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転聖王女のオーバーキル!  作者: 杜若スイセン
chapter1 転聖王女が暗殺を防ぎすぎたら
16/26

16.書斎にて

 世界地図の西側に縦長にまたがる、右を向いた蝶のような形をしたユースティア大陸。アズレイア王国はその東海岸中央部、蝶の頭にあたる部分に200年前から君臨している大国だ。


 南の帝国、北の連邦、西の共和国と並び、東のアズレイア王国は大陸の四強に数えられる。といっても大陸がこの4ヶ国によって支配されているわけではなく、ところどころに小さくて都市国家クラス、大きいものでは王国の半分ほどの勢力を持つ国家が点在している。四強はあくまで、その中で強い力を持っているだけだ。


 このうち帝国は特にアズレイア王国と仲がいい。統治体制が近いからか、建国当初から同盟関係を結んでいた。一方でこの二国とあまり関係がよくないのが共和国で、こちらは対抗して連邦と距離が近い。

 ここ50年は大きな戦争は起こっていないが、ちょうど北東から南西にかけて勢力線が存在している格好だ。互いの勢力はほぼ互角で、小競り合いこそあるものの均衡が保たれていた。


 その現状は今も変わらない。50年前までは帝国が積極的に併合戦争を行っていたが、それも王国と同程度まで版図を広げたあたりでなりを潜めている。

 だからアズレイア王城の書斎にて、国王ヴィクトール・フォン・アズレイアが広げているのは世界地図ではなかった。








「……どう思う」

「アメリア殿下のことでしたら、素晴らしい慧眼の持ち主かと。御自らの立場の変化を正しく把握し、狙われやすくなったとお感じになられたのでしょう」

「……ああ。そうだろうな。あの子は敏い。時折、本当に12歳の娘なのか疑いたくなる」


 自らの右腕であるルドルフ・ローベイルを向かいに座らせ、ヴィクトールは唸った。彼の手に握られているのは、一枚の報告書だ。

 それは愛娘アメリアから提出された、最重要クラスの機密情報。()()のもとに囲い込まれた暗殺教団の証拠が記された報告書だった。


「発端は、夢だったそうだ。明晰夢を見て、予知夢を疑い念のために探った。その結果がこれだ」

「それはまた……いえ、もしや」

「ああ。俺はそれを神託だと解釈している」


 神託。聖人の中でも力の強い者が稀に受ける、神からのお告げだ。形は様々だが、近い将来に起こる事柄や取るべき行動がはっきりと授けられる。

 アメリアの魔力が王族でも規格外であることは、王都では誰もが承知している。神託を受けても何もおかしくはない。


 現時点では、アメリアはそれを自覚していない。ただの夢だから、と控えめに従者へ話しただけだ。


「自覚はないようだが、今はそれでいいだろう。神託を逃す子でも、行動せずに終わる子でもない。本人か従者が気付くまではそっとしておく」

「はい。それが宜しいかと」

「問題は、アメリアの将来のほうだ」


 第一王女アメリアは得難い人物だ。王族らしく麗しい見目と素晴らしい魔術適性、それも聖術の才能と聖女の気質も兼ね備えている。それどころか立ち居振る舞いもいつ社交界へ出してもいいと教師に太鼓判を押されているし、各学問にも造詣が深い。

 それに勝るとも劣らない第一王子ベネディクトがいるからよかったものの、下手をすれば王子よりも王に相応しいと持ち上げる動きが出てもおかしくなかった。


 それに合わせるかのように、アメリアは兄に積極的に従い弱みを見せる傾向があった。ヴィクトールもルドルフも、王家とローベイルの関係を真似してアメリアが意図的に行っていると解釈している。

 ……実際は、優しい兄を拠り所として甘えているだけである。思慮深い人物は意図しないところでも勝手にそうと取られてしまう好例だろう。


「素晴らしい方であるのは、シャルロッテ殿下もですが……」

「あの子はいい。あれは間違いなく、ベネディクトに惚れている」


 当代の王には三人の子供がいるが、そのうち第二王女シャルロッテは実子ではない。若くして世を去った王弟の一人娘で、ヴィクトールにとっては姪にあたる。

 育てるために養女として引き取ってはいるが、彼女が従兄である第一王子を思慕していることは周知の事実だった。アメリアも理解している節があるから、知らぬはベネディクト本人ばかりである。


 ヴィクトールとしても、それでいいと思っていた。この国では従兄妹婚は認められているし、こと後宮での能力に限ればシャルロッテの右に出る者はない。お似合いでもあり、不足もない取り合わせなのだ。

 高位貴族にも何人か候補はいたが、彼女たちの方が太刀打ちできないとばかりに尻込みしたほどだ。ベネディクトとシャルロッテの婚約は、遠からず結ばれることとなっていた。




 一方で処遇に困るのがアメリアだった。どう扱っても有用すぎるがゆえ、ヴィクトールですら扱いに困っているのだ。


「アメリア殿下には確か、帝国皇太子との縁談が持ち上がっておりましたが……」

「あれは流れる見込みだ。残念そうにはしていたが、さすがにアメリアが聖女を降りるまでは待てぬらしい」

「かといって、アメリア殿下が聖女にならぬわけにはいきませんでしたからな。致し方ありませんか」

「そういうことだ。代わりにはオーレリアの長女が選ばれるだろう」


 この書斎での会話は、秘書業務の中で把握するに至らなかった情報をルドルフに共有する作業も兼ねている。話題は自然とルドルフの知らないものが優先され、それをヴィクトールが話すことが様式美のようになっていた。


 帝国の皇太子は今年で16になるが、婚約者がまだいなかった。これは同盟関係強化のため王国から正妃を迎える帝国の意向によるものだ。

 皇帝は3歳差となるアメリアとの婚姻を望んでいたが、王国における聖女の重要性もアメリアの聖女適性も有名だ。皇太子があまりアメリアにこだわらなかったこともあり、次王ベネディクトの再従姉(はとこ)にあたる王国公爵令嬢が内々に指名されたのが先日のことだった。


「このまま行けば。アメリアには婿を取らせて、新しく公爵位を与えることになるだろうな」

「問題はお相手ですが……」

「…………あと数年はある。ゆっくり探すしかないだろう」


 結局のところ、問題はそこに終始する。アメリアに見合う男が中々いないのだ。

 アズレイア王国は実力主義を標榜しているとはいえ、公爵家の婿ともなればさすがにある程度の家格も欲しい。扱いが難しい存在として、アメリアは知らず知らずのうちに王を悩ませていた。








 しかし、と、ルドルフが殊更に明るい声を出した。


「アメリア殿下を公爵位に封するとして、領地に困らずに済みそうなことは嬉しいですな」

「……ルドルフ。お前、性格が悪くなったな」

「まさか。事実でございましょう?」

「それはそうだがな。ちょうど一つ、()()()()()()()()()()()()


 ルドルフは微笑みながら、ヴィクトールは苦笑気味に、広げた国内地図の一点を見遣った。表向きは冷静で知られる彼らだが、この書斎で気を張る必要はない。

 レーガー侯爵家。暗殺者集団ロートゲシェントを匿っていることが判明した、現宰相を擁する高位貴族家である。


 ロートゲシェント教団は、大陸で最も恐れられている暗殺者集団といっても過言ではない。彼らに狙われれば高確率で殺され、中には彼らの仕業だとすら発覚しない例すら多くある。生存率すら不明な暗殺者ほど怖いものもそうはない。

 しかし、百年以上にわたって拠点の一つすら掴まれていなかった彼らの居場所は割れた。ヴァッシュ率いるアズレイアの間諜たちによって、レーガーごと厳重に監視されている。もしロートゲシェントが動くようなら、半刻とかからずに王へ伝わるだろう。


「ロートゲシェントは厄介だったが、所在さえ割れてしまえばこちらのものだ。手を出さなければという制約付きならば、隠密能力はヴァッシュの方が上だろう」

「ですが、万一のこともございましょう。油断だけはならさぬよう」

「無論、気は抜かぬ。……が、気も抜けるというものだ。天下のロートゲシェントが、よりにもよって聖女に喧嘩を売るとはな」


 ロートゲシェント教団は毒を使う。しかしこの毒という暗殺手段は、わかってさえいれば聖術に極端に弱い。だから彼らは聖人を嫌いながらも、聖職者はともかく聖人そのものに手を出したことはなかった。

 ロートゲシェントと聖女の相性の悪さはアメリアも理解していた通りだ。まだ始まってもいないのに、アメリア一人に完封されたも同然だった。


 対処法の限られる毒は確かに恐ろしいが、その数少ない対処法というのがまさしく聖人なのだ。結局のところ即死はしないのだから、即座に聖女が治療すれば済む。対処すべきは彼らが得意としていない、通常の暗殺手段だけなのだ。

 両者が慎重にことを運べば、戦いは強みを封じられた方が負ける。子供でもわかる理屈だった。




「それに」


 ヴィクトールは焦点を合わせずに呟く。


「あれは少しやりすぎている。本来なら十三の王女に領地など過ぎた代物だが、あれだけの手柄を挙げられては放置もできまい」

「なるほど、格好の理由ですな」


 ルドルフは声をあげて笑った。それは彼らの主従関係に照らし合わせれば不遜といえるものだったが、ヴィクトールが咎めることはなかった。

 結局のところ、自身もそう思っているのだろう。その割には申し訳なさそうな様子は見せなかったが。






「では、改めて手筈通りに?」

「ああ。アメリアには負担を掛けることになるが、あの子なら問題ないだろう」


 レーガー侯爵家の領地は王都にほど近く、治安も生活水準も申し分ない地域だ。王都へ小麦をはじめとした作物を供給するアズレイアの食糧庫として名高い。


 しかし今やレーガー領は、彼らにとっては空白予定地でしかなかった。

 正体も出処も割れた暗殺者など恐るるに足らず。精強で知られる近衛騎士団に奇襲すら封じられた以上、それは慢心でもなんでもない。大局は決したのである。


 死角という言葉を辞書に持たない彼は既に、女公爵アメリアに治められる穀倉地帯の姿を幻視していた。

あえて先にお伝えしておきますが、フラグではありません。本作においてお父様はさいきょーです。


本作が気に入っていただけた方、今後の展開にご期待いただける方は、ぜひブックマークと高評価をよろしくお願いします。皆様の応援、いつも励みにさせていただいています!

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【Dual Chronicle Online 〜魔剣精霊のアーカイブ〜】

こちら作者による別作となっております。お暇があれば合わせてどうぞ。
― 新着の感想 ―
[一言] 更新お疲れ様です! 、、、なんか、主人公が原作知識を持ってたり、前世を知っていることの伏線、、なのかな? それともただの勘違い? まぁ、精神年齢12歳なんてものじゃないですし、、 深読みして…
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