10.優秀な駄犬
『セイクリッド・サーガ』の本編を知る私にとって、近衛騎士といえばヨーゼフのような頼れる人物の印象が強い。私の知る彼が守っていたのは王族ではなかったけれど、その姿は脳裏に焼き付いている。
自ら状況を見ながら率先して動き、主から的確な指示があれば二つ返事で従う。明らかにおかしな指示であれば、一度問い返してくれる。彼の疑問符は、すなわち判断ミスの阻止に他ならないのだ。
本編中の彼はさすがに高望みだとしても、専属の護衛騎士がつくと知った私は内心舞い上がったものだ。私もソニアもまだ子供。王女という責任の重い立場にあって、自分を諌めてくれるしっかりした大人がいれば大助かりだ、と。
実際に私へつく護衛騎士と顔を合わせた10歳の私は、軽く絶望した。
「……殿下? いかが致しましたか」
「…………いえ」
このイザールという青年は、喩えるなら犬だ。主君が子供であるにもかかわらず絶対服従、考えることすらなく従って私の近くで周囲を威嚇する。忠犬であり、ぶっちゃけ駄犬である。
身辺を護るだけなら、これまでも遠巻きの騎士たちがしてくれていた。それが一人に明確化されて、常に目に入る場所にいるようになった。本当にそれだけだった。
護衛としてはとても優秀だ。試しに何も言わず放置すれば勝手に上手く護衛してくれたし、ちょっとズレた命令をしてみればそれを守りながら任務を果たしてみせた。
だがそこに、褒められはしない使い方をした主に対する諌言はなかった。
「今日うかがったのは、他でもなくて。このイザールのことなのです」
「……イザールが、何かやらかしましたか」
「いえ、そうではないのですが」
私が自分の専属騎士を話に出すと、ヨーゼフ様は少し怖い顔になって声を低くした。この表情は知っている、彼がその人生経験から嫌な予感を覚えた時のそれだ。
王族の専属騎士が主君の不興を買えば、本人はもちろん更迭される。だが大抵の場合はそれだけでは済まず、任命責任があるとのことで近衛騎士団そのものが白い目で見られがちになってしまうのだ。
そうでなくとも、ヨーゼフ様はイザールのことも近衛騎士団員の一人として大切に思っているのだろう。あまりいい表情ではないけど、人の良さが滲み出ているのが私にもわかった。
今の一瞬でそのイザールがどんな顔をしたのかは、見ないことにした。これで平然としていたら嫌だし、かといってヨーゼフ様の前で露骨に焦る彼もそれはそれで解釈違いだ。
ただ、今回は彼らが頭を抱えるような話ではない。私の願望はひとまず横に置いて、近衛騎士としての問題だ。
「イザールは最近、毎日の半分を私の護衛として過ごしています。……正直なところ、心配なのです」
「イザールのことが、でしょうか?」
「はい。毎日それだけの時間を私に割いて、その上で訓練をしていると思うと。余暇もないでしょうし、体や気力が保つのかも……」
イザールは近くに置ける大人としては期待外れという印象がどうしても拭えないけれど、それは私が勝手に期待した基準を満たさなかっただけ。実際のところ、護衛騎士としてはよくやってくれている。
おかげで私は一度も危険な目などに遭っていないし、ある程度は好き勝手できている。その面については素直に感謝しているのだ。
だからこそ、心配なのも本当だった。メイドたちにもいえることなのだけど、私の周りはなぜかあまり休まない。強制してもいない仕事を率先して行ってくれるし、私のために使う時間を可能な限り増やしてくれている。
……少し、申し訳ないというか。怖いのかもしれない。忠誠心を貰いすぎるのも、それが高じて目の前で無理をされるのも。
「……イザールは」
「?」
「確かに、これと決めたら他のことを考えられなくなる男です。殿下をお守りすることを最優先事項と固めて、それ以外の全てを二の次にしてしまうこともあるかと思います」
ヨーゼフ様はしみじみと呟いた。それに気づいたイザールは焦って睨みつけている。
だがヨーゼフ様はそれを完全に無視して、まるでこの場には私と彼しかいないかのような様子で続けた。
「ですが、向こう見ずな男ではありませんよ。目の前の殿下しか見据えずに無理をして、体を壊して未来の貴女様をお守りできなくなるような愚かな奴ではない」
「……」
「現にこいつは、自己管理はちゃんとしていますよ。護衛時間を延ばして貰う前にぎりぎりまで訓練を重ねて、いざ延ばしてからはある程度抑えている」
きっと彼はよく見ているのだろう。イザールに限らず、騎士たち皆のことを。私にもそう思えるくらい、自然な言葉だった。
さっきまでは威嚇する大型犬のようだったイザール本人も、あっさり気勢を削がれてしまって呆然としている。そこまでしっかり見られているとは思っていなかった、と顔に書いてあった。
それは私もそうだ。よく見知った相手でもないはずなのに、私が一番欲しかった確証を教えてくれた。これでは私にそれ以上言うことはない。
「ですから、イザールを信じてやってください。不器用なところもありますが、貴女様をお守りしたいという気概は本物ですから」
「……はい」
「もしもコイツが過労で倒れたら、俺を殴ってもらって構いませんから」
「!?」
最後の冗談には少し面食らってしまったけど、ヨーゼフ様の言葉は私の記憶に焼きついた。聞きたいことを聞けただけでなく、今後イザールと付き合っていく上で有用なことを聞けたような気がする。
イザールは私が思っている以上に一途で、単純で、だからこそ強い人物なのだろう。ただ守ってもらっているだけの私の感情より、上司として同僚として彼をずっと見ているヨーゼフ様の言葉の方がよほど信用に値する。
少し危うく思えてしまうことはあるけど、イザールの近衛騎士としての自己管理はもう少し信じてみよう。そう思った私なのでした。
……それはそれとして、あんまり堅苦しすぎる口調だけはなんとかしてくれないかなぁ。
アメリア「でも休む時はちゃんと休みなさい。これ以上の護衛時間延長は認めません」
イザール「くぅん」
なんやかんやでイザールを信頼して重用するアメリアちゃんだったりします。駄犬でも忠犬ですからね。
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