15.転聖王女の頼み事
兄様が一歩踏み込む。イザールは正面から相対する姿勢を崩すことなく、半歩下がりながら木剣を捩じ込んで攻撃を受け止める。鍔迫り合いにもならない僅かな硬直を挟んで、互いに跳ね返された木剣をもう一度打ち合わせる。
今度は互角とはいかず、僅かな合間で上を取ったイザールが大きく押し戻した。兄様が一歩後退し、追撃を警戒して剣を寝かせる。
だがイザールはそこで押すことなく、最低限の体力消費で下がった半歩を戻すに留めた。これで構図は元通り、疲労は明確に兄様の方が大きい。
私の素人目に見る限り、八対二くらいでイザールが優勢だ。それはシャルにとっても同じだったようで、普段は私の護衛をしていてあまり見られないイザールの実力に感嘆していた。
「兄様は隙のない立ち回りで攻めていて、力も申し分ないのに……イザール様、凄いですね」
「ええ。欲張って倒しに行かず守りに徹して、護衛対象に隙を作らないまま体力勝負であしらい続ける。護衛騎士として理想的な戦い方といえるかもしれないわね」
「御二方とも、そこまでおわかりになられますか」
攻めあぐねている敵に隙ができたら畳み掛けていきたくなるところだけど、イザールはそうしない。彼はとにかく守って、敵の体力切れか味方の増援を待ち続ける。
護衛騎士が攻め返して前に出ると、背中に守っている護衛対象との間に距離ができてしまう。もし敵に伏兵がいれば、その隙を突かれてざくり……なんてこともありうるのだ。
大した体力と精神力だ。優勢に立ちながらも攻めに行かないことは、傍目に見て感じるよりもずっと自制心を必要とするだろうに。
やはりイザールは優秀な護衛なのだ。こと戦闘面に関しては特に。
「これだけの実力があれば、姉様の護衛を任されるのも納得です」
「あれが私の護衛をしているのは、それだけが理由ではないけれどね」
騎士団でもトップクラスの実力を誇るイザール相手に食らいつく兄をそこそこに相手方に夢中になっているシャルだけど、ことはそう単純ではない。
というか、それだけなら彼は私の護衛なんかに留まる人物ではない。父様や兄様の護衛をしていてもおかしくないのだ。
あの男は、私のことしか守れない。どういうわけなのかは私にもわからないのだが、常時私のことで頭がいっぱいになっているのだ。
以前私は王か王太子の専属に推薦しようかと彼に言ってみたことがある。その時の世界が終わったような顔と、ものすごい勢いの拒否と主語のない謝罪を見て諦めたけど。
「しかし、ベネディクト殿下も素晴らしいお力をお持ちですよ。たまにしか鍛錬ができない御身であらせられながら、あのイザールに喰らいついていらっしゃる」
「ええ。……正直なところ、兄様がここまでやれるようになっているとは思っていませんでした」
「四六時中剣を振っているうちの連中でも歯が立たないイザールに、お得意な魔術を使わずここまでなさるとは……」
日頃の鍛錬を増やすべきか、と呟くヨーゼフ様だが、今ばかりは誰も反応しない。何しろそれに怖がるはずの騎士たちもまた、残らず二人の立ち会いに釘付けだから。
それほどまでにレベルの高い、見応えのある試合だということだ。
私も今ばかりは護衛の実力に浸っていたいところではあったんだけど、そこで意識を切り替えて隣のヨーゼフ様へ意識を向ける。ただし、顔も視線も前を向いたままだ。
ヨーゼフ様も察してくれたようで、意識だけを私へ割いてくれた。これなら会話はできるが、遠目にはそうと悟られない。
他の騎士たちも、シャルとそのメイドと護衛も、訓練場へ集中したまま。私とヨーゼフ様の様子に気づいているのはソニアだけだ。内緒話をするなら今しかない。
「ヨーゼフ様。少し、頼み事があるのです」
「……はい。何かございましたか?」
「じきに私の生誕祭があります。その夜には城のホールで祝宴があるのですが……その時の護衛にイザールが志願したら、拒否してください」
ヨーゼフ様は面食らったような空気を出した。
無理もないか、今はちょうどそのイザールの勇ましいところが繰り広げられている最中。その彼を、わざわざ護衛から外せと言っているのだ。
王女の頼みとあって頷きこそしたが、あまり釈然としていない様子だ。詳細を問うてきた彼に、私は続ける。
「かしこまりました……が、何かご事情が?」
「その日の夜、おそらく何かしらの事件が起こります。そして私はその場で、一芝居打つことになるでしょう」
「……その事件は」
「心苦しいですが、私から明かせることではありません。必要があれば、陛下から直接話が通るかと」
陰謀とは無縁であるはずの王女にあるまじき事情の仄めかしに訝しげな気配をみせたヨーゼフ様だけど、その後の私の黙秘である程度は察したようだ。
それもそうだろう、王女が近衛騎士団長へ話せないことなどそうはない。そこで王の名前を出した時点でもう、トップシークレットそのものであることくらいわかる。わからなければ、いくら武力重視の近衛騎士団であっても団長にはなれない。
そしてその、類まれな戦闘力があっても団長になれない典型的な人物が、件のイザールである。
「イザールは護衛としては有能ですが、それ以外のことはできません。彼がその場にいれば邪魔になるかもしれません」
「事情は、理解致しました。取り計らっておきましょう」
私はリーシェによって手に入れた情報を父に送り、父はそれに対する策を練り始めた。内政については謀略も含めて恐ろしいほどの能力を持つ父様が、過去一度も尻尾を掴まれていない暗殺教団に対して採る策だ。一筋縄でいくものではないに違いない。
そこからは私の予想だけど、その策は私のことも使ったものになる可能性が低くない。ならばそれに備えて、私がやりやすい環境を整えておこうと思ったのだ。
まだヨーゼフ様にすら言っていいかわからないことだから隠し事の多い頼みになってしまったけど、ヨーゼフ様は深く問わずに了承してくれた。
これで一安心だ。当日のイザールはきっと、苦手なその手の小細工が必要のない位置につけられることだろう。
……ああ、それと。
私は半ば思いつきで再び口を開いた。
もしかしたら要らぬお節介かもしれない。常に気を張って私たち王族を守ってくれる彼ら近衛騎士にとっては、今更言われるまでもないことかもしれない。
しかし私の口は動いていた。
「それと、もうひとつ。……その生誕祭の夜は、いつでも動けるよう準備をしておいてください。何が起こるかわかりませんので」
「…………はっ。では、そのように」
シャル「(きらきら)」
アメリア「(兄様、頑張って)」
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