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13話 付与

シルヴァは麗華の傍らへと崩れ落ちるように膝をつき、震える指先をその手首へと貼わせた。


「脈は……ある! でも、すごく微弱で……っ!」


血の気の引いた顔で、必死に声を振り絞る。


「一刻も早く村へ連れ帰るぞ!」


最年長の男が前に飛び出し、ぐったりと力のない身体を素早く抱きかかえた。


闇夜の小道へと、一団は全速力で駆け出す。

泥を蹴る荒々しい足音が夜の森にこだました。


肺が焼き付くような苦しさも、汗が目に染みる痛みも、仲間を救いたい一心で無視して男たちは足を動かす。

すぐ傍を並走しながら、シルヴァは青ざめたまま動かない麗華の顔を見つめ続けた。


(レイカ……っ、お願い、しっかりして……!)


。。。。。。


どれほどの時間が経ったのだろうか。


ハッと息をのんで、麗華は静寂の中で両目を見開いた。

よろよろと上体を起こし、戸惑いながらあたりを見回す。


周囲には何もない。

森も、星空も、泥の小道も――すべてが果てしない黒の虚空へと消え去っていた。


「ここ……どこ……?」


立ち上がろうとした瞬間、肋骨のあたりを焼くような激痛が走り、肺から空気が無理やり押し出される。


「くっ……!」


胸を押さえようとして、自身の両手を見下ろした途端、少女の動きがピタリと凍りついた。


(あたしの手……これ、どうしちゃったの……?)


息を呑んだ。手だけではない。

透き通った皮膚のすぐ下で、淡く儚い光が脈打ち、暗闇をぼんやりと照らし出していた。


(なんで……体が光ってるの……?)


続いて、衣服の布地が肌に触れる感覚が一切ないことに気づき、麗華の胸の奥から冷たい恐怖が逆流してきた。


「……ひっ!? 服、どこいったの……っ!?」


腕から漏れる淡い光に照らされ、ひび割れたガラス細工のように、細かな亀裂が肌の表面を這い広がっているのが目に入る。

鈍い痛みがピリピリと走った。


(ひび割れ……? いったい、あたしの体に何が起きてるの……っ!?)


「――思ったより、しぶとい肉体だな……」


背筋が凍るような声にハッと息をのみ、少女は音のした方へと勢いよく頭を向けた。


暗黒の虚空に浮かんでいたのは、あの不気味に明滅する光の球体だった。

鳥肌が立つような重苦しい低音を響かせ、ぬらりと宙を漂っている。


「こんなに衰弱した状態で我と巡り合うとは……お前の悪運も相当だな」


頭蓋の底を這うような声が、冷たく響く。


「これほど脆弱な魂でありながら、よくぞ今まで保っていられたものだ。……いや、生き残ろうとする執念だけは、思っていた以上か?」


膝を抱え込み、麗華は光を帯びてひび割れた両腕を指先で強く押さえた。


「な、なにをする気……っ!?」


禍々しい光の球体が、ぬらりと距離を詰めてくる。

規則正しかった明滅のテンポが狂い、眩い紫色の強烈な光へと変貌した。


「お前の魂と肉体を、まるごと奪い取る」


ビクッと体を震わせ、少女は何もない滑らかな床面を素足でずるずると後じさった。


「い、嫌……っ! 断るっ!」


逃れようと身構えるより早く、暗黒の隙間から紫色の雷光を纏った鎖が弾け飛んだ。

凍てつくような冷たさを伴って手首と足首に絡みつき、麗華の身体をガッチリと地面へと縫い付ける。


「拒否権などないわ、人間」


嘲笑うような悪意が脳裏に突き刺さる。


「お前の精神の深層において、運命はすでに決している。お前は我が器となるのだ!」


光を放つ鎖に全身を暴らせて足掻くが、冷たい魔力がひび割れた皮膚をピリピリと刺し貫く。


(くっ……! 体が、動かない……っ!)


もがく視界の端、光の球体のすぐ眼前で、鋭く圧縮された火花がバチバチと明滅した。


「その『能力』と弱り切った魂があれば、我が記憶のすべてをお前へ注ぎ込むなど容易いこと……!」


背筋を凍てつく恐怖が駆け抜ける。


(こんなところで、死ねるか……っ!)


紫色の呪縛を引きちぎろうと、麗華は渾身の力を振り絞った。

だが、鎖は即座に締め上げられ、押し潰されるような圧迫感が胸骨を破壊せんばかりに襲いかかる。

耐え難い激痛に、少女の喉の奥から悲鳴が引き裂かれた。


「ぎあああああっ――!!」


残忍な愉悦を帯びて、光の球体が不気味な笑い声を響かせる。


「ふふふっ……!」


すぐ目の前まで迫り、脳の髄まで凍りつかせるような囁きが這い寄ってきた。


――「安心しろ。お前の肉体は大切に使ってやる……。」


歯噛みし、最後の希望を押し潰すような圧倒的な圧迫感に耐えながら、麗華は強く目を閉じる。


(くっ……そっ……!)


身構え、魂を切り裂く痛みが走るのを待ち構えた――が。

どれほど待っても、虚空には沈黙だけが満ちていた。


周囲に響くのは、早鐘を打つ自身の心臓の音ばかりだ。


「……?」


おそるおそる両腕を動かしてみる。

驚いたことに抵抗感はなく、手足を縛り上げていたあの冷たい呪縛は、嘘のように綺麗に消え失せていた。


(……え?)


跳ねる心臓を抑え込みながら、ゆっくりと目を開く。

見れば、あんなにも禍々しかった紫色の鎖の痕跡すら、どこにも残っていなかった。


「どうして……こんなことが……?」


その時、ぽつんと微弱な明滅を繰り返す小さな光が、視界に飛び込んできた。

胸のすぐ前で、か細く頼りなく、消え入りそうな小さな光の玉がぽつんと漂っている。


(まさか……こいつが、あの……?)

「お、おい……?」


「……」


おそるおそる一歩後ろへ下がり、麗華は返事を待ってみるが、目の前の光はぴくりとも動かない。


(ん……? なんか変だな……)


前触れもなく、小さな光の玉がぐにゃりと歪み始めた。

滑らかな表面が鋭角に折り畳まれ、正四面体に変化したかと思えば、平たんな箱型へと押し潰され、さらには脈打つ超立方体へと展開していく。

規則的な間隔で、奇怪な幾何学模様が刻一刻と形を変えていく。


「なっ……いったい、何……?」


あまりの異常さに小首をかしげ、少女は目を奪われたように見入ってしまう。


(こんなもの、見たこともない……っ)


魅入られたように立ち尽くしていたのが仇となった。

次の瞬間、変形を繰り返していた光の塊が弾丸のように跳ね、迷うことなく胸元めがけて突撃してきた。


「うそっ……!?」


胸を両手でかき抱く。

内側から焼き尽くすような猛烈な高熱が爆発し、こめかみを割らんばかりの鋭い頭痛が脳髄を打ち砕いた。


「ぐっ……があぁっ……!」


膝から崩れ落ちる間もなく、未知の言葉や情景、途方もない記憶の濁流が脳内へと雪崩れ込んできた。

奔流のような情報量が意識を容赦なく押し潰していく。


「なんなのこれ……っ!? あああぁぁっ――!!」


轟く激痛のなか、網膜に焼き付くように、鮮烈な光を放つ一つの文字が浮かび上がった。


――『契約』


文字を認識した瞬間、頭部を苛んでいた耐え難い激痛が嘘のように霧散し、代わりに重苦しい静寂が訪れる。


「こん……とらくと……?」


早鐘を打つ心臓を抑え、早く消えてくれと麗華は強く目を閉じた。

だが、瞼の裏にさえ不気味な紫色の文字が焼き付いたように居座っていた。


「ひっ……!?」


(いったい、どういうことなのだろう……)


混乱する間もなく、視界のあちこちに異様な記号が次々とポップアップし、光の文字列となって広がっていく。


「な、なにこれ……!?」


慌てて両手で目をこすり、発光する文字を払いのけようとした――だが、その両手は空中でぴたりと止まる。


(この文字は……ただの乱雑な記号ではない。まるで、何かを伝えようとしているかのようだ……!)


すっと腕を下ろし、荒い息を吐き出して心を落ち着かせる。

そして、覚悟を決めるように少女は発光するテキストを真正面から凝視した。


複雑怪奇な文字列なのに、なぜか脳がその意味を正確に理解してしまう。


初期のパニックが収まり、冷静さが戻るにつれて、宙に浮く項目へと再び視線を走らせた。


「さぶ……あびりてぃ……?」


好奇心に背中を押されるように、発光するテキストを目で追い、小声で呟きながら読み進めていく。


『拘束のチェインズ・オブ・インプリズメント』――物理的および霊的存在を縛り上げる鎖を数本召喚する。一度絡みついたが最後、標的が逃れられる確率は極めて低い。


主観的支配サブジェクティブ・コントロール』――対象を精神的に屈服させ、その支配権を握る。対象が自らの存在のすべてを委ねた瞬間、契約の効力が確立される。

なお、このサブアビリティは使い手にメタ物理的世界を見通す不可視の視座を授ける。


主観的接続サブジェクティブ・リンク』――契約を結んだ対象の能力を一時的に引き出し、行使する。能力によっては行使に制限や厳格な要件が伴い、いつでも自由に使用できるわけではない。


テキストを読み終えた瞬間、その奇怪な名称の群れが、頭蓋の底へ重く鮮明に響き渡った。


「拘束の鎖……主観的支配……そして、主観的接続……?」






ステータス

 名前:真 ソル

 種族:人間

 称号:なし

 能力:『???』




ステータス

 名前:三葉 麗華

 種族:人間

 称号:なし

 能力:『契約』

     さぶあびりて『拘束の鎖』

     さぶあびりて『主観的支配』

     さぶあびりて『主観的接続』

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