11.来たるべき暗転
その夜、私は夢を見た。
やけにリアルな夢だ。明晰夢なんて、前世では見たことなかったんだけど。
しかし状況を把握して、すぐにその理由を悟った。私はこの光景を知っている。
程度の差はあれ、先日の晩餐のような豪勢で上品な料理がこの国の王族の日常食。前世では庶民だったから、その感覚に照らし合わせてみれば大変なことだけど……12年も王女として生きてきた私にとっては普通だ。
目の前にあるのは、そんな夕餉よりもさらに趣向を凝らされた料理たち。それも、何十人もいないと食べきれないような量だ。王侯貴族でもあまり食材廃棄を好まないこの国では珍しい光景である。
もっとも、それは当たり前のものだった。何しろこれ、本当に数十人分のものだから。
見渡せば、城内のホールには人がいっぱい。王都内外から駆けつけた貴族たちや官僚、さらには交代で警備も行いながら参加する騎士団。
つまり、パーティだ。それも国をあげての、最大級の。
この場にいる大人の大半は酔っ払って顔を赤くし、残った料理は大食らいの騎士たちが片っ端から処理している終わり際。お祝いムードも霧散しつつある、祭りのあと特有の雰囲気。
でも、音はほとんど聞こえない。耳が遠くなったようなざわついた背景音だけ。このシーン、アメリアのモノローグだったんだよね。
……そう。それは確か、『セイクリッド・サーガ』の本編終盤。自分の隣にいる少女が本物の聖女ではないと判明した後、なぜ本来の聖女であるアメリアが旅に同行せず女王をしているのか、───なぜアメリア以外に王たりうる存在がいないのかと問うた主人公に答えた、アメリアの回想だった。
聖女の出自とアズレイア王国の傷に触れる、アメリアの独白。王国外出身の流れ者である勇者アレクシスと二人のヒロインは強い瞳を向け、共に旅をする騎士団長ヨーゼフは沈痛な表情で彼らを見やり、仮の聖女ミアは勇者の後ろで泣き出しそうな顔を見せ、孤独な少女王アメリアは不自然なほどの無表情で口を開いて───。
───その日は国を挙げての祝宴でした。まだ平和だった頃のことです。父も母も嬉しそうで、真面目な兄も少しだけ羽目を外してしまっていて。……その時はまだ、シャルロッテも元気でした。
そう。平穏で楽しい、魔王の存在に大陸中が緊張していた本編時点では有り得ない光景。今世の私には慣れ親しんだものだ。
ヒロインのひとりが、あのシャルロッテ殿下が、と呟いた。プレイヤーだった前世の私にとっても、やはりそれは想像の難しいものだった。今の私にとっては本編中のシャルロッテの方が想像しがたいものだけど。
───私もその日は浮かれていて、宴の場を離れてからも浮ついていました。護衛の騎士を一人だけつけて部屋に戻って、身支度もそこそこに疲れて眠ってしまって……。
固唾を呑む勇者たち。表情のすぐれないミア、歯を食いしばるヨーゼフ。
頭の中で響く未来の自分の声を聞きながら、私もそれに合わせて廊下を歩きベッドの中へ入った。メイドたちを部屋へ返し、ドアの外へ夜番の護衛をひとりつけて就寝。
明晰夢というよりは、追体験なのだろう。私の体は勝手に動いていて、意識だけが私のものとしてある状態だった。体が眠っても、夢の意識は途切れないまま。
……だから、わかってしまった。そうしている間に、何者かの気配が近づいていることに。
私は焦った。焦って、なんとか体を起こそうとした。でも当然、明晰夢の動かし方なんてわからない。近づく気配は、少しずつ増す血の匂いは、夢と自覚した私の心だけを蝕む。
───その夜のことでした。覚えのない気配に目が覚めた私は、眠い目を擦って部屋の外を覗きました。
……それ以上はダメだ、アメリア。見てはいけない。
知っているのだ。思い出せないけど、私はそれを知っている。
───そこに、
ダメ。
───いたのは。
それ以上は、ダメ。見ちゃだめ。
───血塗れの……。
……目が覚めた。
どうやら朝になっていたようだ。窓からは陽射しが差し込んでいて、この世界ではまだ高級品である時計はいつもより遅い時間を指している。じきにメイドたちが来てしまうだろう。
起き上がると、背中が汗で濡れていることがわかった。暑いわけでもなかったし、悪夢による冷や汗だろう。それを感じてようやく、自分の心臓が異常な速度で働いていることに気づく。
今見た夢は、前世の私は聖女王アメリアの回想として一部始終を知っていた光景だった。しかし一方で、第一王女であるアメリアはそれを知らなかった。
忘れていたのだ。この夢で示された展開は、私の穴の空いた記憶の、どうしても思い出せなかった部分のひとつ。
「……思い出した」
やっと思い出した。ずっと不自然で、整合性がなくて、不安で気がかりだった、前世の記憶と現実を繋ぐ一ピース。
今の私には父母と兄がいて、聖女である以外はそれなりに楽な立場だ。両親が王と王妃として守ってくれて、兄が王太子としていることで私は王位を継ぐ必要もない。
いずれは社交界に出て、国内外のどこかに嫁ぐものだと認識していた。
しかし私の記憶にある『セイクリッド・サーガ』では、アメリアは女王だ。そこに齢40しか数えていないはずの王も王妃もおらず、それどころか19歳の兄様すらいなかった。
そこにいたのは、弱冠16歳の女王アメリアと、心を閉ざして塞ぎ込んだ王女シャルロッテだけ。その真実が明かされるストーリー終盤まで、前世の私を含むプレイヤーたちはその歪な王室に疑問を抱き続けていた。
それを中途半端に知っていた私も、彼らとは別の形でずっと疑問を持っていた。
そしてアメリアは語ったのだ。かつて自分にもいた家族に、何があったのか。
───あの夜アメリアが見たのは、志願して扉を守っていたイザールの屍だった。
アズレイア王家はその夜、刺客によって暗殺されたのだ。




