12.ロートゲシェント
その日の午後、私はリーシェを呼び出した。
「何かございましたか、殿下」
「ええ。……とりあえず、座って頂戴。他の人はいないし、ソニアも楽にしていいわよ」
リーシェは少し戸惑ったが、迷わず私の隣に腰を下ろすソニアを見て察したようだ。小机を挟んで私の向かい側のソファへ腰掛けた。
直接の主従であるソニアとリーシェに対しては、私は気楽な関係でいたいと思っている。これは二人に楽をさせたいというよりは、私が気安い感覚の相手を持っておきたいというわがままに起因するものだ。
リーシェはまだ戸惑い気味だけど、常に一緒にいるソニアはその扱いにも慣れつつあるようで助かっている。そのまま友達になってくれると嬉しいな。
部屋にいる小烏を伝書鳩代わりにすれば、王族はいつでもヴァッシュの従者と連絡を取ることができる。普段は城外で仕事をしているリーシェとは、主にこれで連携することになる。
ただ、私がこれを使うのは初めてだった。機会もなかったし、必要になったこともこれまではなかったから。だから、今もリーシェが落ち着かない様子なのは当然のことだろう。
「リーシェ。ここ最近、怪しい素振りを見せた貴族はいない?」
「……はい。そのような挙動は、今のところ掴んでおりませんが……」
「では、ロートゲシェントは?」
「ロートゲシェント教団ですか? ……確か、ここ五年は国内で確認されていないはずですが」
ロートゲシェント教団。この大陸に恐怖とともに悪名を轟かせている拠点不明の暗殺者集団だ。
教団とは名ばかりの実利主義で、難易度に見合った報酬さえ積めば誰の依頼でも受けて誰でも殺す。そのくせ力は強いから、どうしてもどこかの人の恨みを買ってしまいがちな王侯貴族からは等しく恐れられている。
彼らの特徴は、様々な毒をよく扱うこと。依頼者の意向次第で、痛々しい痕が残るものから痕跡がほぼ残らないものまで使い分ける。おかげで後からの特定や追跡も難しく、数百年前から名前が伝わるにもかかわらず未だに根絶されていない。
前世の私を含む『セイサガ』プレイヤーがその名前を知っているのも、偶然が重なったからに過ぎない。作中で判明していた限りでは、魔王以外では唯一の敵勢力だった。
「アメリア様は、ロートゲシェントが気になられるのですか?」
「ええ。確証はないのだけど……」
もっとも、現時点では彼らは尻尾さえ出していない。というか、おそらく判明するのは事が済んでからだろう。
それでは遅いのだ。リーシェには悪いけど、確証を抜きにしてごり押しするしかない。
「では、何故」
「……夢を見たの」
夢を見た。我ながらありがちな言い訳だけど、今回に限れば嘘はついていない。
昨晩見たあの夢。あれは大事なことを思い出せずにいた私への警鐘とも、予知夢ともいえるものだった。
あの祝宴の夜。騎士たちが残飯処理に集まった一瞬の隙を見計らって、暗殺者たちは城内へ忍び込んだ。
決定的に無防備なところを見せたわけではない。外からはわからないような、ほんのわずかな切れ目でしかなかった。それなのに彼らは、寸分の狂いもなくそこを突いた。
まるでそこが穴だと、最初から知っているかのように。
城壁に残っていた騎士と戻ってくるところだった騎士をあっさり各個撃破し、応援を呼ぶ隙すら与えずに制圧。そこから夜闇に紛れて暗い廊下へ侵入して、それぞれの居室へ戻った王族を狙ったのだ。
異変に気づいたのは、入れ替わりで会場へ行っていた騎士たち。彼らが慌てて城内を駆け回った頃にはもう手遅れで、暗殺者は一人を除いて綺麗に退散していた。その姿を見て生き残っていた者すらいない有様だったそうだ。
彼らの狙いは王と王妃、王太子である第一王子と……聖女である第一王女。帝王学を教わっていなかった第二王女は、そもそも標的にならなかったようだ。
「……だと、しますと」
「夢の通りのことがあるとすれば、おそらく依頼者は国内の勢力。目的はシャルを傀儡とした王権の簒奪でしょうね」
「つまり殿下は、王国貴族の中にロートゲシェントと繋がっている者がいる可能性があると?」
「ただの夢と笑い飛ばせればよかったのだけど……あまりに現実的だったから。念のため、調べておいてくれるかしら」
拙い理由だったけど、リーシェは頷いてくれた。
そこから何か見つかればそれでよし。何もなければ……また当たりをつけて探すしかないか。
この件の根拠は、前世のゲームの記憶にしかない。私は夢で見ただけのものを予知夢だと言い張る、痛い子供でしかないはずだ。そんな私の話を真面目に聞いてくれる従者たちに、私は心の中で感謝した。
「アメリア様も狙われたのは、御しにくいと思われたから……でしょうか」
「それもあるかもしれないけれど……ロートゲシェント教団は他教を嫌っているから、依頼のついで程度に狙ったのかもしれないわ」
ありそうな話だ。現にロートゲシェントらしき存在による事件で、重要な聖職者が狙われた事例は少なくない。
聖教は規模が大きいからか長らく狙われていないけど、機会があれば話は別。王女であり聖女でもある私は、できることなら頼まれなくても殺したいであろう存在のはずだ。
だが、『セイクリッド・サーガ』ではアメリアは生き残った。
そこから先はまだ話していない。リーシェがこちらへ向き直った。
「殿下は、殺されなかったのですよね?」
「ええ。イザールが身を挺してくれたおかげか、私は暗殺者は見なかったわ」
「……何を見たのですか?」
「子供よ。手入れのされていない金髪で首輪をつけた、私と同じくらいの女の子」
その子についてはよく覚えてはいないのだけど、ひとつだけわかっていたことがあった。
それは、彼女のことは助けるべきだということ。私の手元に置いておけば、いずれ役に立つだろうという確信だ。
「その子の名前は」
「わからないわ。わかったのは暗殺者の奴隷だということだけ」
「奴隷、ですか……」
「そのような子供が、なぜそこに……?」
「そこで夢から覚めてしまったから、詳しくはわからないわ。ただ捨てていかれたというわけでは、ないのでしょうけど」
事実、あの場面の直後に彼女が何をしたのかは、私にはまだ思い出せない。私はそれ以降も何事もなく生き残っていたから、何かをしたとしても私へ危害は与えられなかったのだろうけど。
とはいえ、油断はよくない。彼女についても、見掛けたら警戒はしておくべきだろう。
「では、その子を見つけた場合は……」
「いいえ、リーシェ。もし見つけたら殺さずに捕まえて、私のもとへ連れてきて頂戴」
「……何か、お考えがあるのでしょうか?」
「いいえ。並外れた魔力と素地を持っていたから、できれば欲しいというだけよ。夢で見たあの様子なら、捕まえることも難しくないはずだから」
……それは、まだ言えない。たとえ腹心たちでも理解できないだろうし、私にも説明しきれない。
だから曖昧に誤魔化すしかなかった。幸いなのは、二人ともそれで察してくれる従者だったことだろう。
ひとまずの情報共有はそんなところだ。
少しばかり宙ぶらりんな感は拭えないけど、いつ何が起こるかすらわからなかったこれまでと比べれば随分楽になった。これからはできることをしながら事件当日に備えることになる。
といっても、今の私にできることは少ない。リーシェにそれとなく調べてもらって、その情報を待つくらいだ。
「……それで、殿下。ひとつ大事なことをお伺いし忘れていたのですが」
「何かしら?」
「その宴……事件は、いつのことだったのですか?」
「ああ、そうね。それを言っていなかったわ」
私はほんの少しもったいぶるように間をあけた。
次の私の言葉に、二人は思わず言葉を失った。
「私の13歳の……つまり、次の誕生日よ」
アメリア「悪いけど、お願いね」
リーシェ「殿下のお願いとあらば」
アメリア、動きます。
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