26.オーバーキル!
私の誕生日に起こったあの事件は、所詮はただの未遂だ。しばらくすれば影響も消えていくもので、現に取り調べと処分が全て終わったことで厳戒態勢も解かれつつある。
城外へ出る時の護衛が普段通りの人数になったことで、一ヶ月が経つ頃には私もそれを色濃く実感することとなった。
事件前から変わったことといえば、まずは宰相が空席となったこと。処断されたレーガー侯爵家は代々宰相を出し続けていた家だったから、他の家にノウハウが一切ない。すぐには代わりを据えられないのだ。
その穴は正式に立太子して国政へ参加することになった兄様が埋めることになった。同時に肥沃な旧レーガー領も兄様が預かる沙汰となって、それまで兄様が代官越しに統治していた貿易港イアルカは直轄に切り替わる予定だそうだ。
それ以外にもある。捕らえた暗殺者から絞り出した情報をもとに、アズレイアは大陸を蝕むロートゲシェントの炙り出しに着手していた。意外なことに奴ら、そもそも捕まらないからと高を括って対拷問訓練をさほど積んでいなかったのだそうだ。おかげで簡単に聞き出せたとか。
同盟国である帝国の協力も取り付けたようで、じきに本格的な調査に入ると聞いている。もしかしたら遠からず私たちは今より枕を高くできるようになるかもしれない。
あとはもちろん、私の従者が増えたこと。
あの日のうちにマリーアを処分したことは父様に伝えたのだけど、一応の工作としてその場ではミアのことは報告しなかった。数日ほど部屋の物置に匿って、リーシェの定期報告を待ってから表沙汰にしたのだ。
……もっとも、おそらく父様は気づいている。もしかしたら兄様も察しているかもしれない。でも訊いてはこないから、子供なりの工作は成功ということでいいはずだ。
結果、私は「散歩中に見かけた浮浪児の才能を見抜いて、探し出して飼い始めた」ことになった。ミアはすっかり私のペット扱いだけど、自身がペットのようなものだと言い出したのはミア本人である。
まあ、困ることはないから否定はしていない。
それと、シャルの甘え癖が少しだけ激しくなった。家族が死んだと聞かされて迫られたのがよほど堪えたのだろう。
シャルもまだ11歳の女の子。これは仕方ないから、私も兄様もなんとか最大限に妹との時間を捻出していた。
そのくらいだ。王族が暗殺者集団に襲われたという事件の規模を思えば元通りすぎるくらい。
そういうわけで、私は二つあった目的の両方を完璧に達成していた。家族や周囲も全員が元気で、なおかつミアも手元に置けた。後腐れすらなく、ミア以外はこれまでのまま。
出来すぎなくらいだった。自信家なほうではない私だけど、この時ばかりは少し油断していたのだろう。
───そんな思い通りの有頂天は、唐突に崩れ去る。
私の誕生日から一ヶ月と少しが経ったある日の午後、私は王城の会議室に来ていた。
ここは父の仕事部屋のひとつだ。普段はローベイルの従者と二人で執務室にいる父様だけど、週に一度か二度、この広い場所を使うことがある。
部屋の名前の通りで、ここでは国王を中心とした政の会議が行われる。些事は大臣が作る報告や要望に目を通して返すのが王の仕事なのだが、時折ここに集まって直接話をするのだ。
そんな合議制の場には先月から兄様も呼ばれていて、今も端の下座に座っている姿が見て取れる。余暇の時間に見られるような妹馬鹿のそれではなく、きちんとした公式の場に見合った顔をしていた。
もちろん、本来私はここに呼ばれる存在ではない。
……呼び出されたのだ。父様に。
「突然呼び立ててすまないな、アメリア」
「いえ、陛下。国政会議の場にお呼びいただくということは、必要な用件ががあるということでしょうから」
入口側が開いたU字型の机の中央に座った父様が、真向かいの机がない場所に立ったままの私を正面に見据えて告げた。私は当たり障りない返答とともに、念のためカーテシーをしておく。
この一言を聞いて、私はほんの少しだけ肩の力を抜いた。これはこのような場に慣れていない私に対する、父様からの気遣いのようなものだ。
呼び立てを詫びたということは、今回の呼び出しは私に非があるものではないということだ。ミアの真実を隠している私にとってはありがたい。もちろん気づかない振りをしておいた。
形式からやや外れた挨拶から一拍置いて、父様……国王陛下は肘を立てた手を顎の下で組んだ。
「先のロートゲシェント捕縛において、お前は多大な貢献を見せた。今日お前を呼んだのは、その功績についてだ」
「使われた毒を排除したことについてでしたら、私は聖女としての責務を持っております。人命救助は当然のことでしたので、受け取る報奨はないかと」
やはりというべきか、なんというか。今の私を呼び出すにあたって、ミアの件を叱るのでなければ用件はひとつだろう。
問題はその一連の事項について、私がわざわざ報奨を与えられるようなことはしていないはずだということだけど。
ちなみに、これは本当だ。聖人はそこにいるだけで感謝される代わりに、手の届く範囲内で人が命の危機に晒された場合は助ける責務がある。
神に逆らったと判断された時などは話が別だけど、あの時救ったのは王族とその従者だ。そんなものに該当するわけがない。
しかし陛下は、これに否と答えた。……言うまでもない、ここまでが様式美だ。
「いや、その件ではない」
「では、反逆者を見つけたことでしょうか。……恐れながら、そちらは単なる偶然にございます」
そう、あれも私の功績と呼ぶには怪しい。私は夢に見た……というか、正確には前世の記憶を思い出しただけで、確証すらなかった。それを探し出したのは私の従者だけど、これを褒められても私は困ってしまう。
だから私は固辞するつもりだった。しかし陛下は、意外なことにもう一度否と告げる。
「そのことでもない。神託も治癒と同じ聖人の使命だろう」
……うん? 神託?
神託というと、神に認められた聖人が与えられる神の言葉や記憶のことだ。その与えられ方はさまざまで、空耳のように聞いただとか、突然脳裏に浮かんだだとか、果てにはなんとなくそう思ったというものまで記録に残っている。
確かその中に、夢に見るという形式の記述もあったか。陛下は私の夢のことを、その神託だと勘違いしているのかもしれない。
一瞬だけ訂正を考えたが、言葉を飲み込んだ。肯定はしないけど、今慌てて否定する理由はなかったのだ。
そうした心の中での逡巡は一瞬のことだったけど、その間に陛下は口を開いていた。
「私が言いたいのは、そのどれでもない。あの日の夜、毒をわざと呑んだことから連なり、最終的に賊を捕らえるに至った一連の判断と行動についてだ」
「…………」
私は絶句した。だけど、これは許してほしい。
だって、それは、父様から提示された作戦だったのだ。
賊のひとり、つまりマリーアを敢えて誘い込んで毒を盛らせ、私がわざと呑みながら軽減して計算を狂わせる。私が眠っている間に事を済ませてしまおうとした賊を、私の奇襲によって確保する。
それは全て、ほぼ完璧に、父様が描いたシナリオそのものだった。まさにその通りに踊る暗殺者たちを前に、私は我が父の恐ろしさを垣間見たはずだったのだ。
それを今、私の機転として扱った?
それはつまり、私を褒めて褒美を与えるところまで父様の掌の上だったということになる。私がその日限りで終わったと思っていた人形劇は、今の今まで続いていたということ。
仕掛け人だと思っていた私さえも、父にとってはターゲットだったのか。
「……これは、本来ならば私が示した脚本だった。聖女の挙動を惑わせて賊から身を守るという、我ながらよくできた防衛案だったと思うがな」
……と思っていたら、それすら少し違うようだった。陛下は即座に注釈として、立案は自分のものだったことを明かす。
大臣たちは少なからず驚いていた。兄様はあらかじめ聞かされていたから、今驚いてはいない。私が危険に晒されるということで当時は一悶着あったみたいだけど、もう終わったことだ。
冷静な私を見た彼らが静まるのを待ってから、陛下は改めて爆弾を投げ込んできた。
「だがアメリア、お前はそれを超えた」
「え」
「お前は自分と直接は関わらない近衛騎士団に細工を仕込んで、本来であれば防衛で精一杯だったはずのあれを動かした」
「……ぇと」
「レーガー家に潜んでいた残りの賊を捕らえてロートゲシェントへの反攻の糸口を掴めたことは、間違いなくお前の功績だ」
───まずい。
確かに私は、事前準備の段階で近衛騎士団にちょっとした仕込みをしておいた。
私の誕生祭の夜はいつでも動けるようにしておいてくれ。ヨーゼフ様を通して彼らにそう伝えておいたのは、間違いなく私の独断だ。
その仕込みは成功した。詰所に駆け込んだヨーゼフ様は支度の済んでいた部下たちを率いて、即座にレーガー邸へ急襲を掛けた。ちょうど逃げるところだった賊を捕まえたのは、ぎりぎりのことだったそうだ。
……それは私が、越権行為すれすれの準備をしておいたから。
つまり、やりすぎたらしい。いたいけな王女の領分も、健気な聖女の領分も飛び越えて、立場もないのに王国に利益を与えすぎてしまった。
こうなった人物に施される対処はひとつだ。
すなわち、後付けで功績に相応しい報奨を与えること。
「故に、お前には褒美を与えることにした。……時にアメリア、お前は最近、政を学んでいるそうだな」
「……はい。陛下や王太子殿下のお役に立てることが、私にもあればと思いまして」
そしてこの瞬間、私は天を仰ぎそうになった。万一に備えつつ内外の注意を引くために行った政治の勉強が、とんでもないところで繋がってしまった。
もうわかるだろう。私はこの瞬間、王国にとって有用と面倒の狭間に位置する存在になった。
「ならば、機会を与えよう。……ベネディクトが旧レーガー領へ移ったことで、イアルカが空白地帯になった」
お前には、そこの統治を任せたい。
固まりかけた私に、陛下はそう告げた。……心なしか、少しだけ満足そうだ。どうして。
私に拒否権はなかった。
「…………承知致しました。アメリア・フォン・アズレイア、イアルカ領主の任、慎んで拝命致します」
地球には、こんな言葉があった。
「オーバーキル」。“過剰”を意味する英語から転じた外来語で、日本では必要以上のポイントや攻撃を稼ぐことを示すゲーム用語としても使われる。
いまの状況はまさしくオーバーキルだろう。追い返せば充分だったところを、捕まえて反撃に繋げることになったのだから。
決して悪いことではない。むしろ王国にとっては喜ばしく、願ってもない幸福といえるだろう。
しかし、それをもたらした張本人である私は、想定外の報奨を前にこう思わずにはいられなかった。
こんなはずじゃ、なかった!
というわけで、以上をもって「転聖王女のオーバーキル!」は第一章完となります。約一ヶ月にわたり、ご愛読ありがとうございました!
ただし、アメリアの奔走はまだ始まったばかり。本作はまだまだ続きます。
第二章は更新開始未定となりますが、鋭意執筆中です。ブックマークと更新通知を設定してお待ちいただけると、とても嬉しいです!
あと、これは余談であり私事ですが、本作の更新を始めたのは作者の誕生日でした。本作の読者の皆様の応援は、私が勝手に誕生日プレゼントのようなものとして受け取っていたりします。重ね重ねありがとうございます。今後も精進致します。




