10話 新たなる友との出会い
「太陽全体のエネルギー放射を凝縮して竜にダメージを与え、容易に処理した」
シンは平然としたトーンで、とんでもない事をサラリと言い放った。
麗華はその場でピタリと足を止め、静まり返った少年の顔を凝視する。
太陽の力を使ってあんな化け物を……? 規模が規格外すぎて、もはや理解が追いつかない。
常軌を逸した荒唐無稽な理論なのに、不思議と嘘偽りではないと直感できてしまう。
圧倒的な力のスケールに背筋をゾクッと冷たい悪寒が走り、喉の奥がカラカラに乾いた。
再び歩き出す背中を、麗華は複雑な思いで見つめ直す。
どれほど思考回路が歪んでいようと、その力で今日救われた命があるのもまた事実だ。
さっきまであの五人の死の責任を彼のせいにしていたなんて……我ながら思い違いも甚だしかった。
やがて、焼け落ちた村の正門アーチが夜闇の中に黒々と姿を現す。
麗華は再び足を止め、少し先を歩く後ろ姿に向かって声を張り上げた。
「い、ちょ……待ってよ!」
声をかけられて足を止め、シンは首だけをわずかにこちらへ向けた。
「あたしたち、同じ世界から来た者同士だしさ。これからはもう少し、距離を縮めたほうがよくない……?」
薄暗い夜気の中でも、自分の頬がカッと熱を帯びて赤らんでいくのを麗華は感じていた。
「お互い、堅苦しい呼び方とかもやめにしない?」
シンは何も言わず、ただ無表情のまま少女をじっと見つめている。
気まずい沈黙が広がり、居ても立ってもいられなくなった麗華は、慌てて言葉を継ぎ足した。
「そ、例えば……お互い呼び捨てにするとかさ! あたしのことは『さん』付けなしで、レイカって呼んでよ。で、あたしは……その、ソル、って呼ぶから!」
返事を待ちわびるが、少年は相変わらず一言も発しない。
(もしかして……戸惑ってる……?)
沈黙が長引くにつれ、早鐘を打つ心臓の音がうるさくなる。
気まずさに耐えかねて、麗華は熱を持った頬を人差し指でポリポリと掻きむしった。
(うわっ、なんであたし自分からこんな話題振っちゃったわけ……!? 変に思われてないよね、これって踏み込みすぎた……っ?)
「だ、だって日本から遠く離れたこんな世界だよ?」
乾いた笑いを無理やり作り、言い訳するように早口でまくし立てる。
「苗字で呼び合うのってなんかよそよそしいし……こっちのほうが自然かなって思ってさ。あはは……」
「別に、構わないが」
あっさりと返された予想外の答えに、麗華はパチクリと目を丸くした。
(え、そんなにすんなりOKしちゃうわけ……?)
ソルは背中を向けて、再び村の入り口へと歩き出す。
足元の暗がりから立ち込める木々の残り香と夜風が、黒い衣服の裾をかすかに揺らした。
「戻ろう……レイカ」
その平坦な声で名前を呼ばれた瞬間、麗華は全身の動きをピタリと止めてしまう。
それから、思わず頬が緩んで小さな笑みがこぼれ、慌ててその背中を追って影の中を駆け出した。
(ふふっ、即答で断られるかと思ってたけどさ……)
胸のつかえがすっきりとほどけ、少女は軽やかな足取りで並んで歩く。
「ん、んん〜♪」
焼け残った木製の正門にたどり着くと、吊るされたランタンの黄色い光の下で、サイラスが焦った様子で行ったり来たりしていた。
老いた顔に刻まれた深い皺が、二人の姿をとらえた途端にさらに険しく引き絞られる。
「ソル殿、レイカ殿! いったいどこに行っとったんですか! この老骨がどれだけ心配したことか……!」
麗華は気まずそうに頬をポリポリと掻きながら、へへっと苦笑いを浮かべた。
「ごめんね、村長さん。ちょっと外の空気を吸いに出てただけだからさ」
サイラスはフーッと長く疲れた息を吐き出し、張り詰めていた肩の力をようやく緩めた。
「今日はいろいろあったからのう。二人とも腹ペコじゃろ、さあわしについてきなさい。何か温かいもんを食べさせてやるから」
サイラスに導かれ、薄暗い泥道を抜けて村の中央へと歩いていく。
たどり着いた広場では、粗末な木製のベンチに生き残った村人たちが身を寄せ合っていた。
吊るされたランタンの温かい灯りが疲れた顔影を照らし出し、焼け焦げた空気に混じって熱いスープの芳ばしい匂いが漂ってくる。
周りのざわめきに耳を傾けるが、村人たちが話す言葉は異国のそれであり、聞き慣れない響きとなって麗華の頭を素通りしていった。
深く考えるのはやめ、ただ黙ってサイラスの背中を追うことに集中する。
少し遅れ気味になったその時、不意に低い囁き声が喧騒を切り裂いた。
――「こっちへ……おいで……」
雑多な外国語の中に混じって、その一言だけがあまりにも鮮明な日本語として響いた。
ビクッと麗華の体が硬直し、スニーカーの靴底が地面の土を派手に引っ掻いてピタリと止まる。
寒風のように耳元をかすめたその声は、どこか底知れぬ空虚さを孕んでいた。
(いったい、今の声は……?)
早鐘を打つ心臓を押さえながら慌てて周囲を見回すが、テーブルを囲む村人たちは何事もなかったかのように低い声で話し合い、スープをすっているだけだった。
誰もこちらなど見ていない。
ゴクリと生唾を飲み込み、麗華は総毛立つ腕を両手で力強くさすった。
――間違いなく、今のは日本語だった。
ランタンがパチパチとはぜる音と、頭上の木の葉が擦れる音だけに耳を澄ませるが、二度とその声は聞こえてこない。
奇妙な囁きは、まるで最初から存在しなかったかのように一瞬で掻き消えていた。
疲労感をにじませた長い息を吐き出し、少女は脈打つこめかみに指先をあてがう。
(……疲れてるんだよ、きっと。幻聴に決まってるわよね……)
「どうかしたのか?」
びくりと肩を跳ねさせ、麗華は声のした方へと勢いよく顔を向けた。
そこに紡がれていたのは、紛うことなき流暢な日本語だった。
「あなた……っ!」
若々しい女性がパッと満面の笑みを浮かべ、ランタンの黄色い灯りを瞳に映しながら、こめかみをコクッと傾ける。
「日本語が話せるかって? うん、もちろん!」
ポカンと口を開け、麗華は目を白黒させた。
(……え? 今、確かに日本語で……)
村の言葉を話すのは村長やその息子だけだと思っていたのに、どうしてこの女が――。
「……だ、誰に日本語なんて教わったの……?」
女性の笑みがさらに深まり、その双眸におどけた光が宿る。
「あはは! ええとね、あたしの幼馴染に教わったんだよ!」
戸惑う麗華を見て、女性はパタパタと手を振って説明を加えた。
「ほら、幼馴染の『フメイロウ』ってやつなんだけどさ! 最初は村人たちの秘密の悪口をこっそり共有するためだけに覚えたんだけどね〜!」
聞き慣れない奇妙な名前を脳内で反芻する間もなく、女性の荒々しくも温かい手が、冷え切った麗華の指先をぎゅっと掴み取る。
「まさか、こんなところで綺麗に日本語を話せる人と出会えるなんてさぁ! いやあ、あの時頑張って覚えておいて本当によかったよ〜!」
突然のスキンシップに、麗華の体がピクリとこわばった。
「あ……うん、はは……」
こわばり具合に気づいたのか、女性は慌てて手を引っ込め、ランタンの黄色い灯りの中で頬をぽっと赤らめる。
「ああっ、ごめんね! ちょっとテンションが上がりすぎちゃって……」
麗華は引きつった笑いを引っ込め、ふっと柔らかな笑みを浮かべた。
「う、ううん、大丈夫だよ。こういうノリの人、慣れてるからさ……」
気まずそうにへへっと笑い、女性は咳払いを一つしてから、ぱっと右手を差し出す。
「そういえば、まだちゃんと挨拶してなかったよね! あたしの名前はシルヴァ」
差し出されたざらついた手に、麗華は自分の手を重ねてしっかりと握り返した。
「あたしはレイカ。三葉麗華だよ」
二人は短い笑みを交わし、ふっと手を離す。
シルヴァの肩越しに視線を走らせると、広場の隅の暗がりで、黒焦げになった巨大な竜の死骸がくすぶるように横たわっているのが目に入った。
重い鉄の斧が頑丈な甲皮に打ち付けられ、男たちは慌ただしく魔物を解体していく。
鳴り響く金属音とともに、切り刻まれた肉片が軋む荷車へと次々に積み込まれていた。
鼻をつくような濃厚な焦げ臭さが、冷たい夜気に重く淀んでいる。
「あれって、あの竜の体だよね……?」
暗色の巨大な鱗の塊を載せ、木製の車輪が悲鳴を上げるのを眺めながら、麗華は首をかしげた。
「これから、どうするつもりなの?」
シルヴァはチラリと背後を振り返り、その暗い死体の山を一瞥して表情をわずかに曇らせた。
「村長が言うには、このまま放置したら腐り果てて厄介なことになるってさ」
嫌悪感をにじませた低い声で、シルヴァは説明を続ける。
「だから、森の奥まで運んで捨てるしかないんだってさ」
ギトギトとした汗を流しながら働く男たちを、オレンジ色の松明の揺らめきの中で見つめながら、麗華は眉をひそめた。
「わざわざ、あんなふうにバラバラにしなきゃいけないわけ……?」
「そうしないと無理みたい」
重い大鋸と格闘する男たちの方へと向き直り、シルヴァは肩をすくめる。
「とにかく大きくて重すぎるんだよ。丸ごと一頭なんて引きずっていったら何日かかるか分かんないから、細かく解体したほうが圧倒的に早いんだってさ」
「へえ……まあ、確かにね」
思わず納得して、麗華は小さく呟いた。
厚い皮が剥ぎ取られるたび、生暖かい血の匂いが湿った夜気に混ざり合う。
鈍い金属音が泥の上へと響き渡り、四人がかりで持ち上げられた巨大な脚が荷車に投げ入れられた。
凄まじい重量に、荷車の木枠がミシミシと悲鳴を上げる。
長い首、切り落とされた頭部、棘の生えた尾、そして重い翼。
部位ごとに切り分けられた肉塊が、何台もの荷車へと手際よく積み上げられていく。
シルヴァは再び明るい笑みを浮かべてこちらを向き、荷物を満載した一団のカートを指し示した。
「これから森の奥まで案内してくるんだけどさ」
弾んだ声で、軽やかに誘いの言葉を投げかける。
「ねえ、一緒に来る?」
ステータス
名前:真 ソル
種族:人間
称号:なし
能力:『???』
ステータス
名前:三葉 麗華
種族:人間
称号:なし
能力:なし




