ様はイザールに王城の守護を任せて、私が事前に「何が起きても対応できるように」と言い含めておいた騎士たちを連れてすぐに出立。
闇夜に紛れた近衛騎士団の精鋭部隊は宰相邸から逃げるところだった暗殺教団を片っ端から昏倒させ、わけもわからないままの宰相家を制圧した。
宰相邸にあった証拠を押収して走査すると、さらに水面下で支援や賛同を行っていた家がいくつか発覚。これにもすぐにガサ入れが入って、芋づる式に数家の反逆が表沙汰になった。ついでに彼らの汚職も晒された。
この二次的な捜査は翌昼に行われたため、このタイミングで王都の民にも何かが起こっていることが露見した。これに対して国は捜査の完了を待って公表したんだけど……ここからが大変だった。
王家への好感度が高すぎる王都民たちは忠臣であったはずの宰相の裏切りに王家以上に激怒して、極刑ですら生温いと言い出したのだ。
ほぼ計画通りに鎮圧できていた父様はこれに困惑した。やんわりと教えられた私も頭を抱えた。民からの忠誠が厚いのはいいことだけど、ここまでくるとさすがに望ましい傾向ではなかったからだ。
謀反に厳しく当たるのは常識とはいえ、人道からあまりにも離れすぎた刑罰を与えると恐怖政治じみてきてしまう。諸説ある明智光秀の裏切りの理由の候補にもそれが挙げられることがあるあたりを鑑みても、よろしいとはいえない。
この件は結局、私は独断でその王家好感度を利用した荒業を採った。私が市井へ遊覧に向かう際、それとなく残虐なことを望まないという態度を覗かせたのだ。
これを聞いた市民たちが多少沈静化したため、宰相父子の処遇は市中引き回しの上での公開処刑と決まった。石を投げられたり罵声を浴びせられたりはしたようだけど、そのくらいなら常軌を逸しているわけではない。
首を落とす様に市民が盛り上がる様子にしても、この世界では普通なのだ。ここは日本ではない。……私自身この国で13年間を生きているからだろうか、あまり嫌な感情は抱かなかった。
他の反逆罪を暴かれた貴族当主たちは単に処刑されて、宰相家を含む各家は取り潰しとなった。氏族の人間は貴族位と財産を剥奪され、無一文の平民として辺境へ送られるそうだ。
見せしめと踏み絵も兼ねて厳しい扱いをされるだろうから、彼らの中には逃げ出す者も現れるだろう。父様は「それならそれで構わない」と言っていたが。
使用人や従者たちは精査の上、問題なさそうな者のみが他家への再就職が認められた。嫁いでその家に入った女性たちはこちらも捜査と素行調査が行われ、通った者は希望すれば元の家への出戻りが許されたそうだ。
……そんな形で経歴に傷がついた貴族令嬢にそうそう貰い手はつかないだろうし、そちらで子供を産んでいた場合は連れ帰ることは許されなかったから、自ら辺境へ向かった人もいたようだけど。
一方で捕らえたロートゲシェントの暗殺者たちについては、秘密裏に尋問をした後処分されたと聞いた。これまで誰も尻尾を掴めなかった暗殺教団の実行者を捕まえたということもあって、それなりに得られた情報は多かったようだ。
ロートゲシェントは『セイクリッド・サーガ』本編中では目立った動きを見せなかったけれど、ところどころに影響らしき示唆は見え隠れしていた。本来得られないはずだった奴らの尻尾を手に入れたことで、何かが変わっていくかもしれない。
そして最後に、マリーア。彼女はどうやら他の暗殺者とは様子が違うということで、囚人に対しての最低限の扱いをした上で様子を見られていた。
処分を待つばかりの暗殺者とは思えない礼儀正しい態度で、獄吏に驚かれるとともに違和感を抱かれているそうだ。
これを求めたのは、何を隠そう私だった。王女を手にかけようとした罪で処分されそうになっていたところを止めたのだ。当の王女に止められては無視することはできず、私の要望でひとまず他の事後処理が全て終わるまで待たせていた。
絶対に間違ってはならない重要な選択だったから、念入りに言い含めておいたのだ。自分を殺そうとした罪人を気にかける王女に懐疑的な者もいたけれど、今回ばかりは無視して押し切った。
理由は単純だ。彼女が、私にとって見覚えのある人物だったからである。
アメリア「さて、私も後処理に入りましょうか」
勘のいい読者様ならもう察しがついておられるかも?
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