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17話 私たちの、とある悪夢

ゆらゆらと揺らめく光に引き寄せられるように、麗華は足を進めた。


肘ほどの高さに漂う、柔らかな青い光球。

そっと手を伸ばすと、その輪郭が指先にくすぐったく触れた。


「なんだか温かい……。害はなさそうだし、ほら、くっついてくるよ〜!」


青い光は手のひらの上でくるりと輪を描くと、そのまま肌へとしみ込んでいく。


スゥッと腕を駆け巡る心地よい刺激。

凝り固まっていた筋肉の重みが、みるみる溶けて消えていく。


パチクリと目を瞬かせ、小さく息をのむ。


「すご……っ、身体が軽い!」


その声に反応するように、周囲の光の粒が一斉に押し寄せてきた。


胸へ、肩へ、両腕へ――。

じんわりとした温もりが血液に乗って全身へ広がり、二日間の眠りで残っていた疲疲労を根こそぎ洗い流していく。


(身体の中に吸い込まれるたびに、どんどん調子が良くなってく……!)


「これ、私の回復を手助けしてくれてるのかな……?」


指先を握ったり開いたりしながら、ぽつりと呟く。


あまりの心地よさに気を取られ、あたりを照らしていた光が減っていることに気づかなかった。

足元を覆う草むらに、再び暗がりが満ちていく。


「……ん?」


数メートル先。

薄暗い赤色の光球が、突如として一箇所に凝縮を始めた。


ビクンッ、と空間が歪むような激しい動きとともに、ひと塊の球体へと変貌する。

その禍々しい輝きが、草原に長く尖った影を浮かび上がらせた。


――その中心で、何かが蠢く。


紫色の瞳を凝らし、じっと目を凝らす。


「……なにか、いる?」


パカッと赤い球体が割れた。

闇の奥から現れたのは、こちらを真っ直ぐ射抜く、重苦しい血赤色の視線。


「ひっ……!?」


ゾクッ――と、凍りつくような悪寒が背筋を駆け抜ける。


ドッと胸を突く圧倒的な恐怖。

本能が『逃げろ』と叫んでいた。

湿った土を蹴りつけ、がむしゃらに後ずさる。


(魔物……!? 中に、何かが潜んで――)


後ずさる暇すら与えられなかった。


ドォンッ!


赤い群れの中心から爆風が吹き荒れ、漂っていた光の粒が四方八方に弾け飛ぶ。


バサァッ!


巨大な黒い影が夜空へ躍り出た。

重厚な羽ばたきが苛烈な暴風を巻き起こし、麗華(れいか)の髪を激しく乱す。


輝く月を背に浮かび上がる巨躯。

射抜くような赤い眼光が、まっすぐにこちらをとらえて離さない。


雲すら覆い隠す巨大なシルエットを見上げ、喉が詰まり、心臓が跳ね上がった。


「ご、業火竜……!?」


あり得ない光景に、声が掠れる。


蒼白い月を背に立ちふさがる、黒煙のように蠢く黒鱗。

間違いない。『六大災厄竜』が一柱――災厄竜ヴェイリール。


けれど、奴はシン君が倒したはずだ。

絶対に、死んだはずなのに……!


ギューッと胸を締めつける凄まじい恐慌。

肺から酸素が吐き出され、まともに呼吸すらできない。


夢中で手を伸ばし、隣に立つシン君の袖を必死に掴みしだいた。


「シ、シン君……! ぎ、業火竜が生きて……っ!」


しかし、彼は空を見上げようともしなかった。

ただ無表情のまま、こちらへと視線を向ける。


「どこにだ?」


「だ、だからそこ! 見えないの!?」


震える腕を突き出し、夜空の星々を遮る巨大な黒影を指さす。


シン君は指さされた方向――月明かりが静かに照らす虚空を、ただじっと見つめた。


「何もないぞ」


ヒュッ、と息が縮み、冷たい悪寒が足元から突き上げる。


淡々とした彼の横顔を見つめる。

彼はいつだって冗談も嘘も言わない、愚直なまでに真面目な男だ。


(嘘……じゃ、ない? 私にしか、見えてないっていうの……!?)


じわりと、手のひらに嫌な汗が滲む。


自分を守ってくれるはずの存在。

けれど、認識すらできない相手では、戦いようがない。


さっきまで感じていた絶対的な安心感が、一瞬で消え失せていく。


「そんな……どうして……っ」


混乱する頭の中に、ふとある記憶がフラッシュバックした。


――『契約』の派生能力。そのパッシブ効果。

いまも視界を覆う怪しい紫色の光は、本来なら見えないはずのモノを映し出している。


(そうか……! この眼は、肉体のない精神世界まで視認できるんだ……!)


頭を殴られたような衝撃が走る。


見上げる巨躯は、完全な無音の中に浮かんでいた。

けれど、骨の髄まで響くような圧倒的な重圧。

ドス黒い陰影から押し寄せるのは、息もできないほどの憎悪と冷たい憤怒だ。


(じゃあ……いま見えているのは、あいつの『魂』……!?)


肉体は滅びても、執念の残滓がここにとどまっている。

生前をはるかに上回る狂気を孕んで。

実体を持たぬ怨霊と化してもなお、業火竜の威圧感は絶望的だった。


(くそっ、やばいやばいやばい……!)


早鐘のようにドクドクと激しく脈打つ胸。

なんとかしなければ、殺される――!


その時、藁にもすがる思いで一つの可能性に思い至る。


(そうだ……もう一つの派生能力! 触れたものを縛り付ける、あの力が――!)


奥歯をガチリと噛み締め、震える両手を巨大な幻影へと突き出す。


(頼む、効いてくれ……っ!)


「『拘束の鎖(チェイン・オブ・インプリズンメント)』――っ!」


キィィンッ! とガラスを削るような甲高い音とともに、淡い紫色の光環が弾け飛んだ。

灼熱の鞭となって広場を駆け抜け、業火竜の巨大な胸と翼を深く締め上げる。


影の巨体を確実に縛り付けた――そう確信した次の瞬間。


ピキッ――。


ほんの少し巨大な肩を揺らしただけで、光の縄は呆気なく断ち切られた。

パリンッ、と儚い火花となって夜空へ霧散していく。


「そんな……っ」


攻撃を受けたことに激怒した竜が、影の顎(あぎと)を大きく開く。


声なき、しかし大気を圧壊するほどの壮絶な咆哮が叩きつけられた。


――ヴォオオオオオオオオオオッ!!!!


声なき衝撃波が草原をなぎ払い、草むらを押し潰しながら迫り来る。


耳を揺らす音は一切ない。

だが、巨大な岩で脳を直接殴られたかのような衝撃が、意識を激しく揺さぶった。


「くっ……!?」


ガクッと膝が折れ、その場によろめく。

月明かりの夜空がぐにゃりと歪み、強烈な眩暈(めまい)が襲いかかった。


胸の奥から込み上げる不快な冷気。

両手両足が、まるで鉛のように重く沈んでいく。


(耳は何ともないのに、全身の震えが止まらない……! これ、魂を直接攻撃されてるの……!?)


膝から急速に力が抜けていく。

それでも滲む血の味がするほど唇を強く噛み締め、倒れ込みそうになる身体をどうにか繋ぎ止めた。


(膝をつきそう……でも、倒れるわけにはいかないっ!)


ふらつく隙を、幻影の竜が見逃すはずもなかった。

大きく開かれた影の顎の奥で、薄赤色の光がブワッと蠢く。

二撃目を放つべく、灼熱の塊が集束していく。


「だ、ダメ……っ! 私がなんとかしなきゃ……!」


焦燥に駆られ、背後にいるシン君に向かって必死に手を振る。


「シン君、逃げて! ここから離れて……っ!」


彼には、夜空に聳え立つ巨大な異形は見えていない。

けれど、蒼白な顔で脚を震わせる麗華の姿を見て、事情を尋ねることも迷うこともしなかった。


ただ、言われた通りに動く。


「わかった」


身を翻すと、一瞬にして深い樹海の影へと姿を消した。


荒い息を吐き出しながら、目眩のする頭を振る。

彼がここに残っていれば、どこから来るかも分からない攻撃に巻き込まれていたはずだ。


前方に向け、再び両手を強く突き出す。


ガチャンッ!


鋭い金属音とともに駆け抜けた紫色の光鎖が、炸裂する直前の赤光を押し潰すように、竜の開いた顎へと直接叩きつけられた。


「これで……私とアンタだけね……っ!」


大きく両腕を広げる。

『【拘束の鎖(チェイン・オブ・インプリズンメント)】』を、何度も、何度も発動させた。


幾重もの光鎖が広場を駆け巡り、周囲に生い茂る大木の太い幹へと巻きついていく。

深々と根を張る巨木を支柱代わりにし、暴れる竜の身体を頑丈に縛り上げた。


手を休めることなく、幾重もの光のロープを重ねていく。

巨大な異形が、紫色の光鎖の網で完全に覆い尽くされるまで。


「ハッ……ハッ……」


荒い息を吐き出し、深く身をかがめる。

胸が激しく上下し、口内に苦い味が広がった。


(これなら……これなら、どう……っ!?)


バツンッ!


夜気を引き裂く不穏な緊張感。

竜の膂力(りょりょく)は、こちらの想定をはるかに凌駕していた。


影の巨体が力任せに両肩を押し上げ、空へと爆進する。

ギシシ……と悲鳴を上げた古木たちが、凄まじい爆音とともに根こそぎ地面から引き抜かれた。


「きゃあっ!?」


巨大な丸太が、まるで軽々としたおもちゃのように闇を舞う。

頭を抱え、横合いの土の中へと必死に飛び込んだ。


頭上をかすめる巨大な影。

ズドンッ! と地面が揺れ、倒れ伏した背中に土煙と枯れ葉が容赦なく降り注ぐ。


がむしゃらに立ち上がり、顔を上げる。

紫色の光鎖は跡形もなく弾け飛び、輝く粉となって夜空へ霧散していた。


怨霊と化した竜が、再び完全に解き放たれる。


「これでも……ダメなの……!?」


麗華(れいか)自身は気づいていなかった。

だが、この死闘は竜の側にも確実なダメージを与えている。


霊体を繋ぎ止める魔力が削られ、夜空に浮かぶ巨躯が、わずかに明滅していた。


それでもなお。

舞い上がる土煙の奥から、ギラギラと輝く血赤色の双眸が、純粋な憎悪を湛えて見下ろしている。


(やっぱり……私とあいつの差は、あまりにも大きすぎる……っ)


数百年にわたり、この地を統治してきた業火竜。


どれほど弱体化していようと、その古き憤怒の前にあっては、ひとたまりもない。

ただの羽虫同然の存在に過ぎなかった。


――ヴォオオオオオオオオオオッ!!!!


再び、大気を圧壊する声なき咆哮が放たれる!


「くっ……!?」


胸元を強くかきむしり、奥歯をガチガチと鳴らす。


眩暈(めまい)を伴う冷酷な波動が、容赦なく身体の奥深くへと叩きつけられた。


(うぐぐ……この攻撃、マジで嫌い……っ!)






ステータス

 名前:真 ソル

 種族:人間

 称号:なし

 能力:『???』




ステータス

 名前:三葉 麗華

 種族:人間

 称号:なし

 能力:『契約』

     さぶあびりて『拘束の鎖』

     さぶあびりて『主観的支配』

     さぶあびりて『主観的接続』

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