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14話 異世界で騙されて 


麗華は顎に手を当て、漆黒の床を素足でたすたと歩き回る。


「えっと、とりあえず頭を整理しよう……」


あの変な光が胸に飛び込んできた時の凄まじい激痛は、まるで内側から心身をひき潰されるような感覚だった。

すぐに治まったとはいえ、よくぞ無事でいられたものだ。

ゾクッと背筋を冷たい悪寒が走り、発光する皮膚の下でまだヒリヒリと鈍痛が疼いている。


「……ってことは、もしかして、あの光の球体が言ってた『大いなる力』って、これのこと……?」


思考を巡らせる間もなく、宙に浮かんでいた発光文字が紫色の小さな火花を散らしてパッと消え去った。


「え……? どこいっちゃったの……?」


文字は消えてしまったが、奇妙なことにその概念や使い方は少女の脳裏にくっきりと刻み込まれていた。


(文字は見えなくなっちゃったのに、アビリティの効果や使い道がハッキリわかる……まるで、最初から知っていた古い記憶みたいに……!)


「ほんと、どうなってんのよ……」


呆然と呟いた直後、好奇心など一瞬で吹き飛ぶほどの圧倒的な現実が胸を突いた。

せわしなく狭い歩幅で、麗華はくるくると歩き回る。


「ってゆーか、こんな真っ暗な場所に閉じ込められて、これからどうすればいいわけ……!? 何もないじゃん、いるのあたし一人だけだし……!」


叫び声は果てしない暗闇にむなしく吸い込まれ、重苦しい静寂へと還っていく。


(うう……最悪……っ)


これ以上ひとりでじっとなんてしていられるか。

現状を打破するため、決意を込めて振り返り、少女は果てしない暗闇を見据えた。


「ここから出る方法はないわけ!? お願い、小さな穴でも隙間でもいいからさ!」


パンッと指を鳴らし、ひらめいたように目を輝かせる。


「そうだ……! さっき手に入れた、あの力があるじゃない!」


何もない空間に向かって両手を突き出し、発光する指先を大きく広げる。


(もしかして、これを使えばこの空間をぶち破れるんじゃ……っ!)


大きく腕を薙ぎ払い、暗黒の虚空に向けて叫ぶ。


「拘束の鎖!」


声は静まり返った虚空にむなしく溶けていく。

紫色の鎖が闇から飛び出してくるのを期待し、息を呑んできょろきょろと辺りを見回すが――。


「……」


え? と、麗華は目をしばたたかせる。

なにも起きない。微塵も変化はなかった。


眉間にシワを寄せ、気を取り直して少女はもう一度両手を構える。


「『主観的支配サブジェクティブ・コントロール』!」


返ってくるのは相変わらずの深い静寂だけだった。

恥ずかしさから、麗華の首筋が一気にカーッと熱を帯びる。


「こ、こうなったら! 主観的接続! 拘束の鎖! えいっ、やあぁぁっ!」


虚空に向かって両手をめちゃくちゃに振りかざし、大げさなポーズを取りながら喉が枯れるまで叫び続ける。

やはり何も起きない。光のスパーク一つ、魔力の欠片かすら感じられない。


「本当に何もないわけ……? どうしてよ……っ!」


ばたりと両腕を力なく下ろし、淡く光る自らの手のひらを麗華はぽかんと見つめ続けた。


「……もしかして、すっかりハッタリだったわけ?」


両手で顔を覆い、盛大なため息とともに少女は仰向けに倒れ込む。


「ううう……うそでしょ……あのクソみたいな光の玉にすっかり一杯食わされたってわけ!? こんな気味の悪い虚空に放り出して、変な希望だけ与えてさあ!」


全身の力がすっぽり抜け落ち、光を帯びてひび割れた身体が虚空の床に沈み込んでいく。

長く細い息を吐き出しながら、皮膚の亀裂から漏れる弱々しい光の明滅を麗華は虚ろに見つめた。


その時、頬をかすめる奇妙な感触があった。


(……ん?)


右の頬を、ぽん、と鋭く叩くような何者かの気配。


(いまのはいったい……?)


瞬きをし、麗華は果てしない黒を見上げる。

直後、先ほどよりも強い衝撃がその皮膚を打った。

あごのあたりにポタリと落ちてきた温かな水滴と、まるで水底から響くように、胸を震わせるこもった振動。


はっと麗華は上体を起こし、むやみに宙を払う。


「ぐっ!? なになに……っ」


――そこで、少女の動きがピタリと凍りついた。


鼻腔をくすぐるのは、古びた木の匂い。

肌には、ずっしりと重い毛布のざらついた感触があった。

低い天井の小さな部屋に差し込む柔らかな朝日を受け、麗華は激しく何度も瞬きをする。


もはや不気味な虚空などそこにはない。

麗華は今、本物の木製のベッドに横たわっていた。


(いつの間に、戻ってきたのだろう……?)


――「気がついたんだね、麗華」


静かな声の方へと、麗華はゆっくり首を巡らせる。


「……ソル?」


ベッドの脇に置かれた素朴な木製の椅子に腰掛け、シンは人さし指の爪先を退屈そうに眺めていた。


「あのシルヴァとかいう娘の言った通りだな。やっぱり突くのが一番手っ取り早い」


絶句し、じっとりと冷めた目を向けて麗華は眉間を寄せる。


(まさか……さっきの頬の衝撃って、この人に突かれたわけ……?)


かすかに息を吐き出し、ごわごわした藁の枕へと麗華は頭を沈める。

やり方はともかく、自分の身体に無事に戻れたなら御の字だ。少なくとも、こうして目を覚ますことはできたのだから。


「……あれは、全部夢だったのかな……」


ぽつりと麗華は呟いた。


シンが返事をするより早く、静かな部屋にギィと大きな音が響き渡る。

重い木の扉が勢いよく開き、部屋に飛び込んできたシルヴァが、敷居のところでピタリと足を止めた。


「レイカ……?」


「シルヴァ?」


シルヴァは下唇をぷるぷると震わせ、次の瞬間、大粒の涙を堰を切ったようにあふれさせながら突進してきた。

ベッドへ飛び込むと、麗華の首にしがみつくように力いっぱい抱きついてくる。


「うわぁぁぁんっ! 心配したんだよぉっ……!」


肩口に顔を埋めて泣きじゃくるシルヴァの腕は、呼吸が苦しくなるほど強い力で麗華の身体を締め上げていた。


「えっと……ほら、こうしてちゃんと起きてるからさ」


慌てて背中をぽんぽんと不器用に叩きながら、麗華はなんとか落ち着かせようと言葉をかける。


「そんなに泣かなくても……」


ガバッと勢いよく身を引いたシルヴァが、真っ赤に潤んだ目を剥き出して麗華の両肩を強く掴んできた。


「丸二日も意識が戻らなかったんだよ!? 心配するなって方が無理でしょっ!」


ビクッと麗華は体を硬直させ、顎が外れんばかりにぽかんと口を開ける。


(えっ……麗華、丸二日も寝てたの……!?)


「す、すごく心配かけたよね。変な心配させて、本当にごめん……っ」


弱々しく申し訳なさそうな笑みを浮かべ、麗華の胸の奥がキュッと締め付けられるような罪悪感に襲われる。


「ううん。あたしにも責任はあるし……」


汚れた袖の裏で、シルヴァはぽつりと頬の涙を拭う。


「あんな危ない場所で、一人きりにするべきじゃなかったよ……」


麗華は慌てて頬を掻きむしり、指先に伝わる自身の肌の温もりを確かめた。


「ううん、残りたがったのはあたしの方だし。シルヴァのせいじゃないよ」


「それでも!」


遮るように、シルヴァの声が頑固な熱を帯びて跳ね上がる。


「友達を危険な場所に置き去りにするなんて、できるわけないでしょ!」


その言葉が、静かな部屋の中で優しく響いた。

麗華の口元に、自然と本物の笑みがこぼれる。


(友達、か……)


「はいはい、わかったってば」


声音を和らげ、麗華はベッドの端をポンと軽く叩く。


「ほら、こうして元気になったんだから、もう心配しないで」


最後にもう一度ぐずっと鼻を鳴らし、シルヴァは涙を浮かべながらもぱっと明るい笑顔で頷いた。


「うんっ!」


安堵が広がったのもつかの間、ベッドの縁へと身を乗り出し、シルヴァはふっと表情を険しく引き締める。


「そういえばさ、一体あの時何があったの? 急に叫び声が聞こえたから駆けつけたけど、倒れてる理由なんて何一つ分からなくてさ……」


その問いかけに、麗華の心臓がドキンと激しく跳ね上がる。


(こんなの、絶対に秘密にしなきゃ……。胸の中にヘンテコな化け物が飛び込んできて、視界にピカピカ光る文字が出現したなんて、口が裂けても言えるわけない……っ!)


「あ、ええっと……」


冷や汗が背筋をじっとりと伝うのを感じながら、ごまかすように麗華は首の後ろをポリポリと掻く。


「その……急に物音がしたから、なんか魔物でも飛び出してくるんじゃないかって怖くなってさ……それで叫んで、そのまま気絶しちゃったみたい……?」


ベッドの脇で、シンがゆっくりと首を巡らせる。

冷徹なまでの鋭い眼差しが、言葉もなくじっと麗華を射抜いていた。


「……」


片眉を持ち上げて疑わしげに見つめていたシルヴァだったが、次の瞬間、こらえきれず盛大に吹き出した。


「ぷははっ! なんだ、レイカってそんなに怖がりだったんだね!」


麗華の顔が一気にカァッと熱くなり、耳たぶの先まで赤く染まっていく。

ばつが悪そうに視線を床へと落とし、気まずそうに少女はモジモジと首を擦った。


「い、色々とあったでしょ、その日は! ちょっと精神的に疲れちゃってたんだよ、へへへ……」


「それにしても、ただビビっただけで丸二日も気絶しっぱなしって……?」


楽しげに目を輝かせ、シルヴァがからかうようにぐっと顔を近づけてくる。

「ビビリっていうレベルを超えてる気もするけどさ!」


「ちょっと、それは――」


――キュルルルル……ッ!


麗華の不平は、腹の底から響いた盛大な腹の虫の音にかき消された。


静まり返った小さな部屋に一拍の沈黙が落ち、直後、それを上回る激しい二度目の腹鳴が轟く。


「あ、そっか。丸二日も何も食べてなかったんだもんね……」


からかうような笑みはどこへやら、シルヴァはハッとした顔で心配そうに眉をひそめた。


くるりと背筋を伸ばして扉へと向き直り、彼女は力強く宣言する。


「二人とも、あたしについてきて! お腹いっぱいになるものを作ってあげるから!」


カサカサと藁の擦れる音を立てながら、麗華はベッドの縁に両足を下ろす。

ちらりと視線を横にやると、椅子に座ったままのシンが、灰色の瞳を静かにこちらへ向けていた。


「……」


立ち上がる間もなく、開け放たれた扉の木枠から、再びシルヴァがひょっこりと顔を覗かせる。

満面の笑みを浮かべ、急かすように彼女は手をひらひらと振った。


「――なにボーッとしてるの? ほら、早く早くっ!」






ステータス

 名前:真 ソル

 種族:人間

 称号:なし

 能力:『???』




ステータス

 名前:三葉 麗華

 種族:人間

 称号:なし

 能力:『契約』

     さぶあびりて『拘束の鎖』

     さぶあびりて『主観的支配』

     さぶあびりて『主観的接続』

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