21.答え合わせ
部屋の中央で魔力をばら撒いた少女は、幻術を解いてホワイトブリムを近くの椅子に放り投げた。長い銀髪はそのままに、平凡なものだった顔は絶世の美少女のそれに変貌する。
それはさながら、王都の若手画家が売りに出した絵画の人物のような。
「お父様、済みましたよ」
「……ああ。よくやった」
一瞬だが気を失っていた父様は、肩を掴んで軽く揺すると起きてくれた。毒の成分による悪酔いなどはないようだ。
母様と兄様は元々気絶していなかったから、毒が抜けてすぐに立ち上がる。これでもう、暗殺者たちが何もしなかった状態に元通りだ。
「あまり似合ってはいないけれど……メイド服も可愛いよ、アメリア」
「ありがとうございます、兄様」
───そう。私は今、王城支給のメイド服に身を包んでいた。
◆◇◆◇◆
いくつか種明かしをしよう。
誕生祭の祝宴の最中で、私は食事に毒を盛られた。
受け取った皿とフォークに薄く塗られていたのだ。気付かれさえしなければ、私にも毒は通用すると彼らは思ったのだろう。
私は残念ながら一目で気付いて、しかしそのまま口に運んだ。
そして倒れる前に遅延性の聖術を用意しておいて、早く目覚めるよう計らったのだ。
「……どうして」
私に非致死性の弱毒を持ったメイド、マリーアは呆然と呟いた。
彼女は何も知らないのだろう。自分を送り込んだ暗殺教団から、私に飲ませろと言われて毒を持たされただけかもしれない。
「私にはわかっていたの。全部」
「ぜんぶ……?」
「そう。体に入った毒の強さも、あなたに仕込まれた自爆魔術のことも、全部よ」
マリーアはすくみ上がった。瞳に浮かび上がったのは、これ以上なく明確な絶望。
……もしかしたら、自分が爆弾にされていたことを知らなかったのかもしれない。私の足止めさえしてしまえば、それからは好きに生きていいとか、そのくらいのことは言われていたのかも。
解放されたと思っていたら実は捨て駒にされていて、しかも自爆させられるところだった……なんて、13歳そこらの子供にとってはそれこそ悪い冗談だ。
呆然としたマリーアは何をすることもなく私に抱き締められたまま、忍び寄っていたソニアに取り押さえられた。自分が締め上げられているとわかっても抵抗ひとつしなかった。
その自爆魔術を私が解除したことを伝えた時の、涙が出そうなほど安堵した表情が印象的だった。逮捕された瞬間の人間がこんな表情を浮かべられるとは、私は思っていなかったのだ。
その自爆魔術は、禁術と呼ばれるもののひとつだった。
術者の持つ魔力を完全に解放し、普段はそれを制御している部分を逆向きに動かして暴発させる。そうすると噴き出した魔力は無作為に広がり、術者の体ごと周囲を破壊するのだ。
使えば死ぬから捨て身の最後っ屁にしかならないし、付与魔術として他人に仕込んで使わせるのはあまりにも人道に反している。当然の帰結で禁術に指定され、名前すら消された魔術だけど……実のところ、発動そのものはさほど難しくない。人道などという言葉から最も程遠い暗殺者ならば、使ってきてもおかしくないだろうと私は予想していた。
しかしこの自爆魔術、実は対処法がある。それが《反射増幅》だ。
《反射増幅》は本来、体内で魔力を反射させることによって増幅させ、より強力な魔術を使うための下準備とする補助系統の光魔術。しかしこれはあまり知られていないんだけど、実は他人に付与することができる。
これを術者に付与することで暴発するはずだった魔力は内部に押し留められる。あとはこの《反射増幅》の増幅率をマイナスにしてやることで、魔力は元通りに霧散するのだ。
そんな具合のことを今頃、ソニアはマリーアへ教えているところだろうか。
あっさり拘束されたマリーアをソニアに任せて、私は予定通りの行動に出た。
ちょうど部屋を訪れたメイドに手伝ってもらって、王女の室内着から少女メイド用のエプロンドレスに着替える。そして自分に幻術を掛けて顔を誤魔化し、一介の召使いに扮してサロンへ忍び込んだのだ。
果たしてその作戦は上手くいって、紛れていた暗殺者は私に気付かなかった。まさか室内に憎き聖女がいるとは思わないまま王に毒を撃って、逃げ帰ろうとしたところを私と一緒に部屋の外まで来ていたヨーゼフ様に取り押さえられた。
あとは私が変装をやめて、毒が回る前に聖術で治癒すればよし。周辺を嗅ぎ回られていることを察して慎重を期した暗殺者たちの行動は、娘に一芝居打たせたアズレイア王の掌の上だったというわけである。
「───こんなところです。ご理解いただけましたか、レーガー侯爵?」
私は大体そのような流れのことを、首謀者であるレーガー宰相父子に話した。
場所は第二王女の私室。さっきまで二人に捕まって家族の死を吹き込まれていたシャルは、半泣きで私にくっついている。さぞ怖い思いをしたことだろう、彼女にとって家族の死は重いトラウマだからなおさらだ。
彼女に護衛としてつけられていたイザールはというと、突入時は室内にて険しい顔で宰相父子を睨んでいた。腹芸ができる気がしないからと芝居の現場から離しておいた彼だけど、護衛としての仕事はしっかり果たしていたようだ。
『セイクリッド・サーガ』劇中では、王女シャルロッテは暗い少女だった。アメリアだけを拠り所に生きている抜け殻のような人物だったけど、思えば無理もないことだ。幼いうちに家族を二度もまとめて失って、塞ぎこまないほうが珍しいだろう。
劇中といえば、彼らは暗殺の成否にかかわらず政権の奪取はできなかった。何も知らないはずの、傷心のはずのアメリアに突然糾弾され、あっさりボロが出て処刑されたのだ。
今の様子を見ていると、それも当たり前だったのかもしれない。襲撃を受けて安否が危うい私を無視して、確実に生き残るシャルにばかり取り入ろうとしていたのだから。
シャルにしてみれば、王族の死を悼まず、生きているかもしれない姉を放置して、体ばかりは無事な自分の機嫌ばかり取ってくる不届き者だ。姉に縋ってしまうのも、無視されたアメリアに誅されるのも、当然の帰結だったのだろう。
「ば、馬鹿な……彼奴らがしくじるなど……」
「父上、言っておられたではないですか! あのロートゲシェントを連れてきたから大丈夫だと、お前は王女殿下を娶って次の王になるのだと!」
「ほ、ホルスト! 余計なことを……!」
……うーん、見事な三下ムーブ。
宰相は暗殺者を過信して失敗した時のことを考えていなかったようだし、息子に至っては絶望的な現状でなお自分の言動を省みてすらいない。
ロートゲシェントといえど百発百中ではないのだから、横槍を恐れたにしてもその日のうちに動くのは愚策。そんなことにすら気が回らないとは、父が一度は認めたはずの宰相も夢に目が眩んだのだろうか。
一方のどら息子ホルストは、まだこちらが敵の正体を掴んでいない可能性にすら思い当たらなかったようだ。実際はとうに知っているとはいえ、もう目も当てられない。
「捕らえた賊は吐き捨てていましたよ。『だから聖女のいるところを襲うのは嫌だったんだ』と」
「奴らは聖女を憎んでいるだろうが、聖人を手に掛けようとはしない。……その理由が理解できたか?」
連れて行け、と短く命じた兄様の手に従って、近衛騎士たちは瞬く間に父子を捕らえた。一旦は貴族用の独房に入れられるのだろうが、大逆罪と内患誘致罪の二本立てだ。公開処刑と取り潰しは免れないだろう。
憔悴して言葉も出ない様子の父親と、錯乱して喚き散らした末に猿ぐつわを噛まされた息子の対称的な姿がいやに目に残った。
アメリア「ミッションコンプリート」
しかしもう少しだけ続きます。所詮宰相父子はそのへんの三下じゃけえ……。
ひと段落も近付いてまいりました。これは別作の時も言ったことですが、少しでも多くの読者様にご覧いただきながら章をまとめたいと常々思っております。
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