20.事変
意識が浮上する。
開いた視界に映ったのは、心配そうなソニアの顔。背中には慣れた柔らかい感覚があった。自室のベッドの上まで彼女が運んでくれたのだろう。
ドレスは楽な服に替えられていたから動きやすい。顔は濡れたもので拭われたような感覚が残っているから、メイクはもう落とされているようだ。
室内にはもうひとつだけ人の気配があった。リーシェならこうも無防備な気配を晒さないだろうから、メイドの誰かに違いない。
「殿下、目が覚めましたか」
ほっとしたような様子のソニア。彼女が言葉を発したことでもう一つの気配は振り返り、こちらへ歩いてくる。
「ええ。ごめんなさいね、心配をかけて」
「いえ。……マリーア、タオルを」
「は、はいっ」
起き上がった私の視界に、もう一人の姿も入る。手入れが行き届いていないのか粗末な金髪の、私と同年代くらいの少女メイドだ。かなり魔力量が多いようで、溢れかけている魔力は彼女が何もしていなくとも感じ取れる。
マリーアと呼ばれたメイドは、ソニアに呼ばれると飛び上がりそうな声で手元の濡れタオルを差し出した。初めての大役といえる私の看病ゆえか恐縮しきりだ。
「あなた、マリーアというのね。よければ拭ってくれるかしら、汗をかいてしまったみたいなの」
「し、承知、いたしました」
たとえ王城務めでも、専属でもないメイドが王族に直に触れることなど普通は有り得ない。マリーアは面白いくらいがちがちになっている。
まして地肌だ、その緊張は尋常なものではないだろう。固く目を瞑ったまま、おそるおそる湿った布で拭ってくる。
「大丈夫、多少力加減を間違った程度では怒らないわ。私は聖術が使えるから、引っ掻いたって平気よ」
「は、はい……っ」
この子、ちょっと可愛い。一緒に悪巧みができるようなシャルやソニアと違って純粋だから、意図した通りの反応がそのまま返ってくる。
ほとんど密着したような体勢だ。マリーアの顔は赤いような、青いような、よくわからない表情を見せている。
そんな表情が目の前で、一瞬だけ思い切りこわばって。
次の瞬間、魔力が急激に溢れた。
◆◇◆◇◆
城内のサロンの扉がノックされ、メイドが二人連れ立って入ってくる。茶髪を後ろで纏めた女性と、銀髪を緩く編み込んだ少女だ。
浮かない顔をした二人を迎え入れ、アズレイア国王ヴィクトールは彼女たちに水を勧めた。
「アメリアの部屋はどうなっていた?」
「内側から魔力で閉じられているようで、確認ができませんでした。ヨーゼフ様が突破を試みておりますが、少し時間がかかるかと」
「……そうか」
ヴィクトールは重々しく呟く。傍にいた王妃ユリアーナも沈痛な表情だ。王太子ベネディクトに至っては、今にも部屋を飛び出しそうなほど唇を噛んでいる。
アメリアが心配なのだろう。第一王女アメリアの寝室では先程、物理的破壊を伴う魔力爆発が発生していた。壁を隔てても感じるほど強いものだ、至近距離で受けていれば聖女アメリアであっても無事では済まない。
数人控えている近衛騎士とメイドたちも、何も言わない。誰もが迂闊に動けない状態だ。
誕生祭を終えたばかりのアメリアは、部屋に戻る最中に疲労で倒れた。その報を受けたヴィクトールは事実を伏せたまま宴を終わらせた。主役が下がってしまったこともあって、場はすんなりと解散の運びとなった。
ヴィクトールはすぐに妻と息子を集め、サロンとして使われている部屋でアメリアが起きてくるまで待つことにした。騎士団長ヨーゼフにアメリアを守らせ、他の騎士を集めて次報を待っていたところだ。
ただし、疲労の激しいシャルロッテには、近衛騎士でヨーゼフに次ぐ実力を持つイザールを付けて休ませている。彼はアメリアの護衛を買って出ていたが、現在最重要の護衛対象に騎士団長をつけることは当たり前だと諭されて引き下がっている。
そんな中、突如城内で魔力爆発が起こったのだ。
魔力爆発とは、限界を超えて圧縮された魔力が支配を外れて放射する現象だ。規模によっては物理的な威力を持ち、範囲内のものを吹き飛ばして破壊する。
破壊力においては下手な魔術を超越するが、とにかく魔力消費が大きいせいで軍事転用はされていない。主に未熟な魔術師が魔力制御に失敗して発生するものだが、まれに後先を考えない謀殺手段として用いられることもあった。
アメリアは魔力爆発の事故を起こすような術者ではないが、彼女の介抱を受け持ったメイドの中に大きな魔力を持つ娘がいた。
彼女が持ちうる魔力を炸裂させれば、かなりの威力になるだろう。しかも運の悪いことに、その爆発が居室の扉にまで届いて、どういうわけが魔力施錠が作用してしまったようなのだ。
茶髪のメイドはヴィクトールが状況を知るために遣わせた存在だった。彼女は道中でもう一人メイドを捕まえて手伝わせつつ様子を見てきたものの、突然閉じた扉をこじ開けようと試みるヨーゼフしか見ることができなかったということらしい。
結局、状況はわからない。全く進展しないまま時間が経って、不安に焦れた彼らは意識を一瞬だけ遠ざけた。
だから、反応が遅れた。
室内に控える騎士の一人の、何も着けていない左手が閃いた。
次の瞬間、ヴィクトールは自らの腕に見慣れない物が突き刺さっていることに気づく。咄嗟に引き抜こうと手を伸ばすが……途中で力が抜ける。気を失ったようだ。
異変に気づいた他の者たちも動こうとしたが、間に合わなかった。
「なんだっ」
「陛下!?」
「曲者!」
そんな、各々が短い単語一つを口にした程度の間だった。別の騎士が、元々部屋にいたメイドがそれぞれ暗器を投げる。
それが王妃と王太子の腕に吸い込まれるように突き刺さった。中に仕込まれた毒が体内に回り始め、二人の顔が青くなる。
従者たちが気づいた頃には遅い。既に毒は撃ち込まれていて、暗殺者は逃げ出そうとしている。しかもそのうち一人が、散布型の毒らしき瓶を叩き割っていた。
味方の中に三人も紛れ込んでいた暗殺者に対応できるはずもなく、彼らによって扉が開かれ───。
「なっ」
「ここは通さんぞ」
「ぐあぁっ!?」
───その奥で待っていた騎士に、まとめて叩き伏せられた。
「騎士団長、ヨーゼフ……」
「……どう、して」
「お前たちがいると予測していたからだ」
冷めた目で見下ろすヨーゼフに暗殺者たちは竦み上がったが、しかしすぐに様子が変わる。
腹を斬られた暗殺者が嗤う。彼の意識は自身ではなく、自らの背後に向いている。
「がふっ……だが、王は死ぬ」
「アメリア殿下がいなければ、毒は消せないからか?」
「なっ」
しかしつい先ほどまで口角を上げていた暗殺者の男は、不意に図星を突かれて口を噤んだ。それが自らの素性を晒すものだと気づいても、一度してしまった反応は引っ込められない。
しかし聖女がいないことには変わりないと思い直した暗殺者は口を結……びかけて、絶句した。
次の瞬間、室内の空間が塗り替えられた。
急展開は続く。
どうなったのかは、また明日。ブックマークと評価を押してお待ちくだされば幸いです。




