04話 平穏な村
最高の営業スマイルを貼り付け、敵意がないことをアピールしながら、麗華は門番に向き直った。
両手を高く掲げ、手のひらを見せながら大きめの円を描くようにゆっくりと振ってみせる。
「なにやってるの?」
背後からシンの冷めた声が飛んでくる。
「しーっ! 身振り手振りで意思疎通を図ろうとしてるの!」
ジェスチャーを継続し、二本の指で空を切るようにてくてくと歩く仕草をしてから、麗華は背後に立ちはだかる深い森の壁をぶんぶんと指さした。
「あ・た・し・た・ち、ま・ご・ま・ご。ふ・か・い、も・り・か・ら、き・た~」
門番の顔がさらに苦々しく歪む。
奇妙な一人芝居に苛立ったのか、重々しい鉄の手斧を勢いよく麗華の顔面へ突き出してきた。
鼻先数センチでピタリと止まる刃先。古びた機械油と錆びた鉄のツンとした刺激臭が麗華の鼻腔を突く。
ピタッと動きを止め、息を呑みながら、おそるおそる土の上を二歩後ずさった。
「……てへ」
「効果的ではなかったね」
シンが抑揚のない声で冷静に分析する。
「ええ、どうも。言われなくても分かってるわよ」
はぁぁ、と麗華は敗北の溜め息を漏らした。
(まぁ、やれるだけのことはやったわ……)
門番はフンと鼻を鳴らし、無骨な革手袋の手を伸ばして二人の襟首を掴もうと一歩踏み込んできた。
だが、その指先が届くより早く、木製門の影からガラガラとした掠れ声が響いた。
「ほほう……お主らも日本語が話せるのか」
麗華は絶句し、目を丸くした。
こんな世界の果てで母国語を聞くなんて、あまりにも非現実的すぎる。
「え……な、なんで……!?」
パチパチと瞬きをする麗華の視線の先で、木製門の影から小柄な老人がすり足で現れた。
背丈は麗華と同じくらいで、年相応に背中が少し丸まっている。シワの刻まれた両手を後ろで組み、ツルツルと眩しい頭頂部が陽の光を反射していた。立派な白い眉毛と髭が特徴的だ。
「――っ!?」
老人の声に、門番の肩がビクッと跳ね上がった。
慌てて手斧を下ろし、深々と頭を下げる。
「@#$%&……@#$%!?」
威勢のよかった怒声は影を潜め、声にはあからさまな恐縮の色が滲んでいた。
老人は柔らかな笑みを浮かべ、現地の言葉をすらすらと返しながら頷く。
二人へチラリと鋭い視線を向けた後、短く命令を下した。
門番はそそくさと頭を下げ、門の前を開ける。
道がひらけると、老人はサッサッと草を踏みしめ、二人の目の前まで歩み寄ってきた。
「ようこそ、遠方からの旅人よ。あたしはこの貧しい村の村長を務める者じゃ」
麗華は口をぽかーんと開けたまま固まった。
訛りひとつない、完璧で流暢な日本語。
こんな世界の果てにいる老人が、どうして完璧な日本語を話せるのか。
呆然とする麗華の顔を見て、村長は目尻に皺を寄せてクックッと嗄れ声で笑った。
「フォッフォッフォ! こんな辺境で故郷の言葉を聞かされて驚いたかな?」
「な、なんで日本語が話せるんですか……!?」
(この世界にも、日本語が存在するんですか……!?)
老人はフサフサとした白い髭を撫で、ガサガサと指先を滑らせる。
「いや、正直に言えば……知る限り、その言葉はこの大陸のものではないのじゃ」
恐怖よりも好奇心が勝り、麗華は思わず一歩前に踏み出した。
「じゃあ、どこで覚えたんですか……!?」
村長は目元を和ませ、優しい笑みを浮かべた。
「我が息子の熱心な教えによって覚えたのじゃよ」
「え……息子さん……?」
麗華は眉をひそめ、首を傾げた。
老人はすり足で麗華の脇を通り抜け、粗末な服の裾が麗華のスカートにサラリと触れる。
そのまま向き直し、風に揺れる黄金色の麦畑をじっと見つめた。
「息子はな、普通に生まれてきたんじゃが……妻とあたしは、どこか他の子とは違うと感じておったのじゃ」
揺れる麦穂の音に交じり、村長のかすれた声が伸びやかに響く。
「元気に動く子だったが、決して泣かなんだ。赤子といえば大声で泣き叫ぶのが普通じゃろう? だがその子は静かに座り、ものを知ったような不思議な目であたしたちを見つめながらお乳を飲んでおったのじゃ」
日差しを浴びた土の温かい匂いを吸い込み、村長は深々と胸を膨らませた。
「三歳になる頃、初めて言葉を口にした。聞いたこともない妙な響きだった。あたしたちの言葉を教え込んでも、暗闇でぶつぶつと独り言を呟いておってな……まるで低い呪文でも唱えるように、何度も何度も繰り返すのじゃ」
村長は言葉を切り、目尻に皺を刻んでうっすらと微笑んだ。
「ある日の夕方、たまらず問いただしたのじゃよ。そこでようやく白状した。自分は『日本語』という言葉を話せる……とな。もちろん、あたしたちには聞き覚えもない言葉じゃ。本人が言うには、頭の中に見たこともない異世界の光景が、はっきりと浮かんでおるらしい」
フサフサとした白い髭を撫でると、指先でガサガサと乾いた音が鳴る。
「好奇心に勝てず、あたしはその言葉を教えてくれと頼んだ。あの子が九歳の時じゃ。年老いた親に教えるには十分な年格好じゃろ? 最初は呆れていたが、やがて優しく微笑んでな。読み書きを含めて教えてくれることになったのじゃ」
「どれくらいで覚えたんですか……?」
息を呑みながら尋ねる麗華に、村長はフォッフォッフォと腹から響く嗄れ声をあげた。
「数ヶ月? 冗談ではない! 基礎を叩き込むだけで丸三年もかかったわい!」
乾いた笑いを漏らしながら首を振る。
「最初は苦労した。だが構造さえ分かれば、少しずつ馴染んでいってな。息子には遠く及ばんが、見ての通り、会話程度なら問題なくこなせるようになったのじゃ」
麗華はちらりと隣のシンに視線をやった。
驚いたことに、彼はいつも冷めている灰色の瞳を鋭く光らせ、じっと村長を見つめていた。
胸の中に突然湧き上がった希望に、麗華の鼓動がドクンと跳ねる。
あわてて村長へ向き直り、身を乗り出した。
「その息子さんは、今どこに……!? この村に住んでるんですか!?」
村長は視線を落とし、がっくりと肩を落とした。
黄金色の麦畑へ向かって、すり足で二、三歩歩み寄る。
「フメイロウ……あの子は今、王都におる。少しばかり用事があってな」
麗華は言葉を失った。
老人の深々と刻まれた顔のシワが、静かな悲しみでぎゅっと強張っていた。
気まずい沈黙が流れる中、シンの平坦な声がそれをバッサリと切り裂いた。
「……今夜、ここに泊めてもらえる?」
麗華は思わず顔をひきつらせた。
シンは自分がぶち壊したしんみりした空気に気づく様子もなく、無表情で村長を見つめている。
(あんたねぇ……どこまで空気読めないのよバカ!!)
だが怒るどころか、村長はパチパチと瞬きをし、疲れた顔をぱっと明るくさせた。
「フォッフォッフォ! もちろんだとも!」
目元に温かな皺を刻み、村長は門の方向へと向き直った。
「ついてきなされ、若い旅人さんたち」
二人はその背中に続き、重厚な木製門をくぐった。
一歩足を踏み入れた瞬間、香ばしい煙と、焼き米、煮野菜の温かな匂いが風に乗ってふわりと漂ってくる。
麗華はハッと息をのんで、村の光景を見渡した。
よくある西洋風のファンタジーな街並みなどでは決してない。
どこからどう見ても、日本の古き良き宿場町の風情だった。
(これって……)
狭い土道を、着物のような色褪せた服を纏った女性たちが歩いている。
陽の光を浴びて黒髪のかんざしがキラリと光り、近くの露店からは土器が触れ合うカタカタという音が聞こえていた。
「これら風変わりな造りはな、すべて息子の頭にあった光景を形にしたものなのじゃ」
草履をサッサッと鳴らしながら露店を指さし、村長は語る。
「あの子のおかげで、我が村の暮らしは格段に楽になった」
台の上に置かれた、丁寧に削り出された櫛に麗華の目が留まる。
(息子さん、凄すぎるでしょ……)
麗華は心の中で脱帽した。
(いくら夢に見たからって、漠然とした記憶だけで文化そのものを再現するなんて自分には絶対無理……!)
それから数分ほど歩くと、村長が大きな屋敷の前でピタリと足を止めた。
周囲の質素な小屋とは明らかに異なるその佇まいに、一目で視線を奪われる。
どこからどう見ても、日本の古民家そのものだった。
頑丈な土壁と太い木組み、急勾配の屋根には分厚い藁が重々と敷き詰められている。
多少の荒削りさはあるものの、その様式は紛れもない『和』だった。
老人はギィッと鈍い音を立てて木門を押し開くと、温かな笑みを浮かべて手を差し向けた。
「さあさあ、遠慮はいらん。中へ入っておくれ」
ステータス
名前:真ソル
種族:人間
称号:なし
能力:『???』
ステータス
名前:三葉麗華
種族:人間
称号:なし
能力:なし




