14.シャルの悪戯
妄想女の幻想はそのくらいにして、改めて真面目なお話。
いろいろと思い出した私は、予定された悲劇を食い止めるべく動き出した。リーシェにターゲットを絞って探らせて、暗殺教団ロートゲシェントの存在を暴きにかかったのだ。
やはりこの世界はあの物語と同様に動いていたようで、程なくそれは見つかった。私はすぐにその証拠と情報に推測などを混ぜ、父様へ報告書を出した。
すると数日後、父様から返事が来たのだ。報告内容の裏付けが取れたから、彼らの目的阻止と捕縛へ向けて準備を始めたと。
運命は変わり始めた。彼らの存在が王に知れた以上、その後の結末にも変化が訪れるはずだ。
ならば、その結末を少しでもいいものにするのみ。私もその日に備えて、自分でも手を打つことにした。
その日は私とシャルは休日になっていて、朝から二人とも私の部屋で過ごしていた。早くから押しかけてきたシャルを歓迎して、朝食を一緒にしてから二人できゃいきゃいと。私とシャルは仲がいいこともあって、人目を気にしなくていいところで揃うとつい姦しくなってしまう。
そのまま昼まで過ごしてお茶のついでに済ませたのだけど、そのあたりから徐々にシャルがそわそわとし始めた。本人は隠しているつもりなのだろうし、現に鈍い人は騙せるのかもしれないけれど……この場にいるのは姉である私とずっと彼女に仕えているソニアの妹、そして鋭いソニアの三人だ。健気ながら隙のあるシャルの様子に気づかないわけがなく。
「……ずっと部屋の中にいても飽きてしまうわね。お散歩にでも行きましょうか」
「本当ですか! ……ぁ」
「ええ。実は私も少し用事があるから、一緒に来てくれる?」
「も、もちろんですっ」
この可愛さである。せっかく一緒にいてくれる姉に遠慮してか言い出せないところも、願ってもいない言葉に舞い上がるところも、見抜かれていると気づいて赤くなるところも、別にいいかとばかりに結局食いついてくるところも。何もかもが可愛すぎる。
この子の姉でいられる私は本当に幸せ者だ。両親を同じくする実の姉妹ではないけど、そこはそれ。
そういうわけで、散歩に出かけることになった。護衛の人数に都合がつかないから城外には出られないけど、今日の目的地はもともと城門の内側だ。
やってきました。近衛騎士団の詰所。私は稀に、シャルは頻繁に遊びに来る場所である。
急なことだというのに、騎士たちは私たちが訪れると揃って敬礼してくれた。
打ち合う騎士を監督して自分は動いていなかったとはいえ、真っ先に気づいて号令をかけるヨーゼフ様。一糸乱れぬ動きで揃って騎士礼をしてみせる一同。……本当に、いつ見ても安心感がある。私たちは彼らに守ってもらえるのだ。
しかしその光景の中に、今日は異物が存在していた。
「シャル、アメリア。来てくれたんだね」
「ええ。昼過ぎからシャルが、兄様の格好いい姿を見たくてそわそわとしていましたから」
「ね、姉様っ……!」
どうしてバラしたのか、と焦り気味に目で訴えてくるシャルを前に出しつつ、私の目はこちらに近づいてくるもう一人の人物を捉える。
兄様に譲って後ろから歩いてきたのはヨーゼフ様だ。……こらイザール、睨まない。あなたの上官ですよ。
「殿下がた、よくぞお越しくださいました。皆も喜びます」
「ただの暇潰しですよ」
「それでも、です。それに、一番気合いが入られているのはベネディクト殿下です」
「そうさ。今なら竜だって倒せる気がするくらいだよ」
「もう、兄様ったら」
ヨーゼフ様は心底嬉しそうに感謝を伝えてくる。事実として騎士たちの顔色はさっきまでと明らかに違うし、確かに彼らより舞い上がっている人物がいた。
私たちの兄、第一王子ベネディクトは、今日の午後は騎士団に混じって武術の鍛錬をする予定だったのだ。
揃って休みだった妹たちの来訪は、期待していた部分もあったのだろう。私たちに気づいた瞬間の兄様の顔に、安堵に似た色が見え隠れしたのを私は見逃さなかった。
そして調子に乗った兄様は、ヨーゼフ様を一方的に睨んでいた私の護衛へ目を向ける。
「イザール。せっかくだから、付き合ってくれないかな」
「……私には、アメリア殿下をお護りする任務がありますゆえ」
「ここは詰所だ、騎士は他にもいる。それでも不安ならヨーゼフを近くに置いておけばいいだろう」
王子に誘われたイザールは、しかし難色を示してみせた。なかなか不遜な態度だけど、彼には王族に逆らっているつもりなど微塵もないのだろう。この犬の行動原理は、九割が私の守護で埋め尽くされているから。
しかしこの駄犬の性質は兄様もよく知っている。それをからかい半分に一蹴されたイザールは、私に縋るような視線を向けてきた。……もしかして、私に「イザールでないと嫌です」とか言わせたいのだろうか。
私は当然、いい笑顔を心がけて浮かべてみせた。
「私のことでしたら、心配は要りませんよ。兄様が私の護衛を鍛えてくださるのなら、ぜひ」
兄様は愉快そうに頷いた。ヨーゼフ様は苦笑混じりに視線を外した。イザールはそんなヨーゼフ様に気づきすらせず、棄てられた仔犬のような視線を向けてきた。
そんな彼をお構いなしに連れていく兄様。屠殺場に送られる家畜のような雰囲気にすらなり始めたイザール。……やっぱりこの騎士、犬だ。
しかしそんなイザールに助け舟を出したのは意外な人物だった。
「イザール様。ここで格好いいところをお見せになれば、姉様もご覧になってくれますよ?」
「……それは、確かに。お声掛け感謝致します、シャルロッテ殿下」
おそらくただ騎士の格好いい姿を見たいだけのシャルの私欲に乗せられて、見違えたように気合を入れるイザール。……うーん、駄犬。
シャルはそんな様子に何を言うこともなく、お気に入りのおもちゃを前にするような様子で訓練場を見下ろした。
シャル、時々こういうところがあるんだ。無邪気な天然なのか、計算ずくの小悪魔なのか。従者たちの間ではこっそり妄想大会が開かれているとか、なんとか。
ちなみに私に言わせると、両方である。
たぶん兄様の勇姿が見たいだけの純粋な一心で、わざとイザールを乗せて煽ってみせた。我が妹ながら末恐ろしい娘である。
シャル「かっこいい兄様と強い騎士様を同時に見るためですっ」
アメリア「兄様のご意向だし、シャルは喜ぶし、イザールの実力も見られる。一石三鳥ですね」
兄と姉が目立つせいであまり注目されず、スペアまで埋まっているせいか帝王学もあまり教えられていないシャルですが、彼女も彼女で聡明な子です。
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