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03話 あちこちに、変なモンスターがいる!

足場の悪い地面に足をとられながら、麗華の頭の中はぐるぐると疑問で渦巻いていた。

ランダムに倒れた小枝の方向を信じるなんて、どう考えてもおかしい。

それなのにシンは、まるで目的地を知っているかのように堂々と先へ進んでいく。自分の頭脳より拾った枝切れを信用するなんて、一体どういう神経をしているのか。


――カサッ、パキッ。


静寂に包まれた森の奥で、乾いた葉を踏みしめる鋭い音が弾けた。

ゾワッと麗華の両腕に鳥肌が立つ。

(うぅ……不気味すぎるでしょ、この森……!)

慌ててシンの背中に追いつこうと足を速めた、その瞬間。

ガサガサッと茂みが大きく揺れ、闇色の影が跳ね上がった。


「キャッ……!?」

悲鳴を上げて後ずさりしたものの、太い木の根に足を取られる。

ドカッ!と湿った土の上に盛大に転倒し、肺の空気が弾け飛んだ。


耳元でドクドクと鼓動がうるさく鳴り響く中、麗華のすぐ頭上でギラリと二つの赤い目が光る。

(さ、さっきの巨大狼……!?)


恐怖で目を剥く視線の先で、モンスターがカッと巨大な顎を開いた。

剃刀のような鋭い牙が、シンの上半身を丸ごと呑み込もうと襲いかかる。

「いやあああっ!」

血みどろの惨劇を覚悟して、麗華は思わず身をすくめた。


――だが、起きたのは完全に関係のない『異常』だった。


サクッ、と。軽やかな切断音とともに、狼の下半身がヌルリと滑り落ちて草むらに転がった。

一瞬遅れて、残る上半身がドスンと重い音を立てて土へ叩きつけられる。


「え……?」

目の前の光景を、麗華は理解できずにいた。

恐ろしい血の海を覚悟していたというのに、当のシンは傷ひとつなく立っている。

制服にはほつれ一つなく、返り血の斑点すらついていない。


ガタガタと震える体を起こし、麗華は泥のついた手のひらをスカートでごしごしと擦った。

おずおずと、息絶えた巨獣の死骸へ一歩踏み出す。

「も、もう動かない……よね……?」

鉄臭い空気に息を詰め、そっと身を乗り出す。


至近距離でよく見れば、狼の皮膚には抉られたような深い弧状の傷痕が刻まれていた。

まるで巨大な怪物に噛みちぎられた痕のようだ。


思考が追いつくより早く、ドクッと黒紫色の血が草むらへ吹き飛んだ。

ドロリと湯気を立てる内臓が、生々しい音を立てて土の上へ滑り落ちる。

(うぐっ、エグすぎる……っ!)

ツンと鼻をつく酸っぱい臭いに強烈な嘔吐感が込み上げ、麗華は口元を袖で覆って跳び退いた。


勢いよく左へ視線を向けると、シンが平然とブレザーの裾を整えているところだった。

しわを伸ばすと同時に踵を返し、まるで公園でも散歩するかのような軽快な足取りで再び歩き出す。

(なんでこの人はこんなに平気なの!? 二つ裂きにされそうになったのに、髪の毛一筋乱れてないじゃない!)


あーもう!と頭をガリガリ掻きむしり、麗華は大慌てで小走りに追いかける。

一体全体、なんなのか、この異常な冷静さは。


薄暗い森の奥へと足を進めながら、目覚めてからの異常事態を頭の中で反芻する――そして、麗華はゾクッと冷たい事実に思い至った。

どんな危険に直面しても、シンはずっと無表情のままだった。

地球上には存在しないはずのモンスターを前にしても、眉ひとつ動かさずに見つめていたあの顔。


こんな狂気染みた状況だというのに、彼は一度だって疑問の声を上げていない。

そしてさっきも、鋭い牙に噛み砕かれる直前に、怪物は勝手に両断された。

(まさか……この人、こうなることが最初から分かってた……?)


前を行く無口な少年の背中に、麗華はチラリと怯えた視線を向けた。

(シン君……まさか、本当は何か知ってるの……?)


足を進めるにつれ、土の小道に転がる狼の死骸が増えていった。

どれも例外なく胴体で真っ二つに切断され、足元には暗紫色の血だまりが広がっている。

木陰に淀む重苦しい空気が喉にまとわりつき、イガイガとした不快感を覚えさせた。


「うぐっ……」

二本の指で鼻をしっかりとつまみ、麗華は転がる爪付きの脚を慎重に避けて歩く。

(あの怪しい態度……絶対に何か隠してる。ううん、でも証拠もないのに決めつけるのはよくない……っ)


歩調を速め、固く踏み固められた土をザッザッと強く踏みしめた。

(あーもう、考えてても埒があかない! 直接聞いた方が早いわよ!)

「ねぇ、シン――痛っ!?」


警告もなしにピタリと足を止めたシンの固い肩に、麗華は顔面から激突した。

(ちょっと! なんで急に止まるのよ……!?)


「着いたよ」


わけも分からず、ツーンと痛む鼻を擦りながら、麗華は佇むシンの脇をすり抜けて前方を見やる。

「っ、眩し……!」

視界になだれ込んできた猛烈な白光に、思わず腕をかざして目を覆った。

樹々の隙間から溢れ出す眩しい光に目が慣れていくにつれ、麗華はハッと息をのむ。


薄暗く湿っぽい森が唐突に途切れ、二人の目の前にはどこまでも続く絶景が広がっていた。

視界の果てまで一面に広がる、黄金色の麦畑。

温かな風がすーっと揺れる穂先を吹き抜け、ぬくもりのある土と甘い穀物の匂いを運んでくる。

頭上には、柔らかい綿雲を浮かべた鮮やかな青空が、どこまでも高く広がっていた。


黄金色の海を割るように、一本の細い土の道が伸びている。

視線の先には丸太の柵と重厚な木製門。柵の向こうからは、幾筋もの煙が立ち上っていた。

「あそこ、村なのかな……?」

感嘆の声を漏らす麗華の隣は、いつの間にか空っぽになっていた。

ハッと気づいたときには、もうかなりの距離が開いている。


「……シン君!?」


くるりと振り返り、眩しい景色の中に視線を走らせる。

前方の細道を、シンが悠々と歩いていた。乾燥した麦の穂先に、指先をサワサワと滑らせながら。

(ちょっと、あの男! 置いていく気!?)


フンッと鼻を鳴らし、大慌てで足を早める。

麦畑の中ほどで、麗華はふと足を止めて振り返った。

青空を背に、深緑の不揃いな壁がどこまでも連なっている。


(あの森、広すぎるでしょ……脱出できて本当によかった……)

ゾクッと背筋を冷たい悪寒が駆け抜けた。

もし脱出できていなければ、屋根も食べ物もなく、闇の中でモンスターの影におびえながら野宿するハメになっていたのだから。


視線を村へと戻すと、木製門の近くにたたずむシンの姿が見えた。

その前には、見上げるほど大柄な影が立ちふさがっている。

(とりあえず村に着けたんだし、これで少しは休めるかも……)


だが、近づくにつれて安堵は吹き飛んだ。

門番と思われる男が一歩踏み出し、腰から重厚で錆びついた手斧を引き抜いたのだ。

ジャキッと嫌な金属音が響く。

男はシンの汚れ一つないブレザーとスラックスを睨みつけ、警戒心剥き出しで目を細めた。


「@#$%&!」


怒鳴り声のような未知の言語が、開けた一本道に恐ろしく響き渡る。

けれど、シンは眉ひとつ動かさない。

ぺこりと丁寧におじぎをすると、極限までスピードを落としたカタコトで口を開いた。

「わ・た・し・は、そ・る・く・ん・で・す」

「@#$%&、@#$%――!?」


額に深い皺を刻み込み、男は木製の柄をギシッと強く握りしめて怒鳴り返した。

言葉など一言も通じていないのは火を見るより明らかなのに、シンはまるで道を尋ねる迷子の観光客のような顔で立ち尽くしている。


(バカなの……!?)

麗華は呆れ果てて頭を振った。

(ここが異世界なのは確定なんだから、日本語が通じるわけないでしょ……っ!)


意思疎通の完全な決裂が、門番の怒りに油を注ぐ。

日焼けした前腕にピキピキと青筋が浮かび上がり、柄を握る指先が白く強張った。

「@#$%&#$――!!」

今にも斧を振りかぶらんばかりに、男が身体を強張らせて咆哮する。


一触即発の危機を察し、麗華は前に踏み出してシンの肩をバシッと力強く叩いた。

そのまま後ろへ一歩引き下がらせる。

「下がってて。ここはあたしに任せなさい。」






ステータス

 名前:真ソル

 種族:人間

 称号:なし

 能力:『???』




ステータス

 名前:三葉麗華

 種族:人間

 称号:なし

 能力:なし

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