08話 全てはどうでもいい
灰の山に膝をつき、冷たくなった肉体をきつく抱きしめて、生存者たちは黒土に泣き崩れていた。
「お前……まだこんなに若かったのに……どうして先に逝っちまうんだよ……っ!」
「お父ちゃん……置いてかないでよ……!」
荒れ果てた広場を、村長であるサイラスが重い足取りで歩いていく。
濃厚な煤を吸い込んだのか、激しく咳き込みながら、まだ動ける者たちへ枯れ果てた声を絞り出した。
「死者を集めろ……。村の中央へ、運ぶのじゃ」
村人たちは無言のまま、その痛ましい作業を黙々と遂行した。
倒壊した家屋の下敷きや、炎に巻かれて命を落とした者は五人。火傷や骨折などの重軽傷者が十一人。
行方不明者はもういないという事実だけが、サイラスの胸にわずかな、あまりにも苦い安堵を残していった。
死者の列を取り囲むように家族が身を寄せ合い、焼け跡にすすり泣きだけがこだまする。
その群衆の只中で、一人の男が冷たくしおれた家族の手を強く握りしめていた。
突如として、圧倒的な自責の念が男の脳裏を黒く塗りつぶす。
ふらふらと立ち上がると、男は腰の革ベルトから鋭利な手斧を引き抜いた。
ジャキッ、と鋭い金属音が鳴り響き、周囲の村人たちがぎょっとして飛び退く。
「みんなを助けるのに夢中で……俺は、自分の家族を見捨てちまったんだ……っ!」
涙に溺れ、男の声が激しく裏返る。
「あいつらを真っ先に助けていれば……もしかしたら、生きていたかもしれないのに……っ!」
すり切れた木の柄を握りしめる拳の関節が白く浮き上がり、男は鉄の刃を自分の胸へと突き立てようと振り上げた。
麗華はハッと息をのんだ。
胃の腑をぎゅっと締め付けられるような悪寒の中、その顔に見覚えがあることに気づく。
――それは、先ほどまで正門の警備にあたっていた衛兵だった。
虚ろに裂けた男の瞳に映るのは、もはや絶望以外の何物でもない。
足元、黒い泥土の上には、若き女性と幼い子供の青ざめた亡骸が静かに横たわっていた。
すべての世界だった存在が、今や冷たい塵の中で永遠の沈黙に帰している。
「いっそ、あいつらの後を追った方が……こんな救いのない世界で絶望に溺れるより、よっぽどましだ……っ!」
刃を自分の胸へと突き立てようとしたその刹那、別の村人が素早く飛びかかり、その手首を土壇場で掴み取った。
「いい加減にするんじゃねえ!」
激しい勢いで手斧がもぎ取られ、鈍い音を立てて地面に転がり落ちる。
さらに二人の男が飛びかかって腕を押さえ込み、男の膝を無理やり黒土へと叩きつけた。
「ぐっ……!」
逃れようと暴れる間もなく、サイラスの重い拳が男の頬を容赦なく打ち抜いた。
衝撃で首が横に大きく跳ね、裂けた唇から暗い血飛沫が飛び散る。
男は血走った眼球を剥き出しにし、怒りに満ちたサイラスを睨みつけた。
「正気か、お前は……っ!」
怒号で枯れ果てたサイラスの声が、広場に怒りを叩きつける。
「そんな姿を見たら、お前の妻と娘がなんて言うと思っとるんだ……!」
その厳しい叱責は、男の腹を抉るように突き刺さった。
「オッサン……ふざけ……っ!」
言葉が途中で掠れる。
サイラスの背後、漂う薄煙の向こう側に、二つの朧げな人影が佇んでいた。
青ざめた顔で、心配そうにこちらを見つめている。
「ま、マチルダ……? エミリ……?」
瞬きをした瞬間、その幻影は朝霧のように掻き消えていった。
糸が切れたように、男の体が崩れ落ちる。
膝が灰にままみれた地面深くへと沈み込み、煤けた頬を熱い涙の筋が容赦なく伝い落ちた。
崩れかけた村の広場に、男の激しい嗚咽だけが痛ましく響き渡っていた。
「ごめんな……マチルダ、エミリ。夫としても、父親としても、俺は最低だった……っ!」
嗚咽まじりの掠れた声が、灰にまみれた地面へと零れ落ちる。
取り囲む村人たちが静かに寄り添い、思い思いの言葉で男をなだめる。
サイラスはその隣に膝をつき、荒れ果てた肩へと重くごつごつした手をそっと置いた。
自分の体を両腕でギュッと抱き締め、麗華はその痛ましい光景を涙に滲む視界の向こうに見つめていた。
二度と目覚めることのない命を悼む悲痛な泣き声が、耳の奥から離れない。
(あたしには……何もできなかった……)
脳裏の片隅で、あの日の記憶がフラッシュバックする。
校舎の屋上から足を踏み外し、耳元を風が激しく通り過ぎていったあの恐ろしい無重力感。
コンクリートの地面へと落下していく恐怖の最中でさえ、死という冷徹な現実がこれほどまでに生々しく感じられたことはなかった。
ブルッと身震いし、麗華は視線を無理やり葬列の群れから逸らした。
死とはいつでもすぐ隣に潜み、機を窺っている残酷な現実なのだと思い知らされる。
永遠の眠りという冷たい手は、いつ何時、誰の喉元に突きつけられるかも分からない。
ジャリ、と足元の砂利が硬い音を立てて砕けた。
顔を上げると、いつの間にか村の入り口へと歩き出すシンの姿があった。
その背中は相変わらず飄々としていて、感情の欠片すらうかがえない。
広場を支配するあまりに重苦しい悲しみから逃れるように、麗華は群衆から一歩踏み出し、その静かな影を追って小走りに駆け出した。
。。。。。。
木立へと続く細い泥道を、シンはただ黙々と歩いていた。
道の半ばでふと足を止め、梢の向こうへと沈みゆく夕日を見つめる。
黄金色の光が穏やかに野原を染め上げる。
夕風に揺れる長い草がカサカサと乾いた音を立て、朱色の空を鳥の群れが横切っていった。
先ほどの凄惨な破壊劇が嘘のような、あまりにも静かな景色。
草むらの微かなざわめきに導かれ、横を振り返ると、息を切らせた麗華が追いついていた。
すぐ傍らに立ち止まり、吹き抜ける風に黒髪を乱されながら、荒い息を整える。
「……っ」
すぐ隣にいるというのに、言葉が喉につかえて出てこない。
恐怖と疑問が入り混じり、早鐘を打つ心臓の音がうるさいほどだった。
(まともに問い詰めるべき……? もしとぼけられたらどうしよう……)
胸のつかえは、時間が経つごとに重く膨らんでいく。
(――ダメだ、ここで引くわけにはいかない。あたしは、今すぐ本当のことを知りたいのよ)
「あたし……」
麗華が言葉を続けようとしたその時、シンがスッと体を翻してこちらを向いた。
うつろな灰色の瞳が、真っ直ぐに自分を捉える。
恐怖や焦燥感で歪みきった自らの顔とは対照的に、少年の表情はどこまでも無機質で、感情の色を一切宿していなかった。
(その目……)
耐え切れず、麗華はうつむくように視線を落とした。
冷え込む夜気に紛れ、震えるような小さ ため息が漏れ出す。
「あの空から落ちてきた時、あたしを助けてくれたのはあなただって……薄々感づいてたよ」
掠れた声が、静まり返った野原にぽつりと溶けていく。
「それに、あの森での化け物たちも……あなたがあの奇妙な力で何とかしたんでしょ」
指先で自身の袖口をぎゅっと強く掴み、血の気のない関節が白く浮き上がった。
「炎を消し飛ばして、あの巨大な竜まで倒したところを見れば、もう全部辻褄が合うわ。でも――」
シンは微動だにしない。その瞳には、最後まで感情の揺らぎなど一片たりとも宿っていなかった。
「あそこには……大切な人を失って泣き叫んでる家族がいるんだよ……!」
震える顎を必死に抑え、麗華は潤んだ目を無理やり見開き、その冷徹な顔を真正面から睨みつけた。
「そんな力があるなら……どうして最初から使ってくれなかったの……っ! あなたなら、あの人たち全員を助けられたはずなのに……っ!」
罪悪感の色か、あるいはほんのわずかな同情の欠片でも浮かんでいないか。
縋るような思いで麗華はその表情を探るが、どこにも見当たらない。
シンは一切動揺を見せず、ただ肩の力を抜いたままそこに立っていた。
暮れゆく夕風に乗って、衣服から微かな残り火の匂いが鼻をかすめる。
「――もっとも効率的な選択をしたまでだ」
静まり返った夕暮れの空気を切り裂くように、平坦な声が落ちた。
「それに、俺は不特定多数の人間を救助する義務など負っていない」
「あいつらの死など……俺の知ったことではない」
ハッと麗華の息が詰まった。
胸の奥が凍りつくような悪寒が走り、恐怖のあまり瞬きも忘れてその無機質な顔を見つめる。
「そんな……こと……っ」
震える声は、かろうじて形を保つのがやっとだった。
「なっ……なんでそんな冷たいことが言えるの……っ! 同じ人間に対して、よくそんな酷いことが……!」
ステータス
名前:真 ソル
種族:人間
称号:なし
能力:『???』
ステータス
名前:三葉 麗華
種族:人間
称号:なし
能力:なし




