↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
18/21

18話 災厄竜との激突

舞い散る土煙が収まると、空中に漂う竜がぴたりと動きを止めた。

角の生えた首を引き絞り、黒煙の巨体をバネのように収縮させる。

何を企んでいるのか、麗華(れいか)には見当もつかない。


互いに指一つ動かさず、睨み合う。

麗華も、竜も。


「……」


まるで西部劇の決闘だ。拳銃こそ手にしていないけれど。


次の瞬間、張りつめた静寂を切り裂き、竜が恐ろしい速度で直下してきた。


「きゃっ……!?」


速すぎる。

体重を移動させて一歩を踏み出す余裕すらなく、巨大な影が頭上へと覆いかぶさる。


「くっ……!」


影の鼻先が、麗華のおでこに触れた――その瞬間。


頭の中を真っ白に染め上げるほどの閃光が弾けた。


熱さはない。

けれど、焼き尽くすような光の濁流が意識の中心へとなだれ込み、広場も、黒い樹海も、月明かりの夜空すらも、純白の光の海へと呑み込んでいく。


巨大な竜の影も、荒らされた草原も、夜の闇も。

すべてがまばゆい光の中へと一瞬で消え去った。


そして、訪れた光と同じ速度で、世界は深い闇へと落ちていく。


――森に、重苦しい静寂が戻っていた。


荒れ狂っていた暴風は完全に止み、残されたのは冷たい夜気と、引き抜かれた根や掘り返された土の湿った青臭い匂いだけ。


なぎ倒された巨木と荒廃した大地のただ中。

そこに、あの巨大な異形の姿はどこにもなかった。


蒼白い星空の下、静まり返った草むらに。

ただ一人、麗華だけが意識を失ったまま倒れ伏していた。


。。。。。。


「んん……っ」


全身を痛打する、ズキズキとした激しい痛み。

ぎゅっと目を閉じ、頭を刺す痛みを堪えようとした――その瞬間、痛みの奥底で本能が警鐘を鳴らした。


(え……!?)


ガバッ! と目を開く。

頭上いっぱいに広がっていたのは、身体丸ごと呑み込もうと巨大に開いた影の顎(あぎと)。


「きゃあっ!?」


なりふり構わず横合いへ飛び込み、湿った草むらを必死に転がった。


バチコンッ! と空を切って噛み合わさった衝撃音が、歯の根まで揺さぶる。


(なになになに……!? 死ぬかと思った……っ!)


息を整える暇すらなく、影の顎が翻り、二撃目の強襲が襲いかかる。

焦燥に駆られ、震える手を勢いよく突き出した。


「『【拘束の鎖(チェイン・オブ・インプリズンメント)】』――っ!」


手のひらから飛び出した鮮やかな紫の光環が、瞬時に影の顎へと巻きつき、口を封じ込めにかかる。

けれど、竜が首を荒々しく一振破しただけで、光の縄はパリンッ、と呆気なく紫の粉末へと弾け飛んだ。


(くそっ……!)


態勢を立て直す隙すら与えず、異形は再び顎を大きく開き、至近距離から声なき咆哮を叩きつけてきた。


「ぐっ……!?」


まるで巨大な岩壁が倒れてきたかのような凄まじい精神圧。

身体が宙に浮き上がり、そのまま夜の闇の中へと吹き飛ばされた。


ズルズルッと地面を滑り、胸の奥を嫌な冷気が激しく揺さぶる。

苦痛に喘ぎながら激しく咳き込み、痛む脚に力を込めて、どうにか立ち上がった。


「なんとか……しなきゃ……っ!?」


息が止まる。


引き寄せられるように視線を右側へと落とした麗華(れいか)の顔が、蒼白に染まった。


「う、腕……どこ……っ!?」


右腕の半ばから先が、まるごと消失していた。

欠損した断面から、怪しく輝く光の亀裂がピキピキと網の目状に走り、肩や胸元へ向かってガラスのように広がっている。


直後、頭から氷水をかぶせられたような衝撃が襲った。


「んぐっ……!? な、なんで私、服着てないのっ!?」


一瞬だけ巨体の異形のことすら頭から吹き飛び、火が出そうなほど顔を真っ赤にしながら、残された左腕で必死に胸元をかき抱く。


「こんなの……っ!」


だが、無防備な素肌を冷たい夜風が撫で上げた瞬間、恥ずかしさは一吹きで消し飛んだ。


闇の奥でギラギラと狂暴に揺らめく、二つの血赤色の双眸。

ひび割れた身体を、凝固するほどの殺意で見下ろすその姿――間違いなく、業火竜ヴェイリール。


迷っている時間なんて一秒すらない。

残された左手を前に突き出し、張り裂けんばかりの声を張り上げた。


「『【拘束の鎖(チェイン・オブ・インプリズンメント)】』――っ!」


カァッ! と闇を切り裂いて放たれる凄絶な紫光。

光り輝く重厚な鎖が次々と虚空を駆け抜け、業火竜の巨躯へと容赦なく巻きついていく。


荒々しく身をよじる竜のオーラによって、最初の鎖がパリンッと脆く砕け散る。


けれど、怯まない。

引きちぎられるたびに何度も何度も左手を突き出し、さらに太く強靭な紫光の縄を間髪入れずに叩き込んでいく。


(くっ……他に何も思いつかない……! とにかく、縛り続けるしかないんだから……っ!)


秒単位で時が過ぎるごとに、業火竜の余力が削り取られていく。

紫の光鎖を引きちぎるたび、その霊体を繋ぎ止める凄絶な力が急速に失われていた。


混乱する意識の中でも、麗華(れいか)はその変化を見逃さなかった。

陰影の巨躯に宿る血赤色の眼光が明滅を繰り返し、あきらかに光を失いつつある。


ひび割れた全身に強烈な激痛が走り、視界がグラリと激しく揺れた。

それでも唇を強く噛み締め、限界を超えた意識を極限まで奮い立たせる。


(頼む……頼むから、倒れて……っ!)


その時、ガチャンッ! と重厚な音を立てて、一本の紫光が竜の手首を固く捉えた。


巡ってきた千載一遇の好機。

残されたすべての魔力を、その呪文へと一気に叩き込む。


闇を切り裂いてさらに十数本の光鎖が爆ぜ、太い鉄枷のごとく竜の脚、胴体、そして顎(あぎと)へと怒涛の勢いで巻きついていった。


「ぐっ……!?」


業火竜が半狂乱になって暴れ狂う。

影の巨大な翼を広げられる限界まで広げ、光の鎖を力任せに引きちぎろうと蠢く。


だが――今度は鎖が千切れることはなかった。


圧倒的な拘束力で押さえつけ、巨大な異形を地面へと完璧に縫い留める。


封じられた顎の奥から、低く悲痛な呻き声が漏れ出た。


「ウ、ウゥゥ……」


麗華は、ぽかんと口を開けたまま呆然と見つめた。

『六大災厄竜』が一柱――あの恐ろしい業火竜との、魂を削るような凄絶な死闘。


勝った。本当に、私が勝ったんだ。


猛り狂っていた怨霊は、光輝く紫鎖の網に絡め取られ、いまや身動き一つできずに横たわっている。


「ふふ……っ」


かすれた、吐息のような笑いが漏れた。

疲労困憊になりながらも勝利の余韻に浸り、囚われの竜を近くで見ようと踏み出そうとした――その瞬間、脚の力が完全に失われた。


そのままガクリと、前方へ倒れ込む。


――けれど。


その顔が、硬い土に打ちつけられることはなかった。


「きゃあっ!?」


湿った草むらに叩きつけられるはずだった身体は、ふわっと中空で受け止められた。

まるで静かな深海を漂うように、ゆるやかに減速して静止する。


驚きつつ足元へ手を伸ばしてみるが、触れるのはひんやりとした無抵抗の空気だけ。

激闘の昂ぶりが引いていくのを感じながら、紫に染まった瞳を巡らせ、周囲を見回した。


森の広場は、影も形もなく消え去っていた。

折れた大木も、柔らかい草葉も、輝く月夜の空も――すべてが痕跡すらなく消失している。


視界の及ぶ限り、広がっているのは果てしない漆黒の闇。

紫の光鎖のかすかな羽鳴りと、ヴェイリールの衰えゆく赤い残光。

その二つの光だけに照らされた虚無の世界に、束縛されて荒い息を吐く巨体と、自分自身だけが存在していた。


(ここ……見覚えがある)


音のない重苦しい静寂が、全方位から精神を圧迫してくる。


「私……また、『あの』空間に戻ってきちゃったの……?」


ぽつりと呟いた麗華(れいか)の声は、広大な闇の中へとしずかに吸い込まれて消えた。


間違いなかった。

二日前、無理やり引きずり込まれたあの虚無の領域――言葉を喋る光球に魂を砕かれかけ、あの『【契約(コントラクト)】』を与えられた場所とまったく同じ空間に、二体は浮遊していた。


(どうしてこんな場所に……? 竜の鼻先がおでこに触れた時? それとも、意識を失った後……?)


頭の中に次々と疑問が渦巻くが、首を大きく振って振り払った。


(ううん、考えるのは後! いまはまず、この異形をどうにかしないと……!)


上体を起こそうと力を込めるが、下半身の感覚がまるで湧いてこない。

視線を落とし、ゾクッと頭のてっぺんから血の気が引いた。


右足の先が脆い陶器のように崩れかけ、光る微粒子となって暗黒の虚無へと静かに散っていく。

胸元や残された左腕を覆う亀裂の網目はさらに広がり、不規則な紫の光を頼りなく明滅させていた。


魂の身体が崩壊しかけているのも構わず、無重力の闇を泳ぐようにして、囚われの竜へと接近する。

暴れ回るのをやめた今なら、ようやくその姿を間近で観察できた。


そうして距離を詰めた瞬間――


ピキッ! と竜の巨大な頭部が跳ね上がり、まっすぐこちらを振り仰いだ。


「ひゃあッ!? び、びっくりした……!」


思わず悲鳴を上げ、無重力の空中で後ずさる。


荒い息を整え、意を決して大きな賭けに出ることにした。

意識を集中させ、顎を封じ込めていた一本の鎖だけを解く。


口元が自由になった瞬間、業火竜は低く声なき唸り声を上げた。


重厚な振動が暗黒の空間を揺らし、衝撃でひび割れた肩から光る粒子がパラパラと剥がれ落ちていく。


「びくっ」と肩を跳ね上げ、顔を引きつらせた。


「ふ、ふん……。もう何もできないくせに」


なんとか強がり、ひきつった笑みを浮かべてみせる。


血赤色の双眸には、肌が粟立つほどの強烈な憎悪が燃え盛っていた。

体躯から禍々しい怒りを滾らせてはいるものの、残る鎖を振り払おうとはしない。

単に、暴れるだけの余力が残っていないのだ。


「ふむ……」


恐怖よりも好奇心が勝り、一歩、間合いを詰める。

間近でじっくりと観察する竜の顔立ち。

滑らかな黒ガラスのような分厚い鱗の隙間に、柔らかい橙色の火焔が繊細な脈となって脈打っていた。


(トカゲに似てるけど……こんな異様で美しい顔立ち、見たことない……)


「すごい……」


ぽつりと、感嘆の吐息が漏れた。


危害を加える力がないと確信し、息を整えてさらに踏み出す。

残された左手をそっと伸ばし、鼻先の上にある漆黒の角へと指先を近づけた。


肌が触れ合う、まさにその直前――。


『――人間よ、軽挙妄動はつつしめ』






ステータス

 名前:真 ソル

 種族:人間

 称号:なし

 能力:『???』




ステータス

 名前:三葉 麗華

 種族:人間

 称号:なし

 能力:『契約』

     さぶあびりて『拘束の鎖』

     さぶあびりて『主観的支配』

     さぶあびりて『主観的接続』

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。