13.セイクリッド・サーガ
『セイクリッド・サーガ』という物語について、少し復習をしておこう。
前世の記憶を辿るに、それは私の前世の時代、九津堂という制作会社から発売された王道ファンタジーRPGだ。
舞台はとある異世界にあるユースティア大陸、その東側に位置するアズレイア王国。主人公アレクシスが傭兵稼業のさなかに偶然そこを訪れ、王都広場にできていた人だかりを見つけるところから物語が始まる。
そこで行われていたのは、いわゆる勇者選定の儀式だった。台座に置かれている伝説の聖剣は恐ろしく重い代物だが、選ばれし聖なる勇者にだけは普通の剣と同様に扱えるのだ……という、前世の感覚でいえば「ありがち」な流れだ。
数日にわたって多くの人々に試みられ、なおも所有者を選ばない聖剣に役人たちが困り果てていた頃。何の気なしに試してみたアレクシスは、軽々と聖剣を持ち上げてしまった。
彼はすぐに王城へ呼ばれ、若き女王アメリアから勇者になってくれないかと頼まれる。不安定な傭兵に嫌気が差していたアレクシスはその頼みを受け、聖女ミアと騎士ヨーゼフを引き連れ魔王討伐の旅に出るのだ。
勇者一行はその三人に加えて、故郷を失ったエルフの魔術師セレスティーネ、盗賊として出会ったもののなし崩し的に引き込まれた獣人の斥候シズカの五人。個性豊かな彼らそれぞれの過去や悩みも描きながら、各地で勢力を押し戻しながら魔王を倒すため進んでいく。
ここまでを聞くと本当に普通の勇者伝説ものなんだけど、もちろん明確な特色も存在する。
それが「聖」へのフィーチャー。途中まではただ暴走しているだけの魔物が多かった敵は、物語中盤から異様なほどアンデッドが多くなる。中には「聖」……つまり勇者の聖剣と聖女の術でしか倒せない敵も存在していて、自然と二人を中心とした戦術を講じる必要が出てくる。
この『セイクリッド・サーガ』は勇者アレクシスが主人公に据えられた作品であることに違いはなかったものの、実質的には聖女ミアを加えた二人を主人公とした物語だという見方も少なくなかった。
そうなった主な要因は、やはり敵勢力の性質だろう。
終盤に足を踏み入れる敵地、魔王国と呼ばれるエリアは、魔王によって生命が失われた死の領域だ。そこを支配しアンデッドを従える魔王は、いわゆるネクロマンサーということになる。
聖なる力を携えた勇者たちと、死者を支配し世界を蝕む魔王。この両者の激突こそが、この物語が『セイクリッド・サーガ』と呼ばれる所以だった。
しかしその最中に、私が留意しておかなければならないことも少なからずある。
その中で最もたるものが、聖女ミアについて。事実からいえば、彼女は私の代理である。私は本編中でも、正式には聖女を降りていない。
聖女であり人々の希望の象徴でありながら、替えのきかない女王であるため魔王討伐に旅立つことができない。ジレンマに瀕した16歳のアメリアが思いついたのが、「限定的な聖別を行った代理の聖女を立て、勇者とともに旅立ってもらう」という策だった。
そこで選ばれたのが、作中の聖女ミア。彼女はその役を受け、アメリアの代わりとして勇者を支える役目を背負った。
ちなみにこの代理聖女については、国民たちは一様に口を噤んだ。ミアが本物の聖女ではないことは知っているが、それを表沙汰にしては女王が策を弄した意味がなくなってしまう。大した団結力が発生したもので、アメリアが手を回したサポートに恵まれ一般人から情報収集する必要があまりなかった勇者たちは、本当に物語の終盤……魔王国へ乗り込む直前までこれを知らなかった。
私が夢で見た場面はふとした事故でそれを知ってしまったアレクシスが、自身に代役の聖女を預けたアメリアを問い詰めるシーンの前半だ。
アレクシスのみならずセレスティーネとシズカもアズレイア王国の出身ではなかったから、あの場で一緒に私を睨んでいた。知っていたのはずっと近衛騎士団長として仕えてきたヨーゼフと、聖女当人であるミアだけだ。
最終的には勇者も理解してくれて魔王国へ向かうのだけど、その場面は数少ないアメリアの過去を掘り下げる部分だった。明らかに不自然なアメリアの境遇が一気に明かされる、印象的なシーンだった記憶が蘇っている。
ここで気にするべきことは、ミアの存在そのものについて。
私は女王になる(というか、ならざるを得ない状況に陥る)つもりはないとはいえ、王女である時点で魔王討伐の旅に出ることは難しい。つまりシナリオ通り魔王が発生する場合、私は代理を立てる必要がある。
つまり、ミアを見つけて抱えておく必要があるのだ。
まずはこれが、私のやらなければいけないことのひとつ。
暗殺を防いで家族を守ることと合わせて、このふたつが今の私の明確な目的となる。
そしてもうひとつ。これは私の個人的な事情になるのだけど、『セイクリッド・サーガ』作中には前世の私が好きだったキャラクターが存在している。
ハルトムート。───作中のラスボス、魔王である。
魔王ハルトムートは、魔王国の中で唯一の生者である。生きながらにして魔の力に魅入られ、我を失ったまま死者たちの王として君臨していた。
しかし彼は、最終決戦にて奇跡的に生き残る。彼に取り憑いていた魔王の本体は最後にその体を捨て、霊体となって勇者に襲いかかったのだ。
その魔王の最終形態を倒した勇者たちの前には、一人の青年だけが残された。彼こそが魔王に乗っ取られていた亡国の王子、ハルトムート・ローゼンベルクである。
彼がまだ生きていて、かつ魔王の気配が感じられないことを確認したアレクシスとミアは、彼をアズレイア王国へ連れ帰ることにした。無事に生きて保護されたハルトムートはその後、アズレイア王城の一室にて目を覚ます。
彼の素顔はエンディング後に垣間見えた。優しく勇敢な王子としての姿を取り戻し、自らを助けてくれた勇者たちと保護した王女へ報いようと王国復興へ協力し始めたのだ。
……ちなみにその際、おそらく制作スタッフの遊び心でアメリアと甘酸っぱい雰囲気を醸し出していた。
その時は「末永く爆発しろ」だとか囃し立てていたものだけど、当事者となった今は閉口するしかない。
というわけで、もしもシナリオがこの世界に反映されるのであれば、ハルトムートは私の伴侶となるかもしれない相手の一人ということになる。
ではそんな彼のことをどう思っているかというと……正直なところ、好みど真ん中だった。前世も今世も、もし近くに彼がいるとなれば確実にコロっと落ちる自信がある。
言い切ってしまっていいだろう。私は彼に恋の一歩手前の感情を向けている。何しろ彼、おそらくこの世界にいるのだ。手持ちの情報が少ないこともあって簡単には探せないけど、いつか会えるかもしれないというだけで嬉しくなってしまう。
だから、これは乙女の淡い妄想になってしまうのだけど……将来的には。いずれは、ハルトムート様の隣にいたい。そんな気持ちが、ちょっとしたオタク女子が混ざっている私には確かに存在していた。
そこに至るまでには、問題は山積みなんてものじゃないんだけどね。
アメリア「……まあ、そういうことです。悪かったですね、妄想女で」
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